#13
>>Iris
フローラが告げる状況は絶望的なものだった。
すでに女神のC3がどうとかいう状況ではなく、祭りが失敗してギルドが恥をさらすことが確定している状況。
フローラが余裕の表情なのはギルドに祭祀の失敗を責任転嫁をできると考えているからか、それとも何かペテンを……例えば、星の油壺から得られた香油と実際に灯りを灯すのに使うオイルをすり替えるとか、そういう方法を考えているからか。
香油のすり替えは最終手段だけど、それを私の方から提案することはできない。
星の神聖な儀式に口出しを……それも、不誠実な事を求めるというのは、それこそ「究極の内政干渉」にあたりかねないから。
私が絶望的な思いに頭を悩ませているというのに、トワは気軽な様子でフローラに儀式のことを聞いている。
この子は状況が判ってるんだろうか?
「なるほど。アイリス?」
「……うん?」
「勝った」
「……なにに?」
「わかんないけど、でもなんとかなる」
何に勝ったというんだろうか。
惑星破壊爆弾でアノインティングを破壊して、全てを無かったことにする?
いや、私は何を考えているんだ。どれだけ考えても解決策が纏まらず、私はただトワが何を言うのか妹の言葉を待つことしかできない。
「種を奉納する時に再調律する。私が巫女になって」
巫女?
再調律?
トワの言葉が一瞬理解できなかった。
だけど……そういえばさっき、フローラは儀式の流れを「収穫を祝う歌を歌いながら、種を油壺の奉納箱へ投入する」と説明していた……?
それは衆人環視の中、トワがC3に近づく機会であると同時に、祭器に取り付けられているC3に対して自然に再調律を施す口実にもなる。
ただし、フローラがそれを認めるならば、だ。
私はフローラに視線を送る。
「こちらの方が、巫女役ですか……?ふむ」
「フローラ……?」
「……良いのではないでしょうか。もしアイリスさんが巫女だと言われると、少し問題でしたが」
「……なんで?」
「いえ、巫女の服が合わなさそうなので。ある身体部位のサイズ的に」
そう言ってフローラは私の胸に視線を向ける。
……これ、もしかして仕返しなの?
ジト目でフローラを睨んだけど、彼女は私の視線を軽くいなし、本来巫女役はフローラが祭祀長と兼務で行う予定で、衣装はフローラの体格に合わせて作られていると言った。
確かにフローラとトワは瞳の色を除けば、背格好も含めてよく似ている。もしかすると遠目で見れば影武者が務まるかもしれないぐらいに。
「サイズ的なことよりも、現場での調律は私には無理だからね」
私がそう言うとフローラは少し不思議そうな顔をしていた。
まぁ、混合も再調律も、ギルド外の……いや、ギルドの人間にも、理解の範疇外だろうからね。
衆人環視の中でトワが再調律を行ってもおそらくそこで機能修正が行われた事すら気付かれないだろう。
これなら儀式に汚点を残すことなく、問題を解決できる。
私はトワに深く感謝した。
「ありがとう、トワ。助かったよ」
「……?アイリス。まだ私、何もしてない」
「いや、それでもありがとうだよ」
「まだ色の構成判らない」
……そういえばその問題があったっけ。
1つの映像だけでは構成比を見誤るかもしれない。なるべく多くの映像を集めて正確な色構成比を分析しないと。
肝心な部分はトワに頼る事になるなら、下準備を私の方でしっかりする。
だって私はトワの姉だからね。
その後、解析した映像を元に、トワが試験的な混色を試した。
数値化された色を元に調律するのは違和感があると言っていたから何度か試行錯誤するつもりで予備のC3も用意していたんだけど、結果的にトワは一発で「女神のC3」と同じ色のものを仕上げてみせた。
いや、トワの能力を疑っていた訳じゃないけど……。私は改めてトワの能力がいかに優れているのか思い知った。
女神のC3を再現する目処が立ち、これで明日の祭祀はなんとかなる。
そう思った時にまた新たな問題が起きた。
一見するとそれは小さな問題だったけど……後になって思い返せば、それこそが今回の問題の根源だったことに気付くような、そんな出来事が。
>>Alyssa
アノインティングの星都ボタニカは翌日に控えた星讃祭に向けて既にお祭り騒ぎが始まっているようです。
陽が落ち、病院の窓から街の華やかな喧騒を見やりながら、アイリスさんとトワ様があのお祭りを滞りなく終えられるよう、手を尽くしてくださっている事をそっと感謝しました。
ヒナの容態は小康状態といったところです。
夕刻に一度ヒナは目を覚ましましたが、意識はまだ朦朧としている様子。
私が側に付いていることを伝えると微かに微笑みを浮かべましたが……やはりまだ表情は苦しげでした。
医師の話だと今夜あたりからヒナの体内に入った造血幹細胞の生着が始まる兆しがみられるタイミングなのだとか。
それはつまり、ヒナの戦いが本格的に始まるということを意味していますが、私達はただ見守ることしかできません。
そんな私とマリエッタに、ヒナを担当してくれている医師が言いました。
「お二人とも、お疲れのご様子ですね。特にシノノメさんは昨日からずっと病院におられますし……。現在患者は小康状態です。一度宿へ戻られてはどうでしょうか。今夜は星讃祭の前夜祭ですし、宿へ戻られる途中で屋台でも冷やかしていかれると、気分が変わりますよ」
医師の言葉に私とマリエッタは顔を見合わせます。
決して口には出しませんが、マリエッタが病院の窓からお祭りの灯りを眺める瞳には憧れのようなものが浮かんでいたことに私は気付いていました。
孤児院育ちで、ギルドに引き取られてからも仕事や勉強ばかりだったマリエッタにとってはお祭りとは常に遠くにあってただ眺めるだけのものだったのでしょう。
そして今もまた、すぐ手の届くところに祭りの喧噪があるにも関わらず、ヒナのことでマリエッタは遠くから祭りを眺めることしか許されないと思っているはず。
なら……。
「マリエッタ。ヒナのことはお医者様に任せるしかありませんし、一度宿へ戻りましょうか。私、昨日からお風呂にも入っていませんし。それに……私、少しお祭りを見たいですから、宿へ戻る途中に寄り道していきましょう」
「えっと……いいんですかっ?」
「ええ、私がお祭りを見たいのです。付き合ってくれますか?」
「はいっ!」
私は医師にもし変化があればすぐに連絡して欲しいと告げ、病院を後にしました。
ボタニカの街中ではいくつもの灯火が灯されていました。
C3ではなくあえて火を灯している理由は……遠くからでもわかります。
「わぁ……すごく良い香りですっ!」
「これはセレスセラの香油ですね。安息効果のあるアロマを贅沢に使っているようです」
なるほど、医師が帰りに祭りを冷やかしていけと言うはずです。星外では貴重で高価なセレスセラの香油がこれだけ贅沢に焚かれているのですから。
安息効果のある香りが街中に漂っているためか、前夜祭の雰囲気は華やかではありながらこういった祭りにありがちな粗野な空気とは無縁であるように見えます。
星の人々がみな穏やかに、慎ましく、収穫祭という一年の節目を祝う……そんなお祭りであるように思えました。
「アリサさん、あれっ!」
そう言ってマリエッタが指さしたのは……広場の中央に設置された、どこかトワ様に似た女神像。
手には油壺を持っているところから察するに、あれがミッションデータにあった祭器「星の油壺」でしょうか。
よく見ると女神の足下、台座部分に設えられた箱の部分に朱い宝石……いえ、あれはC3ですね。
つまりあれこそが紛失したC3の代替物。つまり、私達モーリオンギルドの恥そのものなのでしょう。
「あのC3、もう対処されてるんですかっ?」
「いえ、夕方にアイリスさんから来た連絡だと、今は手出しできないとか」
アイリスさんから星の油壺が会場に設置済みであること、そして既に前夜祭で人が集まっている状態なので祭りの雰囲気を壊す可能性がある作業が行えないという連絡が入っていました。
確かに広場には多数の屋台が建ち並び、人々が星の油壺を眺めながら思い思いに前夜祭を楽しんでいます。こんな雰囲気の中で、C3の交換を行うのは……確かに無理でしょう。
私は女神像とその周辺の様子をフォトンタブで撮影し、アイリスさんに送りました。
こちらの状況報告と共に、一緒に一休みしませんかというメッセージを添えて。
ヒナのことも、ミッションも。どちらも大変な状況ですが……大変だからこそ、息抜きも必要なのだと私は思うのです。




