#9
>>Towa
アリサは本当に凄い。
麻酔なしで死ぬような痛みの骨髄提供をするなんて。私だとちょっと無理かな。
いや、もちろんヒナを助けるためなら私だって頑張るよ?
でも、それでも痛すぎると泣いたり叫んだりしちゃいそうだし。いや、その前に痛みで気絶するかも。
アイリスとアリサがミッションの話をしているのをぼーっと聞きながら、私はそんな事を考えていた。
話が終わってしばらくした頃にマリエッタが回復室へ来て、ヒナへの骨髄移植が終了したと教えてくれた。
アリサと違ってヒナは麻酔無しで点滴だけらしいけど、元々体力が限界に近かったから今はまだ眠っているらしい。
……いや、アリサも実質的には麻酔無しだったけどね。
ヒナが起きるまでは話も出来ないし、アリサも痛みが引くまで寝ると言っているから、私達は一度病院を退去することにした。
マリエッタは付き添っていたいと言ったけど、私達の荷物、ヒナが搬送されるどさくさで軌道ステーションに置いて来ちゃったからお泊まりの準備もなにもないからね。
だからアルカンシェルへ戻って寝るのかと思ったけど、アイリスが呼んだビークルは軌道エレベータの地上駅とは逆の方向へ走り出した。
「アイリス、アルカンシェルへ戻らないの?」
「うん。明日は朝からギルド支部へ行こうと思って。宿を取ってあるよ」
「荷物は?」
「もちろん搬入済み」
「うう、アイリスさんが秘書官より秘書っぽいですっ!」
うん、マリエッタが言うようにアイリスの気配りは本当に秘書官以上に秘書っぽい。
いや、秘書官であるマリエッタがダメだと言ってる訳じゃないけど。
「トワさん、それ、言ってますっ!」
「……解せぬ」
どうやら私はマリエッタにも考えを読まれるようになったらしい。
宿は星都ボタニカの中心部から少し外れた所にある清潔そうなホテルだった。
うん、病院よりもこういう落ち着いた所のほうが寛げるよね。
アイリスが予約してくれていたのは部屋は2人部屋が2部屋。3人部屋じゃないのを不思議に思ったけど……。
「宿取ったときはアリサも泊まると思ってたからね。だから荷物もこっちに運んで貰ってたんだけど……マリエッタ、明日病院へ行くときにアリサの着替えを持って行ってくれる?あの子、借り物の病衣だったでしょう?」
「はいっ、かしこまりですっ!」
「アイリス。部屋割りは?」
「んー、当初の予定だと私とアリサ、トワとマリエッタで一部屋ずつのつもりだったんだけど……。みんな同じ部屋で寝る?」
「賛成ですっ!」
「私も」
私もマリエッタもその方が安心できるからと即答した。
問題はベッドが2つしかないということだけど、それは割と簡単に解決できるよね。
「くっつける」
「勝手に動かしたら怒られそうだけど……明日、ちゃんと元通りにするんだよ?」
「うん」
そういうことで、私達3人は隣り合わせにくっつけたシングルベッド2つで眠ることになった。
そして翌朝。
2人の間で寝たいというささやかなわがままを通した私は、夜の間にずれてできたマットレスの隙間にすっぽりはまり込んで、身動きも取れずそのまま朝を迎えることになった。
どうしてこうなった。
動けない私を引っ張り出しながらマリエッタが言った。
「トワさん、ベッドで寝る向きを横にすれば、誰もマットレスの隙間に落ちませんっ!」
「ほほう」
「……トワ?格好付けてほほうとか言ってるけど、隙間に挟まったままで言っても様になってないからね?」
「早く出して」
悪魔の罠から救出された私達は宿の食堂へ向かった。
宿の朝食は美味しかった。どれぐらいおいしかったというと、ここ3ヶ月ほどヴェルデナで新鮮な農作物を食べ続け、肥えた私の舌も大満足なレベルだ。
「主力商品は香油だけど、ここも農業惑星だからね」
「油の元は食べられない?」
「ここの香油は星見草っていう草花の種から絞るってフローラが言ってたっけ。でも草花だからね、食べられる部位はないんじゃないかな?」
「残念」
「お話中失礼します。お客様、星見草は食べられますよ。この和え物は星見草の新芽ですし、こちらは根を乾燥させ、茹でたものになります。お口に合えば良いのですが」
お茶のおかわりを運んできてくれた宿の人がそう説明してくれた。
星見草、油になる上に食べられるなんて凄いね。特に根っこを煮たヤツ。ホクホクして甘いし……保存食用に買っておこうかな。
食後、マリエッタはアリサの着替えを持って病院へ向かい、私とアイリスはギルド支部へ向かうことになった。
アイリスが言うには「女神のC3」とかっていうやつが普通とは違う働きをするらしいので、その謎を解く鍵を探しに行くそうだ。
でも普通と違うC3ってなんだろう。
私もこれまで色んなC3を見てきたけど……普通じゃないというと、やっぱり虹色のやつを思い出すかな。
パパの形見としてお義父さんに貰った虹色のC3。
あの虹水晶があったから、アイリスは私の元へ帰ってきてくれた。
だから私にとって特別なのはやっぱり虹水晶だ。私がそう言うとアイリスは首をかしげていった。
「ナミに聞いた話だと虹色のC3はソレイユっていうセレスティエルが作る人造のC3だったよね?それにここの『女神のC3』は朱だったって、フローラもギルドの人も言ってたし……虹水晶ではなさそうかな」
「ふむ」
「他に何か気付いたこと、ある?私じゃもう何も思いつかなくて」
「もう一つある」
「お、さすがトワ。で、どんなこと?」
「セレスセラとセレスティエルは似てる」
私の言葉に、アイリスは一瞬きょとんとしたけど、しばらくして表情が緩んだ。
「言われてみると確かに似てるね。そっか、セレスセラとセレスティエルか……」
「でも、関係ない?」
「んー、どうだろうね」
アイリスはそう言ったけど、そのあと小さくトワのこういう指摘って意外と当たるから、と付け加えた。
ギルド支部に到着したアイリスは、ギルドが預かっていた星の油壺の部品である「女神のC3」についての情報を求めた。
ギルドの業務として顧客から修理交換のためにC3を預かることは時々あるから、管理台帳があるはずだ、と言って。
でもアノインティング支部はその管理台帳を作成してなかったらしい。現品を保管しているので、と悪びれずに言う支部長に対してアイリスは激おこだった。
「ローレンツ支部長、職務怠慢ですよ?それに現品保管ができていないから、紛失騒ぎになっていることをお忘れなく」
「いや、そう言われましても……」
「あと。この件が落ち着き次第、あなたの支部長としての役職を解きます。場合によってはさらなる処分もありえますので覚悟しておきなさい」
「……はぁ!?」
いや、まともに仕事してないし、アイリスに迷惑掛けてるし。
なんでそれで処分されないと思ってたんだろう、この支部長。
結局支部ではさしたる情報が得られなかった。アイリス曰く、支部がダメだという情報は確認できたらしいけど。
……ともあれ、問題解決には役立たなかった。なので、ダメ元で女神のC3が保管されていた場所を見に行くことにしたんだけど。
保管庫というと生体認証とか、ギルド章を使ったセキュリティで守られてるイメージだったけど、アノインティング支部がC3を保管しているのは普通の……ううん、なんか妙に立派な雰囲気がある建物だった。
そして扉には普通の鍵が掛けられている。
「アイリス、これ本当に保管庫?」
「保管庫というより、ただの倉庫だね。こんなとこにC3保管してるとか杜撰すぎでしょ……」
支部で借りた鉄製の大きな鍵を使って重い扉を開け、中に入るとそこはまさに倉庫だった。
あまり整理整頓されていないのか、コンテナや木箱が適当に置かれている。
見上げると天井付近にはめ殺しの窓。本気で侵入しようとしたらあそこから入れそうだけど……少なくとも、窓が壊されている様子はないね。
「んー、倉庫にしては不思議な構造だよね?物資の保管を考えれば天窓とか必要ないはずだけど」
「もともと倉庫じゃなかった?」
「うん、そんな感じだね。ギルドが作った建物というよりも、セレスセラが使ってた何かの施設跡を流用してる感じかな?」
アイリスは周囲を見回しながら、そう言う。
確かに、倉庫っぽくはないけど……何の施設だったのかまでは判らない。
「製油工場?」
「ああ、それはありうるね。手狭になって使わなくなった工場跡、かな……」
そんなことを言いながら私達は奥へ進む。
最奥に台座のようなものがあり、その上にガラス蓋が付いたケースのようなものが置かれている。
中身は空っぽだ。
「うん、女神のC3はここに置いてあったんだね」
「見るからにそれっぽい」
どこからどうみても特別なC3を置いておくのに相応しい場所だと私は思った。
だけど、アイリスは小首をかしげている。
「どうしたの?」
「ん……やっぱり女神のC3は普通のC3じゃなかったんじゃないかな、って思って。いくら由緒ある物だったとしても、普通のC3を保管するのにこんなケース用意しないでしょ?」
確かに高価なSランクとかを輸送する際には専用ケースを使うけど、あれは傷が付かないように保護するためのものだ。
でも、目の前にあるケースは保護というより安置とか展示とか、別の用途のためのものに見える。
「やっぱり、ただの朱じゃない、か。それにこの状況、紛失じゃなくて明らかに盗難だよね」
アイリスはそう言う。
盗難だというのは私にも理解出来るけど、朱じゃない特別なC3というのが何なのか……それは私にも想像が付かなかった。




