#7
下水の流れ自体は緩やかだし、バッジを落としてからそんなに時間が経っているわけでもない。
だからそんなに遠くへ流れてはいないと思ったんだけど……しばらく歩いてもバッジは見つからなかった。
仄かな光に照らされた暗闇でどうしたものかと考えていた私は、少し先に何かがいることに気が付いた。
原生生物?
いや、ここは地下の洞窟じゃなくて街中だ。
ネズミ?
それにしては物音や息づかいが大きい。何かが複数いるような……?
灯りを気配の方に向け、ゆっくりと近づくと……声が聞こえた。
「……誰?」
「誰?」
思わず、聞かれた事をそのまま聞き返してしまった。
どうやら、人がいるらしい。でも、こんなところに?
下水管理の人っぽくはないけど……。
下水道の作業スペースらしきところを覗き込むと、そこには薄暗い灯りに照らされて身を潜めていた人影が3つ。
2人は子供……かな?
あと、女の人。
全員薄汚れた服装で不健康そうな感じだね。
子供が着てるのはよく見ると大人用のものかな?私が着ている服と同じぐらいブカブカだ。
そこまで観察してから気が付いた。そういえば私、誰?って聞かれてたんだっけ。
「トワ。ギルドのシンガー」
「シンガー……?なにしてるの?」
「捜し物。バッジ、知らない?」
「しらない」
私と話していた小さな方の子供はそう言うけど、私がバッジという言葉を口にした瞬間に何かを背中に隠したのが見えた。
これ、この子がバッジを拾って自分のものにしようとしてるってことかな?
もしそうなら私のだから返して貰わないといけないんだけど……力尽くで取り上げるのはちょっと違う気がした。だから、話し合いで解決してみよう。
私、説得とかは苦手だけど。
「無いと困る。返して」
「……でも、75もあるよ。これだけあったら、ごはんもらえるもん」
「ごはん?貰えないの?」
「ヨタはなにももらえないよ。ヨタはいないから」
この人達はヨタ……ってことは、さっき街で「何もしない」をしてた人達の仲間?
でもどうしてこんな下水道にいるんだろう?
いや、それ以前にこの子はここにいるのに、ヨタはいないってどういうことだろう?
たぶん子供に聞いても判らないだろうと思った私は、女の人……二人の母親が答えてくれる事を期待して彼女に疑問を投げかけてみた。
母親……サクラは、私が何度も尋ねてようやく名前を名乗った。
最初、私は彼女が身元を知られたくないのかと思ったけど、そうじゃないらしい。
なんでもヨタっていうのはスコアを失ってパノプティコの住民登録が抹消されている状態で、社会的に存在しない扱いになっているそうだ。
だからサクラは自分が既に名の無い「誰でもない」存在になっていると認識しているらしくて「前はサクラだった」と名乗った。
そして彼女が言うには、一度ヨタになった者は市民に戻る事はできず、ヨタの子供として生まれた者たちは市民登録が行われないのでスコアを持つことすらできず、一生をヨタとして過ごすのだと言った。
「じゃあ、この子達の名前は?」
「……ヨタ、です」
サクラの言葉に私は絶句した。
つまりサクラの答えは、この2人の子供には名前が無いということを意味していたから。
そして母親であるサクラも、後ろめたい様子ながらもそれが普通だと思っている。
スコアが無いだけでどうしてそんな理不尽な事になるんだろう。
2人の子供を見ながら、私は強い憤りを感じた。
年上らしき男の子は黒髪に青い瞳。
妹らしき子はサクラとおなじグレーの髪に緑色の瞳。
2人とも痩せていて不健康そうではあるけど、普通の子供に見えるし、ここにちゃんと存在してるのに。
この星の仕組みは絶対に間違ってる。
私はそう思いながらポケットからグリットを取り出し、子供達の小さな手にそれを握らせながら言った。
「あなたはアオ。あなたはミドリ」
「アオ?」
「ミドリ?」
「名前付けるの下手でごめん。でも、名前は必要だから」
男の子……アオは少し不思議そうに。
女の子……ミドリは嬉しそうに。
語彙力の無い私が付けた名前を繰り返した。
もう少しネーミングセンスがあれば良かったんだけど。
自分のセンスのなさは判っていたけど、それでも私は2人に名前を付けずにはいられなかった。
その後、私は手持ちのグリットを全部サクラに渡した。
でもそれは施しじゃなくて、ミドリが私のバッジを拾ってくれたことに対する「謝礼」だ。
私はただの旅人でサクラ達には何もしてあげられないけど……少なくとも今日だけでも、例え美味しくなくても、食べるものがある「安心」がサクラ達にもたらされれば良いのに。
そう思いながら、私は元来た下水道を引き返した。
マンホールのタラップを上って地上に出た私を、男の人が待ち構えていた。
どこかで見たことがある……そう、公園でナミに言い負かされてた人だ。
名前は……なんか真っ直ぐそうな感じだった。確か……。
「レール?」
「レーンです。ここで何をしているのですか?」
「それ、こっちの台詞。ストーカー?」
「違います!下水道へのアクセスパネルが開かれているという通報があったので確認にきたのです」
レール……じゃなくてレーンはそういった。
確かこの人インフラの維持管理担当者とか言ってたっけ。私がマンホールの蓋を開けたから、それを見に来たんだね。
私のストーカーなのかと思ったけど、違ったみたいだ。
「貴女は確か先ほどギルド関係者と一緒にいた人ですよね?ここで何を?」
「バッジ落としたから拾いに行った」
「……どうしてバッジを外したのですか?」
「買い物するのにかざすと思って」
「着用したままで支払いが行えますよ」
「ほほう」
なんだ、一々外さなくていいのか……それは盲点だった。
いや、でもバッジの事よりもレーンに確認しないといけないことがある。
確かアリサはレーンが公務員的な人だと言っていたから、サクラ達がここにいる事を伝えないと。
「レーン。この下に人が住んでる。助けてあげて」
私の言葉を聞いたレーンは一瞬だけ眉をひそめてから、言った。
「安心を重んじるベンサムの市民は、そのような所には居住していません」
「どういうこと?」
「言葉通りの意味です。では今後はアクセスパネルを無断で解放されないよう、注意願います」
そう言うとレーンは止めてあったビークルに乗って去って行った。
そんなレーンを見て、私は腹が立つと同時にサクラが言っていたスコアを無くすと社会的に存在しない扱いになる、という言葉の意味を実感として理解した。
レーンの言動は悪意や意地悪でやってる訳じゃない。
きっと、このパノプティコという星自体が……歪んでいるんだ。




