#5
「お待たせして申し訳ありません。私が51代目フローラ・セレスセラですわ」
そう言って微笑みながら優雅に礼をしたのは、私と同世代の、ほわほわした印象の少女だったから。
「お忙しいところお時間を頂き恐縮です。モーリオン・ギルド二等管理官のアイリス・ブースタリアと申します。この度は私達の支部がご迷惑をおかけし――」
「アイリスさん……でよろしいですよね?まずはおかけになってくださいな。スチュアート、お茶を入れてくれるかしら。素敵な管理官さんに相応しいフレーバーを選んで頂戴」
「畏まりました」
私の謝罪を柔らかく遮り、フローラはそう言った。
私は改めてフローラを観察する。トワに似た印象を受ける長い銀髪は、陽光を浴びて少し紫色を帯びているように見えた。
目尻が下がった瞳の色はエメラルドグリーン。
細身で、私よりは背が高いけど……小柄な部類だろう。
白を基調としたドレスは格式張ってはいないけど、CEOの立場には相応しい程度の華やかさはある。
全体的に見た印象を一言でまとめるなら……良家のお嬢さん、だろうか。
物腰も柔らかく、声も話し方も穏やかだ。
ローレンツがセレスセラに無断でC3の代替品を渡したり、ろくな調査もせずに言い訳にもならない現状報告をした理由は、間違い無くフローラを侮っていたからだ。
そして、私に対する態度がおかしかった理由も……おそらく「また小娘か」と言う意識が働いていたのだろう。
「シノノメ管理官は病院ですか?」
「はい……ですが、どうしてそれを?」
「私がこの星の代表だから……でしょうか」
そう言って微笑むフローラ。
だが、私はその笑顔に背筋が凍る思いをした。
このフローラという少女は、アリサのことも、ヒナの事故のことも……つまり、私達がアノインティングに到着してからの行動を把握している。
なら、彼女は私がギルド支部へ立ち寄ったことも当然知っているだろう。そして、すぐに顔を出さなかったことを言外に責めている。
「重ね重ね申し訳ありません。本来なら直接こちらへ伺うべきだったのですが」
「いえ。先に事情を把握されようとする姿勢、私としてはむしろ好ましいと存じます」
「……恐縮です」
「アイリスさん。一つ、よろしいですか?」
「はい」
「もう少し、打ち解けた口調で話して頂けると、私も話しやすいのですけど」
フローラはそう言うが……これは良くない。
完全に会話のペースをフローラに支配されている。
だが、今の私の立場は彼女に許しを請う側で、彼女に抗弁したり論破することが目的ではない。
「……では少しだけ、砕けた話し方をさせて頂きます」
「まだ固いですよ?アイリスさん、私と同い年なんですから」
私のプロフィールまで確認済みか。こちらは彼女の名前しか知らない……。
いや、フローラ・セレスセラという名が継承されるものだとすれば……彼女の本名すら知らないというのに。
……まて。もう一つの聞き慣れない名前……リルカ?
もしかして、若手職員が言っていたリルカというのは、彼女の……第51代目フローラ・セレスセラの本名なのか?
今はそれを追求する場ではないが、彼女に関する情報が少なすぎる。
「ではフローラさん。今回の件について謝罪と補償についてお話しさせて頂いても……?」
「いえ、それは結構です。今は、まだ」
「……」
「私が……私達セレスセラが望むのは、『星の油壺』が本来の役割を取り戻し、『星讃祭』がつつがなく執り行われることですから」
微笑みながらフローラが放った言葉は、私の退路を完全に断つものだった。
ローレンツの目は完全に節穴だ。
彼女は……フローラ・セレスセラは、確かにほわほわした世間知らずのお嬢様に見えるかもしれない。
だが、彼女は間違いなく……政治家として、経営者として、そしてさらには策士としても。
超一流の……難敵だ。
「アイリスさん?眉間にしわがよっていますわよ?」
「……すみません。少し考え事を」
「でも、私……嬉しいです」
「嬉しい、ですか?」
「ええ。ちゃんとお話できる方と出会えて」
その言葉はつまり、フローラの周囲にはフローラの真の能力を理解出来る人間はいない……もしくはごく少数に限られるということだろう。
それほど彼女は自分の外見と、それを元に他者が勝手に想像するイメージを上手く使っているということだ。
さらに言えば今のフローラの言葉は私が彼女の本質を見抜いていることを察知した、という通告だろう。
つまり彼女は自分を相手に腹芸を仕掛けてくるなと遠回しに言っているわけだ。
私は大きくため息をつくと、腹をくくった。
なら、私は私のやり方で進めよう。
「フローラ……いえ、リルカさんと呼んだ方がいいかな?」
「その名前は、親しいお友達が呼ぶ名前ですわ」
「では、今はフローラさんと呼ばせて貰うね。まず最初に謝っておく。私、あなたのことも、このミッションのことも全く知らずにこの星へ来たんだ。知っての通りこの星でのミッションを受諾したのはアリサだったから」
「ええ、それは承知しています」
「だから、面倒な社交辞令や持って回ったやり取りを抜きにしてストレートで聞くね。貴女が望む落としどころを教えて欲しい。私は、その結末に向かって動くから」
私の言葉に、フローラは微笑んで見せた。
だが、その微笑みはこれまでの少し作り物めいた笑みとは違う、心からの笑みであるように思えた。
「それは先ほどお伝えしたとおりですわ。『星讃祭』をつつがなく終えられること」
「判った。なら、C3は代替物でもいいから『星の油壺』という祭器が、正常に動けば良いってことだね?」
「ええ」
これが失われたC3を探してこいという話だったら、おそらくミッションは達成できなかった。
だけど……この条件なら。
私には解決できなくても、トワになら解決できるかもしれない。妹に頼りきりなのは姉として情けないけど……ここは適材適所と割り切るしかないだろう。
そうだ、私は1人でこの星へ来ているんじゃない。
トワ。
アリサ。
マリエッタ。
そして……ヒナ。
フローラと実務的な取り決めや協力体制について協議しながら、私は心の片隅でトワが付き添っているヒナのことを無意識のうちに考えていた。




