#5
「破廉恥な……!そのような行為が公共の害悪になることもわからないのですか!」
「ほほう、声を荒げるのは良いのか?まぁ、それは良い。なら見てみよ。妾はキモノを着たぞ?じゃが、スコアとやらは下がったままじゃ」
「当たり前でしょう。あなたが行った行為は公序良俗に反するものだ」
「ふむ。じゃが妾は今、服を着ておるぞ?脱いだ時間よりも長く、の」
「……何を言っているのですか?」
レーンはナミの言葉の意味がわからないという顔をしていますが、私はナミが何を言おうとしているのかに気付きました。
彼女はこの星の根幹たるシビルスコアに対して、その矛盾を突きつけようとしています。
「ならこう言い換えればどうじゃ。一度脱いだことで下がったスコアとやらは、どれだけ服を着続ければ元に戻る?少なくとも妾が初日に減点されて以降、数日間服を着続けても点数は戻らなんだぞ?」
「それは……」
「些末な言葉の検閲もそうじゃ。一度下がったスコアが回復する兆しどころか回復させる手段すらも開示せぬ。口を噤んでおってもスコアとやらは増えぬしの?つまりこの社会は一度でも失敗したら二度と元の居場所には戻れん社会じゃ。違うか?」
「……公序良俗を乱すことは、調和の取れた社会を傷つける行為です」
「そうか。なら主らの楽園は脆弱よの?妾のような小娘が、僅かばかり肌を晒して囁くだけで癒えぬ傷が残るのじゃなからな?」
「……服を、脱がなければ減点はされません」
レーンはそう言いましたが、その言葉には……当初ほどの語気はありませんでした。
それ以上ナミに発言させると収拾が付かなくなると考えた私は、なおもレーンに追撃を加えようとするナミの口を塞いで彼女を持ち上げます。
力ずくでその場を離れる私達の後ろから、レーンの呟きが聞こえました。
「……それでも……安心のために、秩序は、スコアは必要なんだ……」
公園を出て、人通りの少ない道を選んで歩いた私達は、物陰になった路地裏を見繕ってそこでナミを解放しました。
「……のうアリサ。危うく窒息するところじゃったぞ?」
「セレスティエルはリブート能力があるのでしょう?」
「妾は獣でないぞ?黙れと言われれば口を慎むことぐらいはできるぞ?」
「男性の前で全裸になる人に人権はありません」
ナミとは3ヶ月ぶりのはずですが、とてもこのやりとりは久々の再会には思えませんね。
「それで、何してたの?あんなところで」
「うむ。少々水浴びがしとうなってな。髪を乾かしておったらあの小僧に絡まれたのじゃ」
「いや、それ以前の段階なんだけど……。そもそもどうして野宿して噴水で水浴びするハメになったのよ」
疲れた様子でそう問うアイリスさんに、ナミは平然と答えました。
なんでもナミは入星ゲートでバッジを配布された瞬間にそれが信用スコアであることを見抜き、毒舌を吐いたそうです。
元々一般旅行者枠であったナミのスコアは標準値の60スタートだったらしく、その後もシビルスコア制度やパノプティコの市民達に対する辛辣な言葉を吐く度にどんどんとスコアが下がっていき、訪問翌日の昼には10点以上の減点をされていたのだとか。
スコアの減少を気にしないナミは、キセルを吸いながら街を歩き、さらに-5点。
夜中に出歩いたことで-3点。
その際にも喫煙していたそうで、さらに-5点。
気付いた時にはスコアは30台にまで低下していたそうです。
「この星、夜に子供が出歩けるぐらい安全っていうのを売りにしてなかったっけ?」
「なんでも『子供が出歩ける』ことと『子供が出歩く』ことは違う、と言うておったな」
「なにその広告詐欺みたいなの」
アイリスさんがツッコミを入れたくなるのももっともです。
ですがそのツッコミはリリーフのお気に召さなかったようで、アイリスさんのバッジが点滅し、スコアが1減点されました。
思わず無言でバッジを見つめる私達。
……ともあれ、キセルを吸いながら夜の散歩を満喫した後、宿に戻ったナミでしたが客室の扉がロックされていて入ることができず、荷物はロビーに放り出された状態だったそうです。
もともと場末の安宿しか選べなかったナミでしたが、スコア低下によってその安宿からも宿泊拒否にあったということなのでしょう。
その後、星を出ようと軌道エレベータに向かったナミでしたが、スコアが40を下回ると公共交通機関が使えないと言われ、仕方なく恒星間通信でサクヤに迎えを求めるコールをしたそうです。
ですが通信中にパノプティコの制度を揶揄す発言をしたらしくスコアが-10されて通信も途中で切断されてしまったのだとか。
「サクヤ、慌ててた」
「おう、それはすまなんだな。あとでサクヤに謝らねばいかんの」
「しっかし通信中に途中で回線切るとか……この星、あり得ないよね?」
そう苦言を呈したアイリスさんの胸元でバッジが光り、スコアがまた1減りました。
ここで話しているとどんどん減点され、私達もパノプティコを離れる事が出来なくなるかもしれません。
いえ、私達にはいざとなったらアルカンシェルを大気圏突入させて強行離脱するという手もありますが……それはさすがに最終手段ですから。
なので私達はナミを伴い、自由にリリーフとパノプティコの陰口を言えるギルド支部へと向かうことにしました。
こんなときマリエッタがいてくれればリリーフのシステムを押さえ込むなり、毒舌でスコア加算するようにシステム改変するなりできるのでしょうけど……。
「アリサ、何考えてるか判るけど……それ、マリエッタに内政干渉させることになるからね?」
「てへぺろ」
「なに、そのごまかしワード」
「テレジアの口癖を真似してみました」
そんなことを言いながらベンサムの市内を進んでいた私達でしたが、トワ様がふと足を止めて市街地を見つめておられます。
何事かと思って私達もそちらを見つめると……数名の男女が、ただ黙って大通りに立ち尽くしていることに気付きました。
「何してるんだろ」
「……何もしていない、をしてるように見えますが」
「あれは……確か与太者じゃったか?妾としては、あやつらは傾奇者じゃと思うたが」
与太者、という言葉には聞き覚えがありました。
確かギルド支部長のゲルダが、スコアを失った者達をヨタと呼んでいたはず。
つまりあの人達がヨタなのでしょうか?
「かぶき……あげ?」
「それは煎餅じゃろ」
「じゃあ、何?」
ナミの古風な言葉はトワ様には判りづらかったようです。
ナミに説明させると余計に話がややこしくなりそうなので、代わりに私が説明しました。
与太者とは粗雑で胡乱な存在で、軽蔑の対象となる者。
それに対して傾奇者は型破りですが、自らの行いに信念を持つ誇り高い存在。
どちらも王道から外れた逸脱者ですが、その在り方そのものが違うのだとナミは言っているのです。
「かぶきの人、なにしてるの?」
「たぶん、シビルスコアへの抗議じゃないかな。暴れるでもなく、叫ぶでもなく。無言だけど、自分達はここにいるって主張してるように見えるよ」
私もアイリスさんと同意見です。
ヨタ達はスコアを失った事で、おそらく社会的には存在を抹消された扱いになっているはず。そんな彼らでも実際にここで生きている。
ですが、通信も、公共インフラも、生活支援すら利用することが叶わない彼らには、自らの存在を主張する術すら与えられていない。
だからああやって……リリーフのルールを守りながら、無言で抗議しているのでしょう。
ただ無言で立つ彼らをベンサムの人々は一顧だにせず、まるでそこに何も存在していないかのように傍らを通り過ぎてゆきます。
その光景こそが、このパノプティコと言う星の縮図であるように思えました。
ですが、私達は通りすがりの旅人でしかありませんし、そもそもシビルスコアという制度はこの惑星の人々が望んだこと。
ならば私達に介入する義務も、権利もなく……ただここの市民と同じように、通り過ぎることしかできないのです。




