#3
「星の油壺」をご神体として崇める宗教が存在していたのだとしたら。
その信者達にとって現状は「アリサ教信者」であるヒナが憤慨する事態と同じではないか。
もしそのような人物……もしくはグループが存在するなら、彼らが女神のC3を「保護」した可能性は十分に考えられる。
だが、女神のC3を保護するような「信者」をどうやって見つければいい?
ギルドの記録によれは件の「倉庫」をギルドが使うようになったのは先々代のフローラ・セレスセラの時代……つまり何十年も前の事だという。
礼拝堂をすぐに倉庫へ切り替えることはあり得ないだろうから、おそらくそれよりも以前から宗教的な行事は形骸化し、衰退していたのだろう。
なら、礼拝堂を用いた信仰が失われたのは随分と前の話に違いない。
そう思いながらもヒナは先日執り行われた「星賛祭」の関係者に、宗教儀式とそれを信奉する人々についての情報を求めて聴取を行った。
「それ、昔のことだよね?今はもうただの観光イベントさ」
「宗教?そうだったんだ。てっきり伝統的なお祭りだと思ってたよ」
「超光速航行が実現化されるご時世だぜ?今さら宗教もないだろ?そもそも神なんているはずが……っ!?おいおい、そんなに睨むなよ」
関係者は皆、異口同音にアノインティングにおける宗教は過去の話であると語る。
ちなみに最後の証言者は、神……特に女神の存在を疑ったことでヒナに冷たい目で睨み付けられた。
ヒナはこの宇宙には女神が実在することを固く信じていたので。
「信者」の存在に関する証言が得られないことで、ヒナは理解した。
それはつまり……既にアノインティングでは宗教的な考え方が大衆の間では失われているということ。
そして伝統的な祭祀は既にショービジネス化しつつあること。
それ自体は決して珍しいことでも、誤ったことでもない。
実際、ヒナの故郷であるミラジュミナでも、伝統的な祭祀の踊りがリゾートホテルにおける観光イベント……ダンスショーとして披露されていたから。
むろんそのことに対して苦言を呈する者もいないではなかったが、大多数の住民達は観光ショーで生計が立てられるならそれで良いと考えていた。
おそらく、ここアノインティングにおける星賛祭も同じような構図なのだろう。
一方でもし、過去の伝統的な宗教観を重視する人間が残っていたとしたら?
女神のC3に対する扱いと合わせて考えると……彼らにとって現状は到底許せないものと映ることだろう。
その人物が抱く感情が、怒りなのか、悲しみなのかまでは判らないが。
C3を奪うという暴挙に出たこと自体はギルドの監察官であるヒナにとって許すことの出来ない敵対行為ではあったが、その動機については共感できる部分もある。
ヒナはそう思った。
「ね、ヒナっ。スペアキーの所有者判ったんだけどっ」
「へ?誰?」
信者を探しスペアキーの保有者を問い詰めようと考えていたヒナのプランが暗礁に乗り上げる中、マリエッタは独自の方法でスペアキーの所有者を探っていた。
いや、探ろうとした。
結果、探るまでもなくその事実は簡単に判明した。
あまりにも簡単すぎたので、何か裏があるのではないかと裏付けを取る方に手間取ったぐらいに。
「セレスセラ社っ!あの倉庫ね、登記がセレスセラ社のままでギルドには無償貸与してる扱いになってたよっ」
「……つまり、本来の持ち主はセレスセラってこと?」
「うんっ。だからね、スペアキーもセレスセラにあるよっ!」
マリエッタの言葉は盲点だった。
確かにギルド支部からはセレスセラの建物をギルドが譲り受けたと証言を得ていた。
ヒナはセレスセラが香油販売のビジネスを手がける企業だと思っていたが、実際のところセレスセラのCEOであるフローラはこの星の統治者であるだけでなく、祭祀を司る祭祀長でもある。
つまり宗教施設である礼拝堂も、セレスセラの管理下にあって当然なのだ。
「待って?じゃあ、セレスセラが『女神のC3』を奪ったってこと?」
「セレスセラの内部犯によるサボタージュ、かなっ?」
これは面倒な事になったとヒナは思った。
話がギルド内部のサボタージュであればギルド監察官であるヒナの職務領域の問題だが、セレスセラ社内部の問題となれば……それを捜査することは越権行為だ。
しかもセレスセラ社はこの惑星アノインティングを統治する企業でもあり、下手に口出しすると内政干渉と取られる可能性すら考えられるから。
「でも、おかしいよね?この問題の発端はセレスセラからギルドにC3紛失に関するクレームが入ったことでしょ?もしセレスセラ内部でC3を奪った人間がいるなら……それ、マッチポンプだよね?」
ヒナの疑問はもっともだ。
ヒナが与えられたミッションは「ギルド内部のサボタージュに関する監察」だったが、それとは別に統括局はアリサに対して「紛失したC3に関するセレスセラ社からのクレーム対応」というミッションを与えている。
つまり元々がセレスセラ社内の問題に端を発するとすれば、それはギルドとは無関係な話だったはず。
そう指摘するヒナにマリエッタは小首をかしげながら言った。
「んー、そうでもないかもっ!アイリスさんに見せて貰ったミッションデータにあったセレスセラの苦情って『無断で代替品を送ってきた』ことに対するものだったしっ!」
事態の流れからするとそれは同じことを意味しているように見える。
つまりギルドがC3を紛失し、それを隠蔽するために無断で代替品をセレスセラに提供。
その結果、祭器が誤動作を起こしてセレスセラのクレームを誘発した。
だが、セレスセラ側は苦情に「C3の紛失」の責任追及については明記していないとマリエッタは言う。
もちろん、経緯の説明としてC3がなくなった旨は記載されていたが、セレスセラのクレームの主体はあくまでも「無断の代替品」にある、と。
「それ、つまり……セレスセラ側はC3の紛失がギルドの責任じゃないと知ってたってこと?」
「……文脈的にはそうかもっ」
「じゃ、やっぱりこの件ってマッチポンプだよね?」
宿――アイリスが予約し、ヒナの入院中はアリサ達が泊まっていた所――で、2人がたどり着いた背後関係はきな臭いとしか言いようがないものだった。
導き出された仮説はセレスセラがギルドに対して害意を抱いているようにしか思えなかったから。
だが、不可思議な点もあった。
なぜなら今回の一件についてアイリスは既にクレーム処理を完了させ、セレスセラCEOであるフローラから任務完了の承認を得ている。
それもかなり円満な形で。
その証拠にギルドとセレスセラの間で業務提携の話が行われたとヒナは聞いている。
それはギルドとセレスセラが友好関係にあるということの証でもあり、ヒナ達が思うセレスセラ側の意図とは明らかに矛盾している。
だが捜査の開始点であった、仮定の容疑者たる「信者」……つまり伝統的な宗教行事を重んじる人間との関連性を加味して考えるとどうだろう?
企業としてのセレスセラ、CEOであるフローラがとった対応と、別の人間の思惑。
マリエッタが言ったセレスセラ内部のサボタージュだとすれば話はしっくりとくる。
つまりフローラはセレスセラ内部に獅子身中の虫を飼っている。
そしておそらくその内部の「虫」はセレスセラの上層部に近い人間ではないかとヒナは推測した。
セレスセラはアノインティングを統治する企業であり、当然のことながら警察権を持つ組織や内部監査を行う部署も有しているだろう。
それでなお内部の人間を摘発できず、C3も奪還できていないのだとすれば……一介の社員の手によるものではないと考えた方が自然だからだ。
「――でね、さっき話した鍵の話なんだけどっ」
そう言ってマリエッタが続けた内容は、ヒナの想像を裏付けるものであったが、同時に新たな謎をもたらすものでもあった。




