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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第3部3章『籠中の鳥』パノプティコ-案点の惑星
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#3

「二等管理官の方……?それもお二人も?あの、この支部に何か重大な問題でも……」


 私とアリサがギルド章を示し、管理官だと名乗ったことで受付係の若い女性職員は顔面が蒼白になった。

 うん、まぁそれはそうだろう。

 ギルドの高位幹部である二等管理官が2人、それもアポイントなしで訪問してくれば緊急事態が起きたと思うのが当たり前だ。


 でも私はそんな受付係のギルド支部として典型的な反応と、彼女の視線が私の胸に向いていないことに、少しだけ安堵した。



 この星を訪れた友人を探しに来た、と私が告げたことで受付係の表情が一変する。真剣な顔になった彼女は、支部の扉を閉めて私達を奥へと案内してくれた。


 そしてしばらくすると支部長だという年配の女性が現れた。

 ゲルダと名乗った彼女は、ギルド内はシビルスコアの監視網から切り離されていると告げた上で、行方不明になった旅行者を探すことは困難だと告げた。


「どういうことですか?」

「この星がシビルスコアによって管理されていることはお判りかと思います。例えば公共交通機関に乗るにもシビルスコアが必要ですし、宿に泊まるのも、食事をするのにもスコアの提示が必要です」

「……実に素晴らしい管理社会ですね」


 アリサが端正な顔を歪めてそう皮肉を言うが、アリサのスコアは下がらない。

 うん、たしかにここは監視網から切り離されているようだ。ゲルダさんはそんなリサの言葉に軽く頷いて続けた。


「つまりシビルスコアを失えばこのパノプティコ……いえ、ベンサムでは生きてゆくことができない。そういうことなのです」

「旅行者が不用意な言動でシビルスコアを喪失して、行き場を失うということですか?なら、この星を離れて帰郷すれば良いのでは?」


 私の言葉に、ゲルダさんは首を振って言った。


「管理官。『公共交通機関』には……軌道エレベータも含まれるのです」


 その言葉が意味するのは、この星が持つシビルスコアという見えない鳥籠に囚われてしまうと、二度とパノプティコから飛び立つ事が出来ないという、恐ろしい事実だった。

 私がその事実に茫然としていると、これまで黙っていたトワが口を開いた。


「パノプティコとベンサムは違うの?」

「トワ?それ、どういうこと?」

「だって、ベンサムでは生きていけないって。パノプティコでは生きれる?」


 そういえば先ほどゲルダさんは、シビルスコアを失った者はパノプティコでは生きていけない、とは言わずにあえてベンサムでは生きていけないと言い直していた。

 それは、ベンサムの外にもコミュニティがあるということだろうか?


「シンガー殿……トワさんでしたか?素晴らしい慧眼です。ええ、その通り。スコアを失った者はロワーズと呼ばれ、さらにはベンサムを追われてヨタとなります」

「ヨタ?」


 トワの言葉にゲルダさんがヨナという存在について説明してくれた。

 ロワーズはスコアが標準よりも低い人達で、ヨタ……YOTAは「Yield Over Trust Assessment」……つまり「信用査定逸脱者」の略称だそうだ。


 そしてヨタはこの星でシビルスコアを失った者、もしくはシビルスコアそのものを拒絶している人々を指す言葉なのだ、とも。

 ベンサムに住むスコアを持つ人達はヨタと言う言葉を賤称として用い、当のヨタの中には誇りを持って自らをヨタと称している者もいる、とゲルダさんは言った。


 おそらくそのヨタという存在はパノプティコが抱える闇であり、同時に光でもある。

 私はそう思った。


 だけど……トワの理解は違っていたようだ。


「ヨタもの?」

「与太者って……確かに、そんな感じの意味ではあるけど、本人達に言ったら怒るんじゃないかな?」

「それよりアイリスさん。ナミの事です。彼女、割と常識に囚われない自由人なところがありますから……」

「アリサ、ここはシビルスコア気にしなくても良いらしいよ?」

「ナミは破天荒ですし露出狂の気があって、破廉恥ですから」

「いや、そこまで言わなくても良いけど。でも確かにあの子ならあっという間にヨタになりそうだね」


 そう言いながら、私はナミの事を思い出していた。


 滅びた惑星ヨモツヒラサカで、2000年以上もの刻を独りで過ごしてきた孤高のセレスティエル。

 トワと似たところがあって、服装には無頓着……というより、裸体にキモノを雑に引っかけているだけで露出がどうとか言うレベルを遙かに超えている、見た目は8歳程度の幼女。

 そして彼女は間の悪いことに愛煙家で、片時もキセルが手放せないタイプでもある。


 さらに言えばナミは極めて知的な女性だけど、歯に衣着せるということを好まない。


 つまり……秩序を重んじるパノプティコとは致命的に相性が悪い。

 というか、何しにパノプティコへ来たんだろう。いや、それ以前にどうやって来たんだろう。

 ここは3ヶ月ほど前に彼女と別れたダンデイライアンから数十光年は離れているのに。


「ところでゲルダさん。一つ教えて欲しいのですが……この星の支配者はどのような存在ですか?」

「支配者、ですか?」

「ええ。この星は統治機関が無いと聞いていますが、シビルスコアのような管理システムが存在しています。なら……そのシステムを裏で操る存在がいるはずでしょう?」


 アリサの言葉はもっともだ。

 信用スコアのようなシステムはあくまでも管理者に都合の良いツールだから、そのツールを使って管理を行う人間……つまり支配者がいると考えるのは妥当だろう。

 だが、ゲルダさんの答えは私達が予想していた答えとは全く違うものだった。


「この星の支配者は……『安心』です」

「……アン・シンとかいう個人名ではなく、リリーフという意味の安心ですか?」

「はい、そうです」


 そう言ってゲルダさんが説明した言葉は、今日何度目かの空恐ろしい感覚を私に与えるものだった。


 治安を良くするために。

 街を清潔に保つために。

 夜中に子供が出歩けるように。


 様々な「安心」のために、パノプティコの……いやベンサムの人達は自ら進んで己を律し、他人を監視し、異分子を排除している。

 つまりそこに支配者は存在しておらず、安心という概念こそが……彼らを自ら捕らえる見えない檻となっている。

 安心さえあれば、人は檻を、あるいは鎖を望むということなのだろう。


 その後、ゲルダさんはシビルスコアの管理は「リリーフ」と言う名のシステムが行っていると教えてくれた。

 私達が身につけているバッジをはじめ、ベンサムのあらゆる所にリリーフの端末やセンサーが存在しており、市民の言動が「安心」につながるものかどうかを常に評価しているのだと。


 唯一の例外がギルド支部の中だけど、ギルド支部の職員であっても支部から一歩でも離れればシビルスコアの管理下におかれるらしく、そのため職員の中には支部の建物に居を構えて最低限の買い物以外は外出しない人もいるそうだ。


「不服の申し立ては……内政干渉と見なされるわけですね?」

「この星には統治者はおりませんから、厳密には内政干渉という事象に該当しないとは思います。ですが、私達もまたこの檻に囚われた身ですので……あまり迂闊な言動が出来ないのです」


 つまり、ギルドの人間か自分達はシビルスコアの対象外だと公言すること自体がシビルスコアの低下を招くリスクがあって、結果として声を上げることも出来なくなっているということなんだろう。

 場合によってはギルドという組織に対して与えられている、特権的な評価免除すら奪われかねないとゲルダさんは付け加えた。


「支部撤退の判断は?」

「前任者も含めた過去の支部長達も皆、何度も撤退の判断を議論したと聞いています。何度かは統括局にも撤退許可を申請したという話を聞いていますが、未だパノプティコには支部が設置されている……そういうことです」

「……メラニー・スゥの差し金ですか?」

「我々現場の人間に判りかねますが……おそらく」


 ゲルダさんの話によればパノプティコの技術力――特にサイバネティクス関連のものについては星域でも有数の高いレベルにあるらしく、支部設置の見返りとして技術移転を受けることがギルドの主目的なのではないかとゲルダさんは見ているようだった。

 それに――とゲルダさんは続ける。


「私のような星外から赴任してきた者はともかく、この星で産まれ育った職員の中にはシビルスコアによる評価を当然のものと捉えている者もいます。それゆえに支部全体を撤退させるという判断は、統括局でも難しいのではないかと……」

「なるほど、支部の総意ではないという立て付けですね。いかにもあのタヌキババ……いえ狸状生命体に酷似した貴婦人らしいやり口です」

「アリサ、ここは監視されてない」

「……あの、タヌキババア!」


 トワの茶々入れにアリサの口調が荒くなる。何やってるんだ、この子達は。


「いや、言い直さなくても良いから。ともかく、希望者は脱出できるよう私達も動いてみるよ。明らかにここの就労環境はギルド憲章違反だからね」

「ありがとうございます。二等管理官のお力添えがあれば、希望者だけでも逃がすことができそうです……」


 そう言うとゲルダさんは安心したように表情を緩めた。

 そうだ、安心とは本来こうあるべきなのに。私はそんな事を思いながら、私は脳内で統括局へどう働きかけるか検討を始める。

 だが、その考えはトワによってすぐ中断させられた。


「アイリス、ナミのことは?」

「そうだ、忘れてたよ……ゲルダさん、8歳ぐらいで黒髪の、妙に年寄りぽい話し方をする女の子をどこかで見かけませんでしたか?」

「すみません、私は……その、あまり市中の事に詳しくないもので。判る者を探してきますね」


 ゲルダさんは申し訳なさそうな顔をしてそう言うと受付の方へ戻っていった。


 それはつまり……先ほど彼女が言った「支部の中に居を構えて外出しない」人物の中に、彼女自身が含まれているということなのだろう。


 パノプティコという、安心のための大きな鳥籠の中に作られた、ギルド支部という、安心のための小さな鳥籠。


 ゲルダさんはそんな二重の檻の中に囚われている……そんな風に私には思えた。


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