#4
>>Alyssa
ギルド支部長であるゲルダという女性がシビルスコアによる評価を恐れて支部に引きこもっている。
その話を聞いた私は一刻も早くこの星を発つべきだと思いました。
当初、私はこの星を裏から支配する存在がいて、シビルスコアという仕組みを用いて人々を統制しているのだと考えていました。
ですが――ゲルダの説明によれば、シビルスコアは誰かの命令で強制された制度ではなく、統治者なき管理システムだというではないですか。
つまりこの星の住民達は自身が「安心」するために自主的に運用している相互評価の仕組みこそが、リリーフというシステムなのだと。
清潔で秩序あるこのパノプティコの裏には「安心」という名の同調圧力が、静かに、そして極めて強く存在しています。
人々は互いに評価しあい、監視し、通報し、自他のスコアを意識しながら行動しています。
その連鎖がこの社会の静けさと安心を保っているのだとすれば、それはもう単なる制度ではなく、人々の心そのものが自らを捕らえる檻になっている。
パノプティコは一見すると平和で快適なユートピアに見えるかもしれません。
けれど私には、ここが自由や信頼に基づくコミュニティとはまったく異なる、徹底的な管理主義のなれのはて……ディストピアに見えて仕方ありませんでした。
その後、最初に私達を迎えてくれた受付嬢が部屋へと入ってきました。
パノプティコ生まれの彼女は支部の中でも比較的外出することが多いそうで、街中のことにも詳しいとゲルダが保証します。
いえ、星に根ざして活動するギルド支部の長であるゲルダが、街の事に詳しくない方が本来は問題なのですが。
ともあれ彼女にナミの特徴を告げ、心当たりが無いかと尋ねると、すぐに見たことがあるという答えが返ってきました。
なんでも、ここ数日ベンサムの市内で話題になっているのだとか。
「公園で野宿して、噴水で水浴び……?」
「ナミ、野生児?」
「いや、確かにヨモツヒラサカではサバイバル生活してたけど……」
「水場に拠点を構えているのは、どちらかといえば原生生物に近い印象ですよね」
「さすがにそれを本人に言うと傷つきそうだから、止めてあげてね?」
なんでもナミはベンサム市内にある公園内の噴水を拠点に、野宿生活をしているらしいのです。
もちろん安心を重んじるこの星で公然と野宿を行う者など他にいませんから、当然人目を引き噂になっているのだとか。
探しやすくて助かりますが……一体何をしているのでしょうか、あの人は。
半ば呆れながら公園へと向かった私達は、素足を噴水に付けて水辺でくつろいでいるナミと、その前に立って彼女と何か言葉を交わしている男性の姿を発見しました。
男性の方は……パノプティコの標準的な市民が身につけている、清潔ですが面白みの無い、まるで制服のような着衣を身に付けた20代後半ぐらいの男性です。
統治機構が存在しないこの星でそういう立場をどう呼ぶのかは判りませんが……見た感じでは一般的な星でいうところの官吏、公務員の類いのように見えました。
「――星外?この星の外は私達にとっては地獄のような所に思えますがね。犯罪が跋扈し、民を抑圧する支配者が君臨する。子供は夜中に外を出歩くことも出来ず、警察や軍隊といった武力を持った組織が管理しなければ秩序を保てない星々。誰に強制された訳でもない、我々が自由意志で運用を行っているシビルスコアに基づくパノプティコの社会は、そのような愚かな行いとは無縁の楽園ですよ」
なにやらナミを相手に演説をぶっているようですが、ナミの方は興味なさげに素足で噴水の水をかき回しています。
その姿だけを見れば普通に幼女なのですが……。
「地獄に楽園のぉ?主のいう地獄は随分と温いところのようじゃが」
相変わらずその言葉は辛辣なようです。
ええ、彼女が幼女に見えるのは外見だけで、私よりも数倍、いえそれ以上に年長なナミはまさにロリババアと呼ぶのが相応しい存在なのですから。
遠目で見ていても仕方ありませんし、私達がこのパノプティコへ来たのはナミの救援要請に応えるためです。
なら、ここは早々に用件を確認するべきでしょう。
「お話中失礼。ナミ、何やら緊急の用があると聞いたので跳んできましたよ」
「おお、すまぬのアリサ。じゃが今はちとこの官吏の小僧と話をしておってな。しばし猶予をくれんか?」
「それは構いませんけど。あまり虐めないであげて下さいね?」
「どなたか知りませんが、私が子供を虐めているとでも……?」
「いえ、私が言ったのはナミに、です」
どうやらこの男性は自分が加害側だと思っているようですが、どこからどうみても被害側……少なくとも、これから被害側になるのは目に見えています。
男性は私達を……正確には私達が胸元に付けたバッジを見て怪訝げな表情を浮かべました。
「……84に85?どうしてあなた方のような社会的信用のある方々が、このような問題児と関わり合いを持たれるのですか?」
「彼女は私達の友人です。何か問題でも?」
「ですが、この問題児はスコア21ですよ?」
男性は全くもって信じられないと言う表情でそう告げます。
というかナミ、スコア21って何ですか。
何やったらそんなスコアになるんですか。
私は思わずジト目でナミを見つめてしまいした。
私の横でアイリスさんも同じような表情をしています。
トワ様は……物欲しそうな目で噴水を眺めておられますね。気温が少し高いので、きっとナミの隣で水浴びしたいと思っているのだと思いますが……。
さすがに官吏の前で水浴びはまずいでしょうから、ジャケットの裾を握って引き留めておくことにします。
「私としては、名乗りもせずに私の友人を貶める人間の方が……余程社会的に問題があると思いますが?」
「……失礼しました。私はレーン。パノプティコ市民調和局でインフラの維持管理を担当している者です」
インフラの維持管理……というところをみると、市民調和局なる組織はやはり公務員的な活動をしているのでしょうね。
その名乗りから察するに、公共インフラである公園や噴水を私物化しているナミに対して注意を与え、退去させようとしていたというところでしょうか。
彼が名乗った以上私達も名乗る必要がありますので、私とアイリスさんは名前と、ギルド関係者であることを告げました。
トワ様は上の空なので名乗りは無しです。
私達が互いに名乗っている間、黙ってレーンという公務員を見つめていたナミが口を開きました。
「主らはそのシビルなんちゃらが正しいと本当に思うておるのか?」
「当たり前でしょう。このパノプティコはシビルスコアによる安心を基盤とした社会運営によって秩序と繁栄を築いているのです。それを貴女のような外部の人間に批判されるいわれはない」
「なら、これはどうじゃ?」
そう言うとナミは羽織っていたキモノをはだけました。
もともと雑な着方をしていたとはいえ、いきなり白い裸身が晒されたことでレーンはあわてて顔を背けます。
そして公衆の面前で裸体を晒したことで……ナミのキモノに付けられていたバッチが激しく光り、シビルスコアが減点されたことがわかりました。




