#6
>>Alyssa
医師の許可を得て、私達は無菌服を身につけてICUで眠るヒナの元へ向かいました。
ストレッチャーの上で無数の管に繋がれたヒナの姿は痛々しく、いつもは健康そうに見える褐色の肌さえどこかくすんだ色に見えるのは……気のせいではなく、おそらく血を失いすぎたせいなのでしょう。
輸血と酸素吸入を受けるヒナの体に残る傷は半透明の保護材で覆われていますが、傷そのものの再生が著しく遅いせいて、化膿して今も血が滲んでいるのが判ります。
こんなになっても、ヒナは任務を果たそうとしていたなんて。
これは、このヒナの姿は。
私がこの子を監察官に任命したことの結果だ。
そう考えると、過去の自分が下した決断への後悔で胸が締め付けられるように感じました。
トワ様とマリエッタも、無言でヒナの寝顔を見つめています。
声を掛けたいのに、なんと声を掛けて良いのかわからない。そんな時間がどれだけ過ぎたのでしょうか。
瞼が微かに震え……そして、ヒナが目を覚ましました。
「ヒナ?聞こえますか?」
「アリサ……さま……」
「ここは病院です。あなたは救急搬送されました。状況はわかりますか?」
「はい……ワタシ、オンブルで……苦しくなって……」
「今、輸血と酸素吸入をしています。少しは楽になっているといいのですが」
「……はい……ここ数日で……一番……楽です」
どう見ても楽そうには見えない様子でそういうヒナ。
それだけ、この数日は辛い状態で過ごしていたのでしょう。
「ヒナっ、マリエッタだよっ」
「マリエッタ……トワ様に、あえた?」
「私も、いる」
ヒナは極度の酸欠状態だったと医師が説明していましたが、その影響でしょうか。
ヒナは声を掛けたマリエッタの横にトワ様がいることにすら気付いていなかったようです。
「ヒナ、これから大事な話をします。辛いと思いますが、集中して聞いて下さい」
「……はい」
「あなたは今、病気の影響で生命の危機にさらされています」
「あ、はは……やっぱり、そう、だったんだ……。ずっと血、止まらなかった、から……そうじゃないかと……」
「あなたを救うには骨髄移植しか方法がありません。ですが、この星のドナーには適合する人がいませんでした」
私がそう告げると、ヒナは目を閉じました。
閉じた瞼から、一筋の涙がこぼれるのが見えます。
ヒナが私の話した内容を咀嚼するのを待っていると、目を閉じたままヒナが私の名を呼びました。
「アリサ……様」
「はい。ここにいますよ、ヒナ」
「ごめん……なさい」
「どうして謝るのですか!?ヒナは何も悪いことをしていませんよ!」
つい、語気が強まってしまいます。
だって、ヒナは本当に何も間違った事はしていないから。
間違ったのは、ヒナを監察官にしてしまった私なのですから。
「ワタシ……恩、受けた……アリサ様……お役に……たてなかった」
「……!」
この子は、何を言ってるんですか!?
私はヒナの言葉が理解出来ませんでした。
ですが、私はまだ彼女に伝えなければいけないことが……彼女に確認しないといけないことがあります。
「ヒナ、聞きなさい!あなたはまだ死ぬと決まった訳ではありません!移植可能なドナーが1人だけいます!」
「ドナー……?」
「そうです。あなたが生きられる可能性を与えるドナーです!」
「でも、さっき……いないって……」
「ですが、そのドナーは、適合率が低いんです。6/10……移植をするのが難しいぐらいしか、適合しません」
「……」
「だから、ヒナ。あなたが決めて下さい。そのドナーの……私の骨髄を移植するかどうかを」
惑星アノインティングにはヒナとHLA型が一致するドナーは存在しませんでした。
藁をも掴む思いで最後に試したマッチング……私達4人のHLA型で、6/10というかろうじて移植ができるかどうかという低いレベルのマッチング率だったのは、私自身だったのです。
ですが、その数値はかなりリスキーな数値だと医師は言いました。
理想的な数値は10/10。
次善の値で9/10。
8/10だと他にドナーを探すレベルだと。
私はその最低レベルよりもさらに2段階も適合率が低いのです。
だから、私は自分の判断でヒナに骨髄を提供することが出来ませんでした。
なぜなら、私の判断が……ヒナをさらに苦しめ、死に追いやってしまうかもしれないから。
ヒナの体が、私の骨髄を拒絶するのが怖かったから。
「なんだ……それなら……答え……決まって、ます」
「ええ。あなたの答えを聞かせて」
「他の人が……ドナーで……失敗……いやだけど……アリサさまなら……失敗でも……それ……ワタシ……運命……だから……」
そこまで言うと、ヒナは再び眠るように意識を失いました。
たぶん、無理をして話したことで疲れたのでしょう。ですが、この子の意思は確認出来ました。
「トワ様、マリエッタ」
「うん」「はいっ」
「私は……ヒナに、骨髄を提供します」
2人は黙って、私の結論を受け入れてくれました。
>>Towa
ヒナの意思確認を行ったあと、少しでも早い方がいいからとアリサはそのまま骨髄移植を行うよう医師に求めた。
病院側も、ヒナの治療方法が骨髄移植しかないことが判っていたから、対応は早かった。
骨髄移植に当たって医師がアリサに処置内容やリスクについて説明するというので、私とマリエッタも同席して話を聞くことにした。
事前に簡単な検査。
全身麻酔。
そして骨に直接針を刺して骨髄液を採取するらしい。
なにそれ、話を聞いただけでも痛い気がしてくるんだけど。
所要時間はだいたい2時間ぐらいだそうだけど……でも、その説明を聞いた私はあることに疑問を思った。
アリサにその疑問について確認しようと思ったけど……黙って首を横に振られた。
そっか。アリサが納得して覚悟しているなら……私がとやかく言うことはない。
「アリサ、がんばって」
「はい、トワ様。あの、終わったら……キスして下さい」
「ほっぺなら、いいよ」
「……いじわる」
アリサはそう言ってむくれてみせるけど、私達は姉妹だからね。
説明の後、すぐにアリサの検査が始まるということだったので、私とマリエッタは再び控え室へ戻った。
私はアイリスに状況報告のメッセージを送る。
すぐに了解という返事と共に、アイリスの側の状況報告が戻ってきた。
そうか、私達はなくなったC3を探しに来たんだっけ。
ヒナのことで頭がいっぱいで、何をしにこの星へ来たのか完全に忘れてたよ。
マリエッタにアイリスから来たメッセージを見て貰って、アイリスに助言することがあれば伝えて貰うようにした。こういう話は私よりマリエッタの方が遙かに適任だからね。
しばらくして、医師がこれからアリサに麻酔を掛ける、と教えてくれた。
麻酔か……。
「麻酔、痛そうですぅ……わたし、注射苦手でっ」
「私も注射きらい。でもアリサは強い」
「ほんと、そうですよね……いくら麻酔が効くと言っても、骨に針を刺すなんて……考えただけで痛いですっ!」
やっぱり、マリエッタは気付いてなかったか。
アリサはテロマーだ。だから……。
「マリエッタ。アリサには、麻酔は効かない」
「はへぇ?」
「アリサはテロマー。薬物への耐性が高い。だから、人間用の麻酔は効果がない」
「じゃ、じゃあ、麻酔なしで直接骨に針をっ!?」
「うん」
「止めないとっ!そんなことしたら、アリサさんが、死んじゃいますっ!」
私は椅子から立ち上がったマリエッタの手を掴み、無理矢理椅子に座らせる。
「聞いて。アリサは、麻酔が効かないこと、知ってる」
「え……?」
「それでも、ヒナのために骨髄を提供する」
「そんな……」
医師の説明時に、私は麻酔のことをアリサに聞こうとしたんだ。でもアリサは全てを理解しているという表情で、微笑みを浮かべて首を横に振った。
だから、私は何も言わなかったんだ。
でも、アリサだって無敵じゃない。
怪我をすれば血は出るし、痛みに顔を歪めることもある。
だから……骨髄の提供はアリサにとって決して楽なものじゃない。だからこそ、アリサは終わった後のご褒美をおねだりしてきたんだ。
……そう考えると、OKしてあげた方が良かったかな、という気もしてきたけど……まぁいいか。
ともあれ、今私に出来るのは、アリサの処置が終わるのを待つことだけだ。




