#4
翌日、ヒナとマリエッタは「新たにわかった事実」を元にある場所を訪れた。
そして……この一件の真相を理解した。
しかし真相は理解できたが、どう対処すべきかは判断が付かない。
悩んだあげく、ヒナは「容疑者」に真正面から向き合うことにした。
夕刻、ヒナは「ある場所」……すなわちアノインティングの星都ボタニカの外れにひっそり佇む、ギルドが倉庫として使っているものと同じような雰囲気を持つ建物にその人物を呼び出した。
雑然とした印象があるギルド倉庫とは異なり、郊外の建物は外装こそ古びていたが、その内部は清掃が行き届いていて塵一つ落ちていない。
それどころかよく手入れされた参列席や、宗教的な行事に用いると思われる燈台、油壺などが整然と配置されていた。
つまり、この礼拝堂はまだ「生きて」いる。
そう思いながら室内を眺めていたヒナに、訪れた男は声を掛けた。
「まさか、ギルドの方がここを訪れるとは思いもしませんでした」
「お待ちしていましたよ、ルドルフ・スチュアートさん」
そう、ヒナが呼び出したのはフローラの秘書にして執事である、スチュアートだった。
「お呼び立てして申し訳ありません。ですが、どのような用件かは既に理解して頂いていると思いますが………」
「ええ、そこにある『女神のC3』と、私の罪についてお聞きになりたいことがある。そう理解しております」
そう、スチュアートが視線で指す先……礼拝堂の最奥には、『星の油壺』とそれに納められた女神のC3が安置されていたのだ。
前夜、マリエッタがヒナに告げた内容は「スペアキーの利用記録が残っている」と言うものだった。
預かり品であるC3の保管記録すら取っていなかった杜撰極まりないギルド支部とは異なり、セレスセラ社は鍵ひとつの管理にしても適正に行われていたようで、持ち出し日時と利用者の名前がセレスセラのサーバにはしっかりと残されていた。
そしてその持ち出し人こそがスチュアートであり、彼の立ち回り先としてセレスセラ社が保有する、しかし現在は使用されていない郊外にある古びた施設が浮かび上がったのだ。
しかし問題はその記録が一切秘匿も隠蔽もされていない事だった。
つまり、調べればすぐにスチュアートがスペアキーを使って女神のC3を持ち出し、おそらくはその古びた施設へ隠匿したのであろうということが推測できたはず。
それなのに、セレスセラ社は……CEOであるフローラは、スチュアートへの追求も、C3の捜索も行った気配も無かったのだ。
不審に思ったヒナ達が郊外の施設へ向かい、非合法な手段で内部へ侵入すると……果たしてそこには女神のC3があった。
セレスセラ本社のエントランスに飾られているはずの「星の油壺」……の複製品と共に。
部外者であるヒナ達がみても、この礼拝堂はいつでも宗教儀式を行えるよう整えられていることが判った。
つまり、スチュアートが女神のC3を持ち出したのは私利私欲やサボタージュではなく、当初想像した「保護」、それもC3単体ではなく伝統的な宗教儀式の保護を目的としたものなのだとヒナは理解した。
「あなたは……フローラさんと対立しているのですか?」
「対立?いえ、私の心は常にリルカ様と共にあります。ですが、私が願うものと、リルカ様が望まれる未来は……少しずつ離れてしまった」
スチュアートが「リルカ」と呼ぶのは第51代フローラ・セレスセラとしての彼女ではなく、幼少の頃からずっと見守ってきた相手としての彼女を指すだろう。
その呼び名は彼女の幼名であり、スチュワートがリルカと呼ぶのは後見人として長い年月を傍で支えてきた証でもある。
そして同時に、それを今でも口にできるということは――リルカ自身が、その呼び名を許すほどにスチュアートを信頼し、大切に思っているという証でもある。
それは形式や立場を越えた、たったひとつの特別な絆のかたちであり、それ故にスチュアートがリルカを裏切るということはあり得ないはずだった。
だが、スチュアートは未来が離れていくと言う。
それはリルカの目指すフローラとセレスセラのバランスが、スチュアートが望んでいるものよりもほんの少し……だが、確実に偏っているということであり、このままリルカが進めばその乖離は取り返しの付かないものになるとスチュアートは語った。
「それはあなた個人の想いですか?」
「はい。ですが……この星には伝統を大事にする民がいるのも確かです」
ヒナの問いに答えるスチュアートの言葉に、マリエッタは星賛祭の光景を思い出していた。
色とりどりの灯りに照らされ、賑やかに盛り上がっていた前夜祭やイベントの光景。
星賛祭当日の早朝、夜明け前に集まり厳かな儀式を真摯な目で見守っていた……伝統を大切にする人々の姿。
この星が求める価値観は1つではなく、今回の事はスチュアート1人が暴走したということではないのだろうとマリエッタは思った。
スチュアートは語る。
リルカに伝統を重んじる民の存在を気付いて欲しかった、と。
ただ、言葉だけではリルカを説得できない。
そう思ったスチュアートは断腸の思いで「女神のC3」を隠すことにした。
リルカがショービジネスへの舵取りを思いとどまることを期待して。
スチュアートとて星賛祭が失敗することを願っていた訳ではない。
リルカが翻意しなくとも、祭りの直前には女神のC3を返却し、滞りなく儀式が行えるようにする予定だった。
だが、スチュアートにとって不測の事態が起きた。
彼が隠匿したはずの女神のC3がギルドから返却されたのだ。
スチュアートは何が起きたのか判らなかった。彼が隠したC3は確かに手元にあるというのに。
しかし試験精油の際にギルドが寄越したC3が代替品の偽物であることが判り、リルカは静かに激怒した。
そしてギルドへ公式にクレームを入れ……やがてリルカと同年代の管理官が現れた。
管理官とその妹であるシンガーは、事もあろうに唯一無二のはずの女神のC3を新たに創造してみせた。
結果として星賛祭は滞りなく行われたが、スチュアートが自らの想いをリルカに告げる機会も、そして女神のC3を元へ戻す機会も……どちらも失われた。
スチュアートの告白を聞いたヒナは、軽く息を吐くと事情はわかりました、と告げる。
その言葉を耳にしたスチュアートは静かに言う。
「私は自らの罪に対して、あなた方ギルドが課す罰を謹んでお受けいたす所存にございます。何卒、ご裁定のほどを」
そう言って頭を垂れるスチュアートは、おそらく自らの死を覚悟しているのだろうとマリエッタは思った。
スチュアートの行いは結果として大事には至らなかったものの、ギルドの権威を故意に失墜させうるもので、それはすなわちギルドへの敵対行為に他ならなかったから。
通商組織であるギルドは信義をなによりも重視する。
その根源であるギルドの信用を傷つける者に対して、死の制裁を与えるであろうことはスチュアートにも理解出来ているのだろう、と。
ヒナはそんなスチュアートの姿を少しだけ哀れむような目で見ながら……だが、はっきりと言った。
「スチュアートさん。何か誤解されているのでは?この件は御社の社内における資材管理のお話ですよね?私達モーリオンギルドとは関係無い案件だと思います」
「……は?」
「もともと『女神のC3』なる物品はセレスセラ社が保有されているものですから、その保管場所を移動されるのは御社の自由です。まぁ、移送時に一言声かけは頂きたかったですが……なにぶんこちらのギルド支部は台帳管理も出来ていない、お粗末な有り様でしたから、信用できないとお考えになるのは理解出来ます」
唖然とするスチュアートにヒナは続ける。
クレームのあった無断での代替品提供についてはギルドに非があり、その件は管理官が対処を行った。
物品の移動についてはセレスセラ社の事情であることが判明し、ギルド内のサボタージュではないことも明らかになった。
なら、監察官としてヒナがすべきことは……ギルドへの敵対行為も、内部での不正も、何一つそのような事実は無かったと統括局に報告するだけだ、と。
「ただ、一点だけ。ワタシのような若輩者がこういうことを言うのは差し出がましいとは思いますが……社内での報告・連絡・相談プロセスが不足しているように思います。そちらは、密に行われた方が良いかと」
そう言うとヒナはスチュアートに向かってウインクしてみせた。
その日の夜、スチュアートはフローラ・リルカ・セレスセラに私的な対話の時間を設けるよう求めた。
そして、その場で自らがなした愚行と、その結果生じた出来事について謝罪を行った。
黙ってスチュアートの告白を聴いた後、リルカはただ静かに答えた。
「知っていましたわ。だって私はこの星の代表ですから」
本日はもう1回、更新を行います




