#2
2人が最初に赴いたのはギルドのアノインティング支部だ。
捜査の基本は現場百遍だとヒナは自信満々に言う。
「でもヒナっ?ここへ来てからずっと病院だったし、現場どころか外へ出るのも初めてだよねっ!」
「……まぁ、そうだけど。いきなりやる気を削がないでよ……」
ヒナが支部の建物に入り、ギルド章を掲げて監察の開始を宣言するとアノインティング支部の面々はまるでお通夜のようなどんよりとした表情を浮かべた。
受付の奥にいた年配の男性職員が小さく「またか……」と呟く言葉を耳にしたヒナは、自分の聴覚がこれまでよりも格段に鋭敏になっている事に気が付いた。
それはテロマー由来の感覚強化で、ヒナが自身が女神の眷属へと生まれ変わったことを初めて実感した瞬間でもあった。
支部の面々がまたか、とこぼすのには理由がある。
C3紛失については既にアイリス・ブースタリア二等管理官がギルド支部に対して事情聴取や現場確認を行っており、物資保管の杜撰さ、代替品を無断で提供して紛失の事実を隠蔽しようとした事実が確認されていたからだ。
そして支部長ゲオルグ・ローレンツが職務怠慢を理由に更迭された後だったから、支部からすれば処分も終わった事案に対する再度の監察を「またか」と感じるのは致し方ないことだった。
ヒナが捜査に着手したのは「女神のC3」と呼ばれる件のC3が保管されていたギルド倉庫からだった。
ヒナもマリエッタも、ギルドの倉庫と聞いて惑星アスクレピオスでの一幕を思いだし憂鬱になる。
あの時は突入した倉庫の中に違法薬物が充満しており、内部で薬物蔓延に関わっていたギルドの人間が廃人と化していた。
だが、今回は既にアイリスとトワが内部を調査済みだったので、内部がおかしな事になっている訳ではないことは把握出来ていた。
むしろそれ故にマリエッタは既にアイリスが調査済みならわざわざ調べる必要ないのではないかとヒナに疑念を呈した。
「アイリスさんの調査は『女神のC3』の正体を探ることでしょ?ワタシが調べるのはその行方と、誰が盗ったかだから」
「同じだと思うけどっ!」
そう言いながらもマリエッタは嬉しそうにヒナの後に続いて倉庫に入る。
ヒナが危篤だと告げられたあの夜、もう二度とこうやって一緒に「お出かけ」する事はできないのだとマリエッタは覚悟していた。
だが、ヒナはこうやって歩き、話している。
それがただ嬉しかったから。
倉庫の建物は明らかにそれが元々倉庫として建造されたものではないとわかる構造をしていた。
吹き抜けになった高い屋根。
見上げると天井付近にはめ殺しの窓。
ヒナはこれまでにも倉庫と呼ばれるものには何度か立ち入ったことがあったが、ここには違和感があった。
そもそも倉庫にしては外装に華美な装飾が施されていた形跡があるし、きっとここは本来別の用途でつくられた場所だ。
ヒナがそう言うと、マリエッタはアイリス達がここが古い製油工場跡ではないかと推測していたと伝える。
その言葉に改めて周囲を見回したヒナは、製油工場というには室内の換気が全く考慮されていない点が気になった。
それに、そもそもいくら香油を作る企業の建てた建築物とはいえ、工場を装飾するだろうか?
そんな事を考えながら、ヒナは倉庫の中を進む。
アイリスが調査したときには乱雑に放置されていた荷物が彼女の指摘によって整理整頓されている。
そのこと自体はギルドの物品管理上良いことではあるが、もしここに侵入や窃盗の証拠があったとしてもそれらは全て跡形も無く消えてしまっているはずだ。
ヒナは少し頭痛を感じながらも最奥にあるという、C3が安置されていた場所へと歩みを進めた。
「……これ、保管じゃなくて展示用ケースだよね?」
「うんっ、わたしもそう思うっ!」
確かにそこに置かれていたのは、開きっぱなしになったガラス張りのケースだった。
倉庫同様、ガラスケースには物理的な鍵が取り付けられており、解放されたままのケースには無理矢理こじ開けたような形跡は無い。
つまり倉庫の扉同様、このケースもまた正規のアクセス権……早い話が鍵を持った人間によって開けられたと言うことだ。
普通に考えればそれは倉庫の管理者であるギルド支部の内部にC3を奪った犯人が存在している……つまりギルドの威信を傷つけることを目的とした、内部犯によるサボタージュの可能性が高いということだが。
「ねぇマリエッタ。鍵とか無くしたこと、ない?」
「んー、小さい頃はあったかなっ。孤児院で掃除道具入れの鍵なくしちゃって、探すの大変だったよっ!」
「だよね?そういうとき、スペアキーがあると便利だよね?」
「うんっ、掃除道具入れの時もエリ先生が合い鍵を……あっ」
ヒナがそこまで口にしたことで、マリエッタはこの話題の落ちつく先に気が付いた。
つまり、この倉庫や展示ケースが物理鍵であるなら、どこかにスペアキーも存在する筈だ。
もしそのスペアキーがギルド支部に存在するならギルド内部の人間によるサボタージュだが、仮にギルド関係者ではない人間が鍵を保管していたら?
それは外部犯によるギルド保管物品に対する窃盗行為に他ならず、さらに言えば今回の出来事でギルドが被るはずだった信用毀損を考えれば……ギルドに対する極めて悪質な行為、いや敵対行動だと受け取られても仕方のない行為だ。
「管理不行き届きで紛失、だった方が楽だったんだけど」
「いいじゃないっ!しばらく寝てたんだし、肩慣らしだよっ!」
そう嬉しそうに言うマリエッタに、ヒナは軽く肩をすくめて見せた。
ギルド支部で倉庫について聞き込みを行った結果、判ったことが2つあった。
1つはギルド支部内にはスペアキーが存在していないこと。
そもそもあの建物はギルドが建てたものではなく、セレスセラ社から譲り受けたものだと支部の資産管理担当は言った。
そしてもう1つは……あの建物がかつてはこの惑星の伝統的な宗教行事に用いられていた、礼拝堂のような場所だったという事実だ。
マリエッタは一般的なギルド職員の常として特定の宗教に傾倒していたり、信仰心が篤かったりするわけではない。
だが、それでも礼拝堂を倉庫代わりにするというのは不敬というか罰当たりな気がした。
一方でヒナは憤慨していた。自身が崇拝する女神の礼拝堂が建立されたとして、その後に礼拝堂が倉庫化することを想像して。
「ありえないね」
「うんっ、ちょっとありえないかなっ」
「ちょっと?完全にあり得ないよ!」
マリエッタはヒナがそこまで憤慨している理由について数秒考え、ぽんと手を叩いてから言った。
「ヒナっ、もし『女神のC3』がアリサさん由来のものだったとして、アリサ神殿が倉庫になった上に女神のC3がそこへ放置同然で保管されてたらどうするっ?」
「そんなの、保護するに決まってるでしょ。って……そっか、そういうことか!」
そう、そういうことだと、ヒナは理解した。




