#14
>>Iris
マネキンに着付けされたその衣装を見た瞬間、嫌な予感がした。
スチュアートさんが運んできたその衣装は星賛祭で巫女が着る儀式の為の衣装……いわば巫女服だ。
衣装は生成りのローブで、銀色の糸で星見草の花が刺繍されていて、その意匠からは自然の恵みへの感謝を表す意図が伝わってくる。
フードの付いたケープや手元を覆う袖も伝統ある儀式の慎み深さを表しているように見えるし、いかにも気品を感じさせる素敵な衣装だ。
「いかがですか?セレスセラの伝統的な巫女衣装なのですが」
「ええ、とても気品があって素敵だと思います。ね、トワ?」
フローラが言うように伝統的で格式のある良い衣装だと思う。だけど……この衣装には大きな問題がある。
明らかにトワが好まないタイプの、布が多く動きにくい衣装だってことなんだけど。
横に立つトワの方をちらりと伺うと……表情はいつも通りだけど、瞳の色が群青色になっている。
あ、これ間違いなくテンション駄々下がりだね。
「巫女様の服じゃない」
「……?いえ、これは巫女の服ですが……」
「ごめん、フローラ。この子のイメージする巫女服とはちょっと系統が違うんだよ」
「系統が……?どういうことですの?」
「まぁ、見て貰った方が早いかな……」
私はそう言うと、先日チューリングでトワが着た「巫女様の服」の映像をフローラに示して見せた。
ホロの中でトワが着ているヴェリザンの儀式衣装である「巫女様の服」は調律のために着る服だ。
なのでC3と接触をはかるために肌の露出度がそれなりに高いうえ、布も薄くて動きやすい。
つまり、トワが着ることを厭わないタイプの服なんだ。
それに対してセレスセラの巫女服は厚めの生地で全身が覆われていて、見るからに動きにくそうなデザインで……同じ巫女の服と言っても対極にあるといって良いだろう。
「あら、可愛いデザインの服ですね。これも儀式用ですか?」
「うん。巫女様の服。これにしよう」
「そうですね……確かにビジュアル的にはこちらの方が見栄えは良さそうですね」
トワの無茶ぶりにフローラがまんざらでもないと言う表情でホロを見つめている。
え?伝統と格式よりショービジネスの映えを優先しちゃって良いの?
「リルカ様!?」
「……スチュアート。公の場ではそう呼ばないようにと言いましたよね?」
「……失礼しました、フローラ様」
フローラの映え発言にスチュアートさんが思わず苦言を呈しようとするのも致し方ないだろう。
今のやり取りを聞いて、おそらくスチュアートさんはフローラがCEOになる前……つまり単なるリルカであった頃から側仕えをしていたのだろうと私は思った。
そして、フローラはこれから自分が下すのはCEOとしての判断だから口出しするなと告げたわけだ。
先ほど巫女服を運んできた時のスチュアートさんの恭しい様子から考えれば彼が伝統を重んじるタイプなのは判る。
おそらく今も、フローラがトワの提案した異星の儀式服を見栄え重視で採用する素振りを見せたことに対して思わず声を上げたというところだろう。
なら、フローラはどう判断を下すのだろうか。
祭祀者として?
それとも経営者として?
これは私が口出しする場面では無いが……彼女の判断に興味はある。
「そうですね。もし衣装をこれに替えると、来年は私がこれを着る事になるのですね?私、あまり肌を晒すのは好みではないので……。トワさん、申し訳ないですが、この星の巫女服でお願いできますか?」
「……判った」
まぁ儀式の主役はトワじゃなくて、あくまでも星の油壺だからね。今回はトワに我慢してもらおう。
不満そうな顔をしたトワを宥めながら、明日の儀式についての詳細をフローラから説明して貰うことになった。
先ほど聞いていた会場の賑わい具合から、私は伝統行事というのはあくまで形式的なもので、実態は派手なイベントかなにかなのだと思い込んでいた。
けど、フローラが説明する儀式の内容は早朝に行われる静謐なもので、イベントの類いとは趣を異にするものだった。
フローラのことだから、電灯常時をビジネス化しているのだと思ったけど、必ずしもそういう訳ではないらしい。
もしかすると先ほどトワが主張した巫女衣装の変更をフローラが却下したのも、肌の露出云々という話はあくまでも口実で、この子なりに伝統的な儀式を守ろうとしているのかもしれない……。
フローラの説明を一通り聞き終え、トワが最終的な手はずの確認をしているのを見ながらそんな事を考えていると、アリサからメッセージが届いた。
夜の広場で灯火を受けて浮かび上がる星の油壺と、その回りにいくつもの屋台。
そして楽しそうな表情のマリエッタも映っている。
『一緒に一休みしませんか』
そう添えられた文章に、少し心が温かくなった。
「トワ、儀式の内容はちゃんと覚えた?」
「たぶん」
「たぶんでは困るのですけど……」
「大丈夫。私はやればできる子だから」
トワの物言いにフローラが胡乱げな表情を浮かべるけど、まぁうちの妹ならなんだかんだ言いながらもすべきことはちゃんと成し遂げられると私は信じている。
私はトワの頭にぽんと手を乗せて、妹に声を掛けた。
「明日は朝一から準備があるでしょ?そろそろお暇して、一度祭り会場を見てから帰ろうか」
「わかった」
「フローラ、じゃあ明日……日の出の2時間前ぐらいに来たらいいかな?」
「はい。私もその時間から準備を始めますので。では明日、期待しておりますわ」
微笑みを浮かべながらフローラが口にした言葉はよろしく、ではなく期待している、だ。
やはり彼女は一筋縄ではいかない。
そう思いながら、私達はアリサが待つ前夜祭の会場へと向かった。




