#2
>>Alyssa
不用意な発言でシビルスコアを減点されました。
発言内容自体は決して間違っていないと私は固く信じていますが。
信用スコアという概念自体はいくつかの惑星で実際に導入されているもので、私も評議員時代にペレジスに信用スコアを導入することを検討したことがあります。
ですが住民の管理全般を信用スコアに依存すると、それは完全な監視型社会になってしまう危険性がありました。
私は星を管理したいわけではなくて、皆が自由で平和に暮らせることを目指していましたから、結果としてペレジスでは融資などの金融取引にまつわる部分や公職に就く者の身元保証などの限定的なシーンでのみ信用スコアを採用する形で落ち着きました。
ですが……このパノプティコでは生活全般にシビルスコアという名の信用スコアが適用されているのでしょう。
おそらくこの清潔で整った軌道ステーションの環境も、シビルスコアの影響によるもの。
すなわち清潔に保つことが、高い信用につながるという住民達の心の表れなのでしょう。
ただ、納得と同時に疑問も浮かびました。
本来、信用スコアは管理を行う為政者がいてこそ意味のある制度のはず。
なのにこの星には統治者や統治機構らしきものが存在していないのです。
……少なくとも、表向きは。
もしかすると表舞台に立たない影の支配者が存在していて、その者が信用スコアで市民を管理しているのでしょうか?
理想郷を装うためには支配者の影は薄い方が好都合なのは判りますが……。
いずれにせよこのパノプティコという惑星は表向きの美しさとは異なる根深い闇を感じます。
速やかにナミを発見して星を離れるのが無難でしょう。
おそらくこの惑星上で行われる会話はどこかでモニタリングされて、即座に評価されている可能性が高い……いえ、先ほどの発言と同時に減点が行われた様子をみる限り、それは疑念ではなく確定事項です。
迂闊な会話はシビルスコアの低下を引き起こしかねないリスクがありますし、会話がそうならほぼ間違いなく通信やネット経由でのメッセージも監視されているでしょう。
もしかするとナミからの緊急救援要請が交信途中で中断されたというのも、モニタリングの結果パノプティコに不都合だと判断されたのかもしれません。
私はメラニーへの通信開示は謹慎期間の終了とともに満了したと解釈し、既にアルカンシェルを通信ハブとしたローカルの秘匿通信システムを復旧させていました。
このパノプティコ上でやり取りを行う際には、そのローカル通信を使うのが良いでしょう。
「……わかった」
「まぁ、妥当だね」
私がフォトンタブを介して送ったメッセージを確認し、トワ様もアイリスさんもそう言ってくださいました。
地表へ向かう軌道エレベータを目指して軌道ステーションの中を進む途中、周囲の人達が私達同様に殆ど会話というものをしていないことに気付きました。
見たところ多くの人は胸にバッジを付けていますから、トレーダーや星外からの旅行者なのだと思います。
おそらくこの人達もシビルスコアの事を知っていて、不用意な会話を慎んでいるのでしょう。
つまり、このステーションを覆う静寂こそが……シビルスコアがパノプティコでの生活に落とす影の大きさを示しているのだと、私は思いました。
>>Iris
アリサが説明してくれたシビルスコアという概念自体は私も知っていた。
管理官という立場上、私も人々を管理することを考えないといけない場面もあるからね。
そんな時に社会的信用が数値化されていると確かに管理はしやすいだろうとは思う。
だけど、それが日常生活の隅々まで徹底される……?
思考実験としては興味深いけど、実際に目の前で行われているシビルスコアによる管理は、パノプティコという惑星をユートピアに偽装されたディストピアに貶めているようにも思えた。
そんな事を思いながら……でも口には出さず、私達は軌道エレベータを使ってパノプティコの星都ベンサムへと降り立った。
ベンサムの街中は軌道ステーションと同じように清潔で、静かで、穏やかな街だった。
行き交う人々は、微笑みを浮かべながら静かに談笑している。
繁華街にありがちな、声を荒げたり、傍若無人な振る舞いをする人もいない。
それもそうか。そんな行いをすればあっという間に社会的信用を失うだろうから。
整然とした街並みを薄ら寒い気持ちで眺めていた私は、トワの言葉で現実に引き戻された。
「どこでナミを探すの?」
「ナミ、携帯端末持ってなかったよね?こっちから連絡するのは難しいか……」
「ナミは人目を惹きますから、どこかでで聞き込みをするというのはどうですか?」
「どこか?」
「ええ、具体的にはギルド支部です。パノプティコにも支部がありますから、情報収集には最適かと」
アリサの提案はもっともだ。
ナミはギルド関係者じゃないから居場所そのものは判らないにしても、目立つ風貌……というか独特の空気感で目撃情報が寄せられているかもしれない。
緊急救援要請と言う話だったけど、あの子も私達と同じセレスティエルだし、何より何千年も放浪機と戦っていた古参兵だからね。
戦場ならまだしも、平穏な惑星上ならちょっとやそっとの事じゃびくともしないだろうし、セレスティエルならリブートもできるだろうし。
おそらくはサクヤが騒ぎ立てているほどの緊急事態ではないだろうと私は判断した。
なにせ、ここパノプティコは犯罪発生率が0に近い「平和で安全」な星なんだから。
なので私はアリサの意見に賛成し、ギルド支部へと向かうことにした。
支部はベンサムの中央から少し離れたエリアにあり、公共交通機関――乗り合いビークル――で行けるようだった。
どこの星でもそうだけど、軌道エレベータの地上駅は公共交通機関のハブになっている。
パノプティコでもそれは例外ではなく、乗り合いビークルの発着場にはいくつもの路線が設定されていて、不慣れな旅行者をサポートするために案内係が常駐していた。
この星での公共交通機関の利用方法について話を聞くと、乗車にあたって代金は不要だけど旅行者はバッチを見せる必要があると説明してくれた。
係員は非常に丁寧に対応してくれたけど、彼がまず最初に見たのは私の顔ではなく胸だった。
これが他の星ならセクハラかと思うところだけど、この星で旅行者の胸元を見る理由は――シビルスコアの確認だとみて間違いないだろう。
つまり、案内係の対応が丁寧なのは私のシビルスコアが高いからということだ。
私自身、ギルドの管理官として――そして認めたくはないけど、「英雄」として――他人から敬意を持って接せられる機会は多い。
だけどこの案内係の対応は……私という個人や管理官という役職に対する敬意とは少し違う、数字そのものに対する敬意のように思えた。
もし私のスコアが標準値とされる60だったら彼はどう対応したんだろうか。
そして、もし標準値を下回っていたら?
そんな事を考えると、案内係の笑顔が作り物の仮面のように見えてしかたなかった。
乗り合いビークルへの搭乗はスムーズだった。
乗客は私達を含めて9人。
5人が旅行者で残りの4人はパノプティコの住民だろう。
そう思ったのは4人がバッジを身につけておらず、ビークルの搭乗口にあったスキャナで生体認証を行っていたからだ。
つまり彼らのスコアは私達余所者と違って可視化されていないらしいけど、それがどのような意味を持つのかはまではわからない。
でもマジマジと数字を見られるのは不愉快だということを体感したから、ある程度は住民のプライバシーに配慮しているのかもしれないと思った。
ビークルの車内では会話をする人もおらず、ただフォトンドライブが稼働する静かな音だけが響いていた。
普通であれはま、見知らぬ他人同士であってもこうやって同席すれば日常的な雑談を交わすことは決して珍しくないし、これまで私達も様々な星でそうやって多くの人達とコミュニケーションをとってきた。
だけど、この星では誰も見知らぬ他人と交わろうとしない。まるで他人と話すことでスコアが低下することを恐れているように。
軌道ステーションの地上駅で見かけた談笑する人々の姿と、無言でうつむく乗り合いビークルの乗客達。
どちらがこの星の住民達の真の姿なんだろうか。
そんな事を思っているうちに、ビークルはギルド支部に到着した。




