#11
>>Alyssa
激痛にうなされる一夜が明けました。
それにしても、痛いときに泣いたり、うんうん唸れることがこれだけ気晴らしになるとは思いませんでした。
私はこれまでにもテロマーであるという自分の境遇について嘆くことも、感謝することもありましたが、今回はまさにその両方を一度に味わった気分です。
麻酔が効かない体質への嘆き。
そして、一日で動けるようになる回復力への感謝。
ええ、私、アリサ・シノノメはもう動けるのです!
……多少、腰を庇いながらですが。
「アリサさん、凄いですっ!」
「ドナーは麻酔が覚めれば翌日には日常生活に戻れますので……」
動けるようになった私への反応はマリエッタと医師で正反対でした。
医師が言うのも事実でしょう。骨髄を提供した側、つまりドナーは麻酔さえ醒めれば日帰り処置で済む場合もあるそうですから。
ですが実際のところ私には麻酔が効いていません。無麻酔での拷問から一晩で立ち直った私の事をマリエッタが称賛してくれるのも、また当然の反応というものです。
動けるようになった私は真っ先にヒナの元へ向かいました。
ヒナは昨日同様、無菌室のベッドに横たわっています。見た目の変化は特になし……意識は無く、輸血や点滴、酸素吸入も続けられています。
昨日よりも点滴――おそらく拒絶反応を抑制する薬剤――も追加されていて、多くのラインがヒナの体に繋がれています。
まるで彼女の命が糸で吊るされているかのように。
細く、静かに……ヒナは死に抗っています。
「ヒナ」
私は眠るヒナに声を掛けますが、返事はありません。
一瞬だけ瞼が動いたようにも見えましたが……今はまだ、眠らせておいた方が良いでしょう。
隣にいるマリエッタも、心配そうな表情でただ黙ってヒナの顔を見つめています。
ヒナは良い友達を持てた。私はそう思いました。
見たところヒナの容態は安定しているように思えましたが、念のため私は医師に説明を受けることにしました。
私は医師に脊髄移植は上手くいったのか、と問いましたが医師の回答は私の期待していたものとは異なるものでした。
「まだ、なんとも言えません。移植された造血幹細胞の生着が始まるのは速くても明日、場合によっては数日後です。それまでは容態に大きな変化が出ないのです」
「それはつまり……まだ始まっていない、ということですか?」
「そうですね。その表現は概ね正しいと思って頂いて構いません。今のところ拒絶反応の兆候は見られませんが、免疫が極めて低下しているので感染症には注意が必要です。無菌室へ立ち入られる際にはより一層の注意をお願いします」
「……わかりました」
そうですか、ヒナの戦いはまだ本番を迎えていないのですね……。
「アリサさんっ、ヒナ……ヒナはどうなるんですかっ!?」
「落ち着きなさい、マリエッタ。ヒナは強い子です。あなたも知ってるでしょう?」
「でもぉ……」
「ヒナは凶悪な星間犯罪である星喰みにすら打ち勝った子ですよ?自分自身との戦いに勝てないなんて……そんなこと、あるはずがないじゃないですか」
私の言葉はマリエッタに向けたものであると同時に、自分自身に言い聞かせているものでもありました。
自分の言葉の語尾が震えていなかったことを願いながら、私はただヒナの身を案じます。
気付くとランチライムを過ぎていたので、マリエッタと2人で病院の近くにあるカフェで昼食を取ることにしました。
ちなみにカフェまでの道のりは歩きでしたが、腰を庇いながら無理をしなければ移動もなんとかなりそうで少し安心しました。
アノインティングは農業惑星で、星見草という草花を使った料理がおすすめなのだとマリエッタが教えてくれたので、野菜中心のヘルシーなランチを3人前ほど頂きながらゆっくりとした時間を過ごします。
マリエッタはヒナと2人で過ごしていた3ヶ月について色々な事を話してくれました。
マリエッタの故郷であるアストライアで遭遇した星喰みの恐怖について。
アスクレピオスで出会った薬物Gメン達との共闘と、ギルドの腐敗について。
アーレスという惑星で戦争を止められず、逃げることしか出来なかった悔しさについて。
そしてそんな出来事を通じてヒナが悩み、苦しみながらも己の正義を見出し、ピアースのみならず、自らを監察官として鍛えた教官すら退けるに至ったことについて。
事件のあらましはヒナ本人から既に報告を受けていましたが、あの子は自分自身の思いや悩みについては殆ど語りませんでした。
ですがマリエッタの視点からでさえ、どれだけヒナが自らの正義を見出そうともがいていたのかが痛いほど判りました。
「……それで、ヒナは言ったんですっ。自分にとっての正義はアリサさんが与えてくれた『法』によるものだってっ。だから自分は法の中で正義をなすんだってっ!」
「あの子がそんなことを……」
私があの時ヒナに手を差し伸べたのは、かつて私自身がトワ様に救って頂いた記憶が蘇ったからです。
トワ様に受けた恩を、今度は私が誰かに返したい。そんな気持ちからの行動でした。
けれど私のその手が、結果としてヒナの体を蝕む病のきっかけになってしまった。
トワ様に救っていただいた私は、今こうして幸せを得ているというのに、私が助けたかったヒナは、むしろ苦しみの中にいる。
きっと私の手は、本当の意味で「誰かのため」ではなかったのでしょう。
あのときの私は、ヒナを救うことを願っていたようでいて、自分の「誰かの役に立ちたい」という思いを満たしたかっただけ。
私の行いは純粋な善意からではなく、どこか利己的な理由に支えられていたのではないか……そんな気がしてならないのです。
ヒナは私の事を女神と呼びますが、それはとんでもない過大評価です。
私はただ……自分の事しか考えられず、自分の手の中にあるものですら守り切ることができない……そんなちっぽけな存在でしかないのに。
「でも、アリサさんはホントに凄いと思いますっ!わたし、一番尊敬してるのはアイリスさんですけど、アリサさんの事も同じぐらい尊敬してますからっ!」
「マリエッタ……」
「それにですねっ、わたしとヒナ、どっちの主の方が凄いか何回も議論したんですよっ?でも、毎回互角でしたっ!」
ヒナだけでなくマリエッタにまで過大評価されているというのは正直面はゆいのですが……。
今もこうして自分が受諾したミッションを、義姉であるアイリスさんに丸投げした状態だというのに。
いえ、ヒナのことは確かに心配ですが今の私がヒナにできることはもうありません。
私ももう、ある程度動けるようになったのですから、アイリスさん達に合流して少しでも働くべきですね。
そう決心した私はすっくと席を立ち……。
「ぐふっ……!」
「アリサさんっ!?まだそんな勢いよく動いたらダメですっ!」
「うう……どうして……」
脳天まで響く激痛に涙目になりながらカフェのテーブルに突っ伏すはめになりました。
ヒナ、あなたの女神はこんなにも情けない姿をさらす1人の人間なのですよ……。
そんな事を思いながら、私は腰の痛みにただ耐えることしかできませんでした。




