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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第3部2章『サクラメント』アノインティング-恵授の惑星
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#17

 その後、4人で祭りを楽しみました。

 昨日も思いましたが、この星は農業惑星だけあって食事が美味しいです。素朴な味わいというか、素材が活きているというか。

 簡単な調味料だけで味が引き立つというのはかなりレベルの高い食材だということでしょう。


 屋台の食べ物についてああでもない、こうでもないと品評しながら食べ歩いている間に日没が近づき、トワ様が調律した「星の油壺」が一日掛けて精油した香油を注ぐ時間が近づいてきました。


 広場には既に大勢の人が集まっていて、立錐の余地もありません。

 私達は特別に関係者用の観覧席を用意して頂きましたが……クレームを受けて対応に来た相手に対して寛大ですよね、セレスセラ社。


 私は一応長年セレスセラの香油を愛用している顧客ですけど、顧客招待枠じゃないでしょうし。



 私達が見守る中、女神像が掲げた油壺からひとしずく目のオイルがしたたり落ちました。

 フローラが捧げ持つ水晶の瓶に落ちたオイルの色は……透き通った銀色。

 私が良く知るセレスセラの香油そのものです。


 つまり、トワ様の調律は成功したということですね。

 無論、トワ様が失敗するなどということは欠片も考えませんでしたが、それでも緊張するものは緊張します。


 さらに一滴、もう一滴。

 オイルが少しずつ油壺から滴ります。隣にいるアイリスさんもマリエッタも、安堵した様子でその光景を眺めています。

 この光景をもたらした貢献者であるトワ様は……観覧席に持ち込んだ串焼きに夢中なようですが。


 私がそんな様子を眺めていた時でした。

 視界の片隅、眼鏡型フォトンタブの画面にアラートが入りました。


 通知元は……病院!?

 メッセージではなく通話のコールということは急ぎの用件の筈。


 幸い、あたりは油壺の様子を興奮した様子で見守る人々の喧噪で満ちていますので、小声で話せば周囲には気付かれないと判断し通話モードをオンにします。


「はい、シノノメです」

「こちらボタニカ中央病院、救急対応ユニットです。患者様の容態に急変がありました。至急、病院へお越しいただけますか?」

「……!わかりました。すぐに向かいます」


 聞こえてきた声そのものは落ち着いた口調でしたが、その内容は急を告げるものでした。

 私はどう動くか一瞬だけ逡巡し、アイリスさんに小声で耳打ちしました。


「ヒナの容態が急変しました。私が見てきますので、この場はお任せします」

「……!トワ達には?」

「まだ、内密で。祭りが終わり次第合流して頂けますか?」

「わかった」


 状況がどう転ぶにせよ、この後はおそらくゆっくりとしていることは難しくなります。

 なら、せめて今の間だけでも……トワ様とマリエッタにはリラックスしておいて欲しい。そう思いました。


 アイリスさんはその思いを汲んでくれたようでそれ以上は何も聞かずに頷いてくれました。

 ですので、私はトワ様とマリエッタに向かって声を掛けます。


「トワ様、マリエッタ。私、少し用事が出来てしまいましたので一度中座させて頂きます。お祭り、楽しんでくださいね」

「……?わかった」

「はい……?」


 さすがに式典の途中で中座するというのは不思議に思われても仕方ありません。

 ですがあからさまな嘘をつくのは心苦しいですし、かといって今はあまり取り繕っている余裕もありません。

 多少の不自然さは自覚しつつも、その場のケアはアイリスさんに任せ、病院へと急ぐことにします。


 観覧席を離れる際に広場の中央で製油を続けている星の油壺が視界に入りました。

 先ほどまでは穏やかに産み出される生命の象徴のように見えていたオイルが……まるで命そのものが絞り出され、流れ出ているような、そんな不吉な印象に見えました。


 いえ、それは気のせい……気のせいであって欲しい。

 そう強く思いながら、私は独りその場を立ち去りました。



「それで、ヒナの容態はどうなのですか?」

「急性の移植片対宿主病(GVHD)が、通常の症例よりも著しく速いペースで進行しています。免疫抑制剤で炎症を抑えようとしていますが、特に肺と消化器系に強い反応が出ており、それ以外の臓器にも影響が広がっています。全身症状の進行も激しく、現在は非常に危険な状態です」

「……予断を許さない、ということですか?」

「はい。申し訳ありませんが、今の医療では対応に限界があり……正直なところ、非常に厳しい局面です」


 病院へ駆けつけた私に医師が告げたヒナの容態は深刻なものでした。


 昼前に見たときは穏やかに眠っていたのに。

 今は呼吸も荒く、肌がまるで火傷のように赤く斑状に腫れ上がっています。


 しかし、通常よりも症例が激しく速い……?

 医師のその言葉を脳内で反芻した私は、ある事実に気づきショックで打ちのめされそうになりました。


 GVHDというのは患者の体内で活動を始めた「ドナーの免疫機能」が宿主……つまりヒナの体を攻撃しているという症状です。

 つまりオフェンス側がテロマー由来(わたし)の強力な免疫機能であり、ヒナの衰弱した体は……通常よりも苛烈な攻撃に晒されている。


 それはすなわち、ヒナの命を救いたいという私の選択が、逆に彼女を死の淵に追いやっているという現実に他ならないのですから。


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