#8
>>Iris
やや不安を感じつつもナミのために食料を買いに行くというトワを送り出した私達は、ナミを連れてギルド支部へ向かうことにした。
ナミに確認したいことはいくつかあるけど、一番重要なことはやはり撤退方法についてだね。
「ナミのスコアって軌道エレベータに乗れないんでしょ?どうやって星を離れるつもりなの?」
「同伴者がおれば良いと聞いたぞ?主らはスコアがあるんじゃろ?」
確かにナミが言うとおり私達のスコアは80台だから、しばらくは公共交通機関の心配をしなくても良いと思う。
だが同伴のルールがどういうものか判らない以上、脱出経路確保の観点から先にルールを確認しておいた方が良さそうだ。
それにアリサやトワが迂闊なことをしてスコアを下げてしまうと、全員で同時にパノプティコから脱出できない事態に陥る可能性も考えられる。
そう思った私はアリサに声を掛けた。
「アリサ、私先にナミを軌道ステーション……ううん、アルカンシェルまで送り届けてくるよ」
「……その方が良さそうですね。では私は支部でトワ様を待ちます。戻ってこられますか?」
「うん。ゲルダさんになんとかするって約束したからね。じゃ、トワの事よろしく」
「はい。アイリスさんもお気を付けて。ナミ?アルカンシェルは禁煙ですからね?」
「なんじゃ、ケチくさいのぉ」
そんなことを言いながら、私達は一旦アリサと別れて軌道ステーションへ向かうことにした。
途中乗車しようとした乗り合いビーグルでは見事にナミが乗車拒否されたけど、私が同伴者だと名乗り出ると運転手は不承不承と言った態度でナミを乗せてくれた。
だけど、最初に乗り合いビーグルへ乗車したときと明らかに車内の空気が違う。
他の乗客……バッチを付けてない、この星の住民達があからさまに私達の様子をうかがっていた。
「麗しい童の2人連れが余程珍しいと見えるの?」
「いや、単にナミが乗車拒否されるレベルの低スコアだから警戒されてるんでしょ」
「何じゃ、洒落のわからん奴め」
もちろん私だってナミが冗談を言っていることは判っている。
だからあえて場を和ませるための対応をしてみたけど……それでも車内の空気は変わらない。
私達は2人ともセレスティエルで、常人を遙かに超えた能力があるのは事実だけど、少なくとも外見上はナミが言うように小娘2人でしかない。
それなのに、パノプティコの人達は私達を……いや、ナミのスコアを恐れているように見えた。
それほど彼らにとってナミのスコアは「安心」を脅かす対象なんだろう。
そう思うと私は、憤りよりも哀れみを感じた。
軌道エレベータの中でも空気感は似たようなものだった。
だが、エレベータに乗り合わせた人達が向ける目線は大きく2通りに別れていた。
片方のグループはビークルの車中と同じ冷ややかな警戒感を抱いた視線。
もう片方のグループは驚きと共感、安堵のようなものを含んだ微妙な視線。
前者は荷物らしい荷物を持たず、バッチも付けていない人々。
後者は大きな荷物を持ちバッジを付けた人々。
つまり……パノプティコの住民と、星外からの来訪者だ。
「どうやらこの星は存外に居心地が良いようじゃな?」
「まぁ『安心』第一らしいからね」
私とナミの言葉にパノプティコの住民達は微笑みながら頷いている。
だが、私の言葉が皮肉だと言うことに気付いているであろう、星外からの来訪者達は皆、苦笑している。
エレベータに乗り合わせた十数人という少ないサンプルを通してだけど、パノプティコの住民達は好んでこの星に留まっていることが判った気がする。
なぜなら大荷物、すなわち旅支度をしているのはここを去る来訪者だけで、ここから逃げだそうとしている住民の姿は皆無だったから。
その後、ブリーズを使ってナミをアルカンシェルへ送り届けた。
ブリーズがアルカンシェルへドッキングしてシールドが開いた途端にサクヤが飛び込んできた。
いやサクヤは映像だけど、わざわざブリッジ側から飛び込んでくるモーションを付けて移動してきたんだよ。妙なところで凝ってるよね、この子。
『母様っ!よかった、無事だった!変なことされなかった!?大丈夫だった!?』
「うむ、見ての通り五体満足じゃ。大儀であったぞ、サクヤ」
「はいはい、感動の再会はそれぐらいで。で、ナミは結局何しにこの星へ?どうみてもあなたとは合わない星でしょ、ここ」
「なに、野暮用じゃて」
私の言葉にナミは肩をすくめて答える。
その瞬間に引っかけていただけのキモノがずれてナミの上半身が露わになった。
うん、たぶんバッジ付けてたら今ので確実にスコア減点だよね。ほんとナミと相性悪そうだよ、パノプティコ。
その後ナミは野暮用について話してくれた。
なんでもタケハヤのC3再生は叶ったらしいけど、彼に適合するボディが見つからないのだそうだ。
元々タケハヤは第2世代機族の始祖のような存在で、使っていたボディは特別製のものだったことも関係しているらしい。
『アタシのボディだって特別製だったんだからね!?』
「今も特別製じゃない。超光速航行可能な機族なんて滅多にいないよ?」
『これはアーちゃんのボディだし!』
「はいはい。で、その件とパノプティコはどう関係するの?」
サクヤの茶々入れを適当にいなしながらナミに続きを話すように求める。
ナミが言うにはタケハヤの新しいボディを作るために、素材や技術を収集しているのだそうだ。なんでも第2世代ではなく第2.5世代的なものを目指しているとかで……。
「それでパノプティコのサイバネティクス技術を?」
「うむ。技術自体はすぐに手に入ったんじゃがな、観光と洒落込んだのが良うなかった」
こんなことをナミに言うと失礼だろうから口にはしないけど、それってお遣いが終わったあとに寄り道してやらかす子供の定番行動だよね……。
そんな事を思いながら、私はもっと気になっていたもう一つの事を聞いた。
ナミがどうやってここへ来たのか、だ。
オリオン腕出身のナミは超光速航行が当たり前に行われていた世界の住民だけど、この星域は違う。
身一つでこちらへ逃れてきたナミは当然航宙船なんて持ってない。
けど、私の疑問にナミはこともなげに答えた。
「超光速船なら持っておるぞ?」
「……まさか亜空間ポケット的なもので懐の中に忍ばせてたとか言わないよね?」
「そんな物があれば苦労せぬわ」
苦笑しながらナミは、リュミエールに乗ってきたと言った。
リュミエールってギルドが持ち逃げした1号機、私達の保有する2号機、アリサの友人であるヨーコが使っている3号機の3機しか存在してない筈だけど……。
もしかして私達がオリオン腕へ行っている間にどこかで4号機が見つかったんだろうか?
「主の話じゃと1号機というやつじゃな。モルガンに供されたものじゃ」
「モルガン?ダンディライアンの?どうしてそんな所に1号機が……?」
ナミも詳しい経緯までは知らないようだけど、どうやらオンブルの製造過程でリバースエンジニアリングされたリュミエールを復元できなくなったギルドが、部品の状態になったリュミエール1号機をモルガン達に払い下げたらしい。
で、それを修復した物をナミが使っている、と。
「じゃあこの後はアルカンシェルで送っていかなくても良いの?」
「うむ。次に向かう星も決まっておるでな」
『やだ!母様も一緒にアーちゃんに乗ってこ?サービスするから!』
「……いやサクヤ、何をサービスするつもりよ……」
『えっと……そう、お風呂!今お風呂沸いてるよ!』
「おお、それは良いの。アイリス、妾はちと入浴して一休みするでな、皆が戻ったらリュミエールへ送り届けてくれぬか?」
「まぁ、それは構わないけど……」
アルカンシェル名物の檜風呂へ向かうナミを見送りながら、きっと平気な顔をしていたナミも数日間の野宿は堪えたのだろうと私は思った。
しばらく休んでもらって、トワ達が帰ってきたら生還記念パーティでも開いた上でナミを送りだそう。
そんな事を考えながら、私は再びブリーズでパノプティコへ向かった。




