#7
>>Iris
トワからの連絡でヒナの状況は確認出来た。
しかし、偶然とはいえアリサがヒナのドナーになれるとは……。適合率の低さは気がかりだけど、確率論のテーブルに乗れないよりはまだマシだろうか。
いや、違うな。
カインズ医師が言ってたっけ。
神様はダイスなんて振らないって。
結局のところ大事なのは医者と患者がどれだけ抗ったかだって。
なら、大丈夫だ。ここの先生の抗いまではわからないけど、少なくともヒナとアリサの2人なら。
神様が相手だって最後まで抗ってみせるだろうから。
特にアリサは、私の妹は……女神だからね。
「どうかされましたか?」
「ううん。何でもないよ。で、これがその『星の油壺』っていうやつ?」
「はい。私達セレスセラがこの星へ渡ってくる以前から大事にしている、祭器です」
そう言ってフローラが示したのは、油壺や祭器という名があまり似つかわしくない……女神像だった。
しかしこの像、どことなくフローラに似てるような気がする。私がフローラと女神像を交互に見ていると、フローラは胸元を押さえて後ずさった。
「どこ見てるんですか!」
「え?フローラと女神像が似てるなって」
「だから、どこ比べてるんですか!」
……ああ、そういうことか。
女神像、随分と胸元がスリムだよね。そして、フローラも。
トワもそういう体型だけど、あの子あんまり気にしないから、そういう方面へ配慮する必要性があることを忘れてたよ……。
「で、問題のC3は……これ?」
「……そうです!」
いや、怒ったような表情で言わないでよ……。
むくれた様子でそっぽを向くお嬢様っていうのはとても絵になるけど、今私が注視するべきはお嬢様ではなく女神様の方だ。
女神像は台座込みで全長1.8mぐらい。たぶん、等身大っていうサイズになるんだと思う。
で、台座の部分に供物を入れる箱のようなものがあって、女神は両手で油壺を持っている。
たぶん、素材を供物箱に投入すると油壺から製油されたものが出てくる仕組みが像の中に内蔵されているんだろう。
問題のC3はというと供物箱を彩る宝飾品のような形で埋め込まれている。事前にミッションデータで見た通りの普及品サイズのCランク品で特に変わった所はない。
「このC3だと、どう不具合が出るの?ギルドへの報告だと精油が上手く出来ないって書いてあったけど」
「……はぁ。あの支部長さんですね。ちゃんと状況を説明したのですけど」
「あー、ごめん。あの人ダメダメっぽいから、この件が終わったら更迭するよ」
「それは朗報ですわ。それで不具合の内容でしたね。現物を見て貰った方が早いかしら……。スチュアート?」
「はっ。こちらに」
フローラが声を掛けると、執事さんが銀のトレイに乗せた精緻な細工が施されたクリスタル製の小瓶を2つ、差し出してきた。
片方は透き通った銀色のオイル。もう片方は色味が濃く、少し黄色みが掛かってるようにも見えるオイルが入っている。
ただ、私はセレスセラのオイルを使ったことが無いから、どちらが正常な状態なのかは判らない。
そう告げると、フローラは小瓶を手に取り、一つずつ開栓してみせた。
まず澄んだ銀色の方。
これはとても穏やかな香りで、どこかで嗅いだような覚えがある……。
そうか、セレスセラの応接室で残り香として漂っていたものだ。
つまり、こちらが正規品なんだね。
で、もう片方は……ベースになる香りは同じだけど、香りがくどく感じる。
うん、確かにこれは不具合と言えるだろう。
「お判り頂けましたか?」
「うん、全然違うね……確かにこれはダメだ」
「アイリスさん、アロマにお詳しいのですか?」
「ん?そんな事ないよ」
「色味はともかくとして、香りは調香師でもないとなかなか違いがわからないのですが……」
ああ、そういうことか。
私はセレスティエルになってから嗅覚も鋭敏になってるからね。たぶん本職の調香師よりも鼻は利くんだろう。
まぁ、フローラにそれを説明する必要は無いから、適当に誤魔化しておくけど。
で、問題はどうしてこうなるかだけど……。
「品質が悪化する理由、判ってるんでしょ?どの工程でどういう問題が生じてるの?」
「その説明をするには、まずこのオイルの製造工程をお話する必要がありますわ――」
そう言ってフローラがセレスセラの香油について教えてくれた内容はこうだ。
セレスセラの香油は「星見草」と呼ばれる、この星に固有の植物の種子を絞って採取する植物油で、そのことは私も予備知識として確認済みだ。
で、問題になるのはその種を絞る前段階に行われる搾油前加熱と呼ばれる処理にあるらしい。
星見草の種は繊細で、加熱しすぎても、加熱が足りなくても最終的な製品の品質に影響が出るそうだ。
そして、代替品のC3をはめ込んだ星の油壺が産み出す油は……加熱不足の状態だとフローラは言った。
「つまりC3では出力が足りてないってこと?なら、CランクをBランクへ換えれば……」
私がそう言うとフローラは黙って首を振り、執事さんはポケットから取り出した小瓶をトレーの上に置いた。
いや、持ってるなら最初から置いておいてよ。
新たに出てきた小瓶は明らかに色が違う。
正規品が持つ透明感が完全に失われていて、色も銀色というよりグレーになっている。
私は瓶を手に取り、栓を開け……すぐに栓を戻した。
ダメだ、これ。明らかに焦げ臭い。
「お判り頂けましたか?」
「うん。ダメだね、これ」
「お判り頂けて何よりです」
「……でもこれ、報告書に書くのは難しいんじゃないかな。特に香油に興味のない人だと」
「なんてことを言うんですか!香油の品質を軽んじるなんて、有り得ません!アノインティングの法律では重罪ですわ!」
……うわ、軽くうちの支部長を擁護しただけなのに予想外に強い反応が返ってきたよ……。
でも香りに対する無理解が重罪ってさすがに冗談だよね?
え、本気なの?
「それはさておき……」
「いや、さておかないで?ホントに重罪なの?」
「私的にはギルティですわ」
「……統治者が有罪判定してるってことは、事実なんだ……」
フローラが、私が法律だ!とか言い出しそうな気がしたのでその話題はいったんペンディングにすることにして……問題はC3の出力調整だ。
状況的にCランクでは熱量が足りず、Bランクでは多すぎるということは判った。
C3の出力は1ランク上がると2倍になるから、その中間よりやや低め……1.3倍ぐらいになれば丁度良いのだとは思うけど、あいにくとC3単体ではそんな微細なコントロールはできない。
可能性があるとすれば星の油壺側を改造して、BかCかのどちらかで正常に搾油前加熱できるように投入されるフォトンの量を調整することだけど。
「女神像には手を加えられないの?」
「不可能とは言いませんけど、時間がありませんわ。『星讃祭』は明後日の早朝から始まりますから」
「あー、それは確かに無理だね……」
「紛失が判った時点で相談頂ければ、調整も間に合ったのですが」
「いや、ほんとごめんって。更迭ついでに謹慎処分も付けておくから」
このままフローラと話しているとローレンツ支部長の処分がどんどん重くなっていって、最終的には0号処分になりそうな気がする。
ここまで事態を悪化させた罰は必要だとは思うけど、死を持って償うレベルの話ではない……と思うし、この話は早めに切り上げよう。
「なら、問題は……やっぱり消えたC3が何だったのか、だね」
「『女神のC3』は朱のCランクなのでは?」
「確かに報告ではそうなってるけど、CでもBでも問題があるなら、Cだったと言い切れないんだよ」
「女神に捧げられた神聖なるC3ですからね」
フローラの言葉に私は改めて女神像を注視する。
やはり、雰囲気がフローラに似ている気がする。
「女神ねぇ……これ、フローラを模して作った訳じゃないよね?結構似てる気がするんだけど」
「だから、どこ見て言ってるんですか!」
「いや、冗談じゃなくて。この女神の名前って判る?」
「ええ、もちろんですわ。この女神の名は『フローラ・セレスセラ』です」
「やっぱりフローラじゃない」
「違います!」
もちろん私だって彼女が言っている意味はわかってるよ。
フローラが言ったのは「初代フローラ・セレスセラ」ということ。
すでに彼女から「フローラ」の名は一族の直系子女に受け継がれるという話は聞いていたから、この像はフローラの50代前のフローラ……つまりリルカの50代前のご先祖様ってことだ。
まぁ、ある程度似ているのはそのせいだろう。
ということは50世代を超える間にもともとBランクだったC3が劣化して加熱する力が弱まった?
いや、野ざらしならともかく、大事に保管されていた祭器に限ってそれは考えにくい。それにもし劣化しているなら、この像が作られた当初は焦げ臭い油しか注げなかったはずだから。
もう、これは完全にお手上げだ。
「C3の事ならギルドに聞けば判ると思っていましたのに」
「私はシンガーとしては並だからね。プロを呼んでこないと無理かな」
「ギルドの方はアマチュアなのですか?」
「どこぞの支部長の勤務態度はアマチュアにしか見えなかったかな」
「ああ、それは同意いたします。弊社なら間違いなく降格か、解雇ですね」
ぽわぽわした雰囲気の彼女が弊社っていうとかなり違和感あるけど、そういえばフローラ、CEOでもあるんだっけ。
ともあれこれ以上女神像を見ていても何も判らないので、私はギルド支部へ引き返して女神のC3について調べることにした。
女神像が保管されていたセレスレラの倉庫から外へ出ると、随分と陽が傾いていることに気が付いた。
そういえばそろそろヒナの骨髄移植が始まる時間か……。ギルドへ行く前に、一度病院へ顔を出しておこうかな。




