#19
>>Iris
「おはようございます。良かったですわね」
「おはよう。えらく耳が早いね」
「ええ、私は星の代表ですから」
まぁたぶんヒナの容態が安定したという連絡はフローラのもとに届いているとは思っていたけど、予想通りだったようだ。
「で、朝から祝杯を挙げてくれてるわけ?」
「いえ、これは重責を負えた自分へのご褒美ですわ」
ご一緒にいかがですか、と言ってフローラは杯を掲げてみせる。
あの色、そして香り。
フェイアリンの30年物か……。どうして金持ちはアレが好きなんだろうね。
「フェイリアンは先日飲んだところだけど、あんまり良い印象なくてね。気持ちだけもらっておくよ」
私がそう言うとフローラは軽く肩をすくめて見せた。
心なしか今日のフローラは少しやさぐれているように見えるね。
でもまぁ、私は先に用件を済ませることにした。
「フローラ・セレスセラCEO。この度はギルド支部がご迷惑をおかけして誠に申し訳ありませんでした。支部に成り代わり、管理官であるアイリス・ブースタリアがご要望のありました対応を実施させて頂きました。結果についてご確認頂ければ幸いです」
「はい、確かに対応頂きました。昨日も申しましたが……私、ギルドのことを少し侮っておりました。その点につきましては謝罪いたしますわ」
私の正式な完了報告に対してフローラは昨日と同じ内容の言葉を返してきた。
それはつまり……。
「つまり、ギルドがこのミッションを達成できないという前提でクレームを入れてきたってこと?」
「ええ、そういうことになりますわね」
「……もし違ったら言って。ギルドが差し替えたC3でそのまま製油を行って、出来た不良品と普通の工程で作った香油をすり替えてから灯火にくべるつもりだった?」
「あら、そこまで気付いていたのですか?」
「色味は確かに違うけど、遠目で見れば差は区別できないレベルだったし、香りについては調香師でもなければ区別は付かないって言ってたよね。なら、火にくべて香りが強く発散される前段階なら、不良品だと気付かれる可能性は低いし、気付くのはおそらくセレスセラ社内の人ぐらいだろうし」
「ええ、その通りですわ」
フローラは悪びれずにそう答える。
つまり彼女はギルドがこの件をリカバリーできないという前提で、自前で対応策を用意していた。
その上でギルドに……私にあえて無理筋なミッションを押しつけ、ギルドに貸しを作ろうとでもしたのだろう。
ほんと見た目に似合わずしたたかだよね、このお嬢様。
「まさかと思うけど、今回の件そのものがマッチポンプだったとか言わないよね?」
「……さすがにそれはありませんわ。もし香油のすり替えを誰かに気付かれたら、セレスセラの信用が失墜しますから。どこかの通商組合のように」
「わるかったね、信用失墜した通商組合で」
私がそういうとフローラはころころと、心底愉快そうに笑った。
「しかし、結局なんでしたの?あの女神のC3の正体って」
「それは……企業秘密かな」
「あら、冷たいですのね」
「じゃあ、ヒントになりそうな話をするから、質問に答えてくれる?あなたならきっと質問の内容から真実が推測できると思うから」
「あら、挑戦ですのね?いいですわ」
そう言うとフローラはフェイリアンのグラスを置いて私の方をじっと見つめてきた。
「私が聞きたいのは初代フローラ・セレスセラのこと。伝承とかに初代のことは残ってる?」
「ええ、ある程度は。それで、始祖様のどのようなことを?」
「彼女の瞳の色と、エトワリエールと言う名前について」
「瞳……ですか?そういえば始祖様は、お隣にいるトワさんと同じ、不思議な虹色の瞳だったと聞いています」
……やっぱりか。
「エトワリエールという名前の由来は?」
「それは私にも判りかねますが……始祖様に関連のある名だとは思います。なにせ星の油壺は始祖様の姿を模して作られたものですから」
星の油壺、つまりエトワリエールはフローラと似た女神像。そして、あの女神像は……トワにも似ている。
つまり、それが意味するのは……初代フローラ・セレスセラは、セレスティエル、それもエトワールであるということだ。
そして彼女がエトワールなら「女神のC3」が混色されていたことにも説明が付く。
だってあれはトワに……エトワールにしか出来ない芸当だからね。
「今のお話だと、始祖様とトワさんには何か繋がりが?」
「始祖は私の姉」
「……姉?」
……うん、トワは34人いたというエトワールの中でも、最後に造られた存在だとナミが言ってたからね。
初代フローラが何人目かは判らないけど、姉という表現はあながち間違いではない。
けど、トワが私以外の誰かを姉と呼ぶのはなんだか納得がいかない。
フローラはトワの言葉に小首をかしげている。
まぁ、セレスティエルという最重要ピースが抜けた状態のパズルを組み立てようとしても、答えには辿り着けないだろうね。
「お手上げですわ。他に何かヒントはありませんか?」
「そうだね……じゃあ、これ」
「クリスタル……いえC3ですか?」
「フローラ、儀式の歌を歌ってみてよ。来年の豊作をちゃんと祈って」
「……?まぁ、今年は歌っていませんから、良いですけど……」
そう言うとフローラは私が渡した水晶を手に持ったまま、目を閉じて静かに歌い出した。
トワほどではないにしても、フローラの歌も十二分に人を魅了する素晴らしいものだった。
そして……フローラの手の中で水晶が朱く色づいてゆき……。




