#20
静かに、C3が砕けた。
「きゃっ!?な、なんですの!?」
「それが、答えだよ」
「アイリス?あれ……」
私の隣でトワも不思議そうにしている。
でもあれが。
彼女が無意識に成し遂げたオーバーチューンこそが「答え」だ。
つまり、フローラ・リルカ・セレスセラにはシンガー能力がある。それは彼女がエトワールの直系子孫であるという証だ。
もちろんセレスセラの一族とギルド出身者が婚姻関係を結んでいる可能性もあるけどね。
でもきっと婚姻関係ではなく、「フローラ・セレスセラ」は代々シンガーとしての力を持っていたんだと私は思った。
「何が何だかさっぱり判りませんわ」
「まぁ、世の中には知らない方がいいこともあるんだよ」
「消化不良ですし、腑に落ちませんわ……」
不満げな顔でそういうフローラだったが、はたと膝を打つと急に表情を変えて妙な事を言い出した。
「ところでアイリスさん?ギルドの超光速船って速いですよね?」
「まぁ超光速だから光より早いかな」
ギルドが超光速船を持っていることは、私達がスターゲートで移動している6年間の間にある程度世間にも知れ渡っている。
それに今回フローラがC3に関する苦情を統括局に入れたのは数日前の事で、直後に管理官が対応に訪れている時点でギルドが超光速航行手段を持っていることは彼女も実感として確認済みだろう。
「セレスセラの香油を超光速船で運んで貰うことって出来ませんか?」
「オンブルは単座の小型艇だよ?ヒナは服すら積めないって嘆いてたぐらいなのに」
「違いますわ!交易用の香油を運んで貰いたいわけではなくて……」
そう言ってフローラが提案してきたのは、セレスセラが商品を輸出していない惑星に対して、香油のサンプルを配布する販路拡張の手助けをして欲しいというものだった。
機械部品や工業製品みたいにカタログ販売が可能な商品とは違って、香油のようなデリケートな嗜好品はサンプルを試さないとなかなか購入には至らない。
かといって見込みの無い星々を亜光速でまわって営業を掛けるのはコストも時間も掛かりすぎる。
つまり、超光速艇であるオンブルが訪れる先々で「任務のついで」にお試し用の小瓶を配布して回り、気に入ってくれる個人や企業があればセレスセラへ連絡をして星間貿易をはじめましょう……ということらしい。
理にかなった方法だけど、問題はギルドの利益だよね。
「そうだね。新規開拓した惑星に対する売り上げの10%で手を打つよ」
「10%!?それは暴利ですわ!」
「じゃ、この話はなかったことに」
「まって、待って下さい!5%なら……!」
「さて、そろそろヒナの様子を見に行かないと……」
「アイリスさん!?7%!7%なら!」
「ん、じゃあ8%で手を打とうか」
「……わかりましたわ……」
本当は5%でも7%でも良かったんだけどね。
初対面の時にやり込められた分の仕返しとして8パーセントにしたんだ。
これなら、互いに提示した条件の中間よりも少しだけ私の方が勝ってるからね。
私、こうみえても負けず嫌いなんだよ。
「結構いい性格していますよね、アイリスさん」
「フローラには負けるよ」
「でも、気に入りましたわ。是非お友達になって頂きたいですわ!」
目を輝かせてそういうフローラの言葉に、私は少し思案するふりをしてみせた。
そして……言った。
「んー。フローラとはお友達にはなれないかな」
「……そう、ですか……」
「うん。でも、リルカとなら友達になれるかな」
「……!」
「よろしくね、フローラ・リルカ・セレスセラ?」
「はいっ!」
そう、彼女の名前はフローラ・リルカ・セレスセラ。
私が友として選ぶのはフローラでも、セレスセラでもない。
伝統とビジネスの間に立ち、そのバランスを保とうとする彼女こそが、私の得た友達なんだ。
「アイリス」
「ん?」
「ひとたらし」
「なんかそれ、人聞き悪くない?」
トワとそんなやり取りをしたあと、ふと思って私はリルカに声を掛けた。
「そういえばギルドに便乗もいいけどさ、自分のところで超光速艇を仕立ててみたら?」
「え?でもギルドの船はギルドのシンガーにしか乗れないという話では……?」
「まぁ、そうなんだけどさ。リルカにはさっきオンブルのチケット、渡したよ?」
「さっき……ってこれ!砕けてるじゃないですか!?」
そう、さっきリルカに渡したC3はFランクのものだ。
そしてオーバーチューンでC3を砕くにはC3よりも2ランク以上のシンガー能力が必要になる。
つまり、リルカのシンガー能力は最低でもDランク。そしてDランクはオンブルを動かすのに必要なシンガー能力でもある。
そう、リルカは自力でオンブルを動かせる、ギルド外では希有な民間人なんだ。
砕けたC3を手に、新しいのを用意してくれと騒いでいるリルカを見ながら、私はいつか他の星へと飛び立つリルカの姿を想像した。




