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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第3部2章『サクラメント』アノインティング-恵授の惑星
449/506

#10

>>Iris


 私が……いや、アリサが与えられたアノインティングでのミッションはセレスセラからのクレームに対応することだけど、どうやらこれはサボタージュか、もしくはギルドに対する敵対行為が行われている線が濃厚だ。


 そして、女神のC3が保管されていた状況から察するに、そのC3が何らかの特別な価値(・・・・・)を持つものであることは確かだろう。


 実際、他の汎用品C3では代替できない機能を持ち合わせている訳だしね。


 なので、普通に考えれば女神のC3を奪還することこそがミッションの本筋になるはずだけど、意外にもフローラが提示した達成条件は「星讃祭」が滞りなく行われること。

 つまりフローラ自身は女神のC3に拘りがないと言ってるも同然だ。


 ギルドに対する敵対行為になりうるリスクを犯した窃盗犯と、フローラの冷淡なまでの無関心さ。

 この温度差のようなものはなんだろう?


 私は再度フローラに話を聞く必要性を感じたが、彼女はCEOとして忙しい身だ。アポなしでセレスセラを訪れても会って貰える可能性は低いかもしれない。

 そう思いながらセレスセラに連絡を取った私だったが、やはりというか何というか。

 フローラは明日に迫った星讃祭の準備のために本社を離れているという回答があった。


 しかし情報を得る必要があるので、私はフローラの秘書……もしくは執事であるスチュアートと言う人に話が聞けないかと打診してみた。

 幸い、スチュアートさんは本社に残っているということだったので、私はトワを伴ってセレスセラへ向かうことにした。



 突然の来訪にも関わらず対応してくれたスチュアートさんに私はストレートに問いをぶつけた。


 女神のC3とは貴方たちにとって何なのか、と。


 スチュアートさんはしばし黙考したあと、ゆっくりと答えた。


「伝統、でしょうか」

「伝統……ですか?」

「はい。アイリス様はこの星の……いえ、セレスセラの成り立ちについてはご存じですか?」


 スチュアートさんはそう前置きをして、セレスセラの成り立ちについて話してくれた。

 セレスセラは香油を生産する企業体だがその起源は古く、元々は何らかの宗教儀式に用いられる儀礼用香油を作る職人の一族だったらしい。


 そして、同時にその一族の主は宗教儀式を取り仕切る神官や巫女のような立場でもあった。


 代々受け継がれているフローラの名前もその二面性を象徴しているらしく、「フローラ」は祭祀を司る巫女の名。

 「セレスセラ」は香油を生産する職人の一族を示す名で、その2つを併せ持つ「フローラ・セレスセラ」こそが彼らの文化と商業の中心、すなわち指導者である証なのだ、と。


「そっか……祭祀に祭器、女神って言うキーワードから宗教的なニュアンスは感じてたけど、フローラの名前も含めてそういう意味があったんですね……」

「はい。ですが既にフローラ様は51代目です。セレスセラの伝統も少しずつ形骸化し、今では星讃祭も年に一度の観光イベントとなってしまいました」


 そういうスチュアートさんは表情こそ変化していないけど、言葉の端々に失われつつある伝統への哀悼のようなものがにじみ出ているように思えた。


「なら、フローラが女神のC3に拘らないのは……」

「『テセウスの船』、ですわ」


 私がスチュアートさんに問うた答えは、別の声によってもたらされた。

 そう、フローラ本人の言葉によって。そして彼女のその一言で私は彼女の価値観を理解した。


「祭りの準備に行ってたんじゃないの?」

「アイリスさんが来ていると聞いて、ちょっぱやで戻って参りましたわ!」

「ちょっぱやって……」


 フローラの言葉遣いに私は少し呆れるが、それ以上にスチュアートさんが……あ、難しい顔をしてる。

 たぶん、伝統を重んじる彼にはちょっと受け入れがたい発言なんだね。


「アイリス、なんとかの船って、何?」

「ああ、それはね……」


 フローラの言葉に首をかしげていたトワに、テセウスの船とはどういう意味かを説明した。


 古い神話の時代。

 テセウスという名の英雄が乗った船があった。

 その船は何度も航海に出かけ、破損する度に修復が繰り返された。


 ある時はマストが。

 ある時はオールが。

 船体そのものすら、部分的に交換が進んでいく。

 そして長い歳月の後、テセウスの船を構成する全ての部品は建造当時のものとは異なる部品に置き換わった。


 その全ての部分が新しくなった船は、建造当時のテセウスの船と同じものなのだろうか?


「同じでしょ?だってテセウスが乗ってる」


 トワのシンプルな答えに、フローラも頷いている。

 だけどこの話には続きがある。

 私はトワに続けて問いを投げかけた。


「じゃあトワ、もしその壊れた部品を集めて船を作ったら……どう?」

「動く船と、動かない船ができる」

「そうだね。じゃあ、どっちが本当のテセウスの船?」


 そう、それは同一性やアイデンティティのあり方を問う、答えの出ない問いだ。

 だが、フローラは「星の油壺」に組みこまれた女神のC3をテセウスの船と称した。

 つまり彼女にとっては「星の油壺」を構成する要素は重要ではなく、油壺が持つ祭器としての象徴性や機能性が重要だと言ってるんだ。


 私がフローラの言葉をそう分析している間に、悩んでいたトワが口を開いた。


「テセウスの船1号と2号?」

「そっか、1号と2号か……」


 それは実にトワらしい答えだった。

 なら私の妹は、この宇宙のどこかを今も漂っているであろう、魂の抜け殻である「私」の遺体に再び魂が宿るようなことがあったとしても。


 「作り物」である私のことを、アイリス2号として――それでも「私」だと認めてくれるのだろう。


「それで、C3の件はどうなりましたの?」


 物思いにふけっていた私の思考はフローラの言葉によって現実に引き戻された。

 スチュアートさんに確認しようと思っていたことがあるけど、どうせならフローラに確認した方が間違いないだろう。


「その件で来たんだよ。実際、手がかり皆無でね」

「……はぁ。それで明日の星讃祭に間に合いますの?」

「まぁ、最後まで足掻いてみるよ。それでフローラにお願いがあるんだけど」

「なんでしょう?」

「『女神のC3』の現物、見せてくれない?」


 私の言葉にフローラは目を細める。うん、言葉尻だけ捉えればフローラが女神のC3を隠し持ってるように取れるだろうからね。

 でも、それは昨日私をやり込めてくれたフローラに対するちょっとした仕返しだ。


「……それは、どういう意味ですの?」

「言葉通り。だって私もトワも……あ、ごめん。この子、私の妹でトワ」

「トワ」

「フローラ・セレスセラですわ。ご丁寧にどうも。それで?」


 ややぞんざいな態度でトワに礼をするフローラ。

 いや、それ以前にトワの方も挨拶が2文字だけってどうなのよ。いや、今は挨拶よりも女神のC3だ。


「私達、その肝心のC3って文字や言葉でしか見聞きしてないから、映像で見せて欲しくて」

「ああ、そういう……」


 フローラは一瞬納得した表情を浮かべたけど、ぽわぽわとした顔に再度疑念の表情を浮かべる。


「ギルドに映像は無かったのですか?」

「無かったよ。預かり品の管理台帳そのものが」

「御社、ダメダメですね?」

「ダメダメだね。会社じゃないけど。あ、支部長には解任と懲罰を伝えておいたよ」

「当然です。懲戒解雇案件でしょうに」


 CEOらしくそう言うフローラの背後に控えていたスチュアートさんの表情が、少し動いた。

 うん?今の話何か気になることが……?

 私は一瞬怪訝に思ったけど、よくよく考えればスチュアートさんもセレスセラの従業員だから、懲戒解雇と言われると思うところがあるのだろうと納得した。


「それで、女神のC3の映像資料、ある?」

「もちろんです。スチュアート?」

「……はい。こちらになります」


 そう言うとスチュアートさんはホロディスプレイに女神のC3がはめ込まれた状態の「星の油壺」の映像を投影してくれた。


「C3の部分を拡大してもらっても?」

「承知しました」

「……確かに朱、だよね……?」


 私はクローズアップされたC3を注視する。確かに、中品質の朱いC3に特有の、薄い朱色の輝きにはカタログスペックとの相違は見られない。

 私が女神のC3にどんな秘密があるのか頭を悩ませていた時だった。

 それまで黙っていたトワが言葉を発したのは。


「アイリス。これ、朱じゃない」


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