#18
>>Towa
星賛祭は無事に最後のイベントである灯火を灯す儀式を終えようとしている。
星の油壺が産み出した香油を広場の周囲で焚き、来年も豊作であることを願う儀式。
私は来年ここにいないと思うけど、でもこの人達にとっての次の一年が良い年であることを、この星の人達と一緒に願った。
……でも祭りのクライマックスで席を外したアリサは結局その後も帰ってこなかった。
用事って言ってたけど、なんだったんだろうか。アイリスは気にしなくてもいいって言ってたけど。
「さて、星賛祭はこれで終わりかな。後夜祭とかもあるらしいけど、それは参加しなくてもいい?」
「うん。もうお腹いっぱい。アリサの分、買っておく?」
「わたしも、沢山食べ過ぎましたっ!あの、でもアリサさんは……?」
私とマリエッタの言葉にアイリスは少し表情を曇らせて、言った。
「アリサは……今ね、ヒナの所にいるの。ヒナ、症状が悪化したって連絡があったんだ」
「……!!」
「病院に行く前に、2人に話しておきたいことがあるんだ。移動しながらでいいから聞いてくれる?」
どうして!?
どうしてアイリスはそんな大事な事を教えてくれなかったの!?
私とマリエッタはアイリスが大事な事を私達に隠していたことを責めようとしたけど、アイリスは静かに言った。
「ヒナの今の症状はね、アリサの細胞を移植したから起きた症状なんだよ。テロマーは回復力や抵抗力が強いのは知ってるでしょ?」
「うん」
「それはつまり、免疫力も普通の人より強いということなんだよ。適合率の低い移植を行ったことで、今、ヒナの体内ではアリサの免疫細胞が……ヒナの体を異物として攻撃してるんだ」
「アイリスさん、それってっ!」
「ええ。ヒナは、アリサから移植を受けたことで……命の危機に瀕してる」
どうして?
アリサはただヒナを助けたかっただけなのに。
どうしてアリサから移植した細胞がヒナを……。
「そんな状況だからね、アリサには心を整理する時間が必要だったんだ。だから2人にはすぐ話せなかった。……ごめんね」
「……わかった」
「あとね。もし……どんな結果になっても。それはヒナが望んだ結果だから。受け入れてあげて欲しい」
「そんなの……ダメですぅ……無理ですよぉ……」
マリエッタは既に涙目になっている。
私だって泣きたい。
でも、まだだ。まだ、ヒナは戦ってるんだから。
「マリエッタ。まだヒナは諦めてない」
「……!」
「アイリス、マリエッタ、行こう。何もできないけど、側にいることはできる」
「そうだね。行こう、マリエッタ」
病院へ着いた私達は医師にヒナとの面会を求めたけど、面会は無理だと断られた。
今のヒナは免疫力が全くない状態らしくて、私達が近づくこと自体が命の危険になるって。
仕方なく私達は無菌室で眠るヒナをガラス越しに見守ることになった。
近くにいるのに、ヒナがとても遠くにいるように感じる。
ベッドに横たわるヒナの体は何本もの点滴が繋がれている。
シーツから見える腕は赤く腫れ上がっていて所々水ぶくれのようなものができていた。
昨日見たときは何も無かったのに……。呼吸も苦しそうで、浅い息を激しく繰り返しているてら見ているだけで私も息苦しく感じてきた。
面会室に置かれた椅子にはアリサが力なく座っていた。
私達が面会室に入ったとき、一度だけ視線を上げてこちらを見たけど……その目には光は無かった。
アイリスからGVHDという症状について聞いていた私は、アリサにどう声を掛けたら良いのか判らなかった。
誰も、何も言わないまま時間だけが過ぎてゆく。
もうすぐ日付が変わるという頃になって、医師が私達の所へやってきた。
医師は静かに、でも、はっきりと言った。
「状態は非常に不安定です。免疫反応が制御できず、複数の臓器に障害が出ています。今夜が山となるかもしれません。お身内の方は……お覚悟をお願い致します」
それだけ告げて医師は面会室を出て行った。
扉の閉まる音と同時に、ぎしりと音がした。
見ると、アリサが腰掛けていた椅子の肘置きを……握りつぶしていた。
どうしてこんな事になったんだろう。
そう思いながらも、私はアリサとヒナを見守ることしかできなかった。
そして夜半を過ぎた瞬間。
ヒナの荒い呼吸がひときわ激しくなった。
まるで最後の力を振り絞るかのように、苦しげに大きく息を吸い――そして、静かに、長く吐き出した。
そして、あれほど荒かったヒナの呼吸は。
……静かになった。
翌朝。
私達はこれまでになく難しい顔をした医師に呼び出され、カンファレンスルームへ集まった。
結局私もアイリスもマリエッタも、そして……アリサも。一睡もしなかったから、正直みんな酷い顔をしているけど、医師の話は聞いておくべきだと思ったからね。
「今回のケースについてですが……正直、医学的な常識では説明がつかない事象が複数確認されております」
「……はい」
アリサの声は、静かで、平坦だった。
「GVHDの進行については通常の範囲を大きく逸脱しており、極めて急速かつ広範な免疫反応が確認されました」
「……はい」
「その……失礼を承知でお尋ねしますが、患者様は何か特殊な事情が?何かお心当たりはございますか?」
「……それは、ギルド秘です」
私が思うに、症状が劇症化したのはヒナのせいじゃなくてアリサのせいだと思うし、アリサがテロマーなのってギルド秘じゃない気もするけど。
でも、アイリスが目で釘を刺してきたので私は口を開かないことにした。
「そうですか……。ともあれ、山を無事越えました。正直なところ、あの状況からの回復は絶望的だと考えていたのですが」
「山越え?ヒナ、山登りしてたの?」
医師の言葉に、思わず私はそう口を出してしまった。
私は隣に座っていたアイリスに軽く頭をはたかれた。
アイリス、酷い。
「いや、そういう意味じゃないからね?でも『今夜が峠』は普通、お手上げって言う意味でしょ?あの台詞って死亡フラグの一種にしか……いや、それはさすがに不謹慎だね」
しまった、という様子でアイリスは慌てて自分の口を押さえるけど、今度はさらに隣に座っていたアリサがアイリスの頭をはたいた。
「何にせよ、峠を越えたことは良かったです。あとアイリスさん?その言葉はヒナには絶対言わないで下さいね?」
「当たり前でしょ?でも、本当に良かったよ……」
「うう、良かったですぅ……」
そう。
ヒナは峠を越したんだ。
昨夜、私達が急に静かになったヒナの様子に驚いてナースコールしたんだけど、実はヒナの呼吸は……そして容態はあの瞬間を境に急速に安定していったんだ。
「しかし……医療従事者である私がこういう非論理的な事を言うのもどうかと思いますが……まさに星賛祭の夜にエトワリエールが招いた奇跡のようなものですね」
「エトワリエール……とは?」
「ああ、失礼しました。一般的には星の油壺と呼ばれている女神像のことです。古い伝承ではエトワリエールと呼ばれているんですよ。おっと、そろそろ患者の様子を見に行く時間ですので我々はこれで失礼します」
医師はそう言うとカンファレンスルームを出て行った。
でも、エトワリエール……?
「ね、トワ?」
「うん。エトワリエールとエトワール、似てる。セレスセラとセレスティエルも」
「女神のC3が混色されてた事も関係してそうだね」
「この星の香油にまつわる言葉は星、すなわちエトワールにまつわるものが多いですね」
アリサが言うとおり、それも気になったんだよね。
星見草に星賛祭だし。やっぱりこの星、エトワールと関係あるんじゃないかな。
「じゃ、事後報告も含めてフローラに話を聞いてくるよ。ヒナはもう大丈夫だと思うけど……目を覚ました時のためにアリサとマリエッタは付いててあげてくれる?あ、でも交代で寝ておいた方がいいと思うけど」
「アイリスさんもたいがい酷い感じですよ?」
アリサがそう言うと私達は互いに顔を見合わせ……寝不足でぐちゃぐちゃになっているお互いの顔に、大笑いした。
ヒナの容態が急変したのはアリサが持つテロマーの力が原因。
そして、おそらくだけど……ヒナの容態が急激に安定したのは、ヒナの体内にあるアリサの細胞がヒナのことを受け入れたから。
そして、ヒナを受け入れたアリサの細胞は、テロマーの力でヒナの体を急速に修復しつつある。
たぶん、そういうことなんだろうと私は思った。
でも、それは不思議なことや奇跡なんかじゃない。
だってアリサはあんなにもヒナを助けたかったんだから。
アリサの一部であるアリサの細胞が、そんな気持ちを理解しないなんてことはあり得ないからね。




