#3
>>Towa
ヒナが搬送されたのはアノインティングの星都ボタニカにある総合病院。
アノインティングは農業惑星だけど、私が以前滞在していたヴェルデナとは違ってちゃんとした医療体制は整っているらしい。
でも、ヴェルデナでウェンディを助けてくれたカインズがいた星、トリリオンの総合医療センターと比べると……かなり小規模な病院に見えるね。
出血が酷くて意識も朦朧としている状態だったヒナは今、集中治療室で応急処理を受けている。
ヒナが着ていた服がギルドの制服――モーリオンギルドらしい、真っ黒な制服――だったから気付かなかったけど、かなり広範囲に出血していたみたいだ。
その証拠にヒナを抱きかかえたアリサの白いドレスが血まみれになっていた。
で、そのアリサは今アイリスと通信で話している。
「……はい、判りました。こちらは搬送先のICUで応急処置をしてもらっています。出血の件、医師に伝えておきます」
『オンブルの件とミッションは私に任せて、アリサはヒナを見ててあげて。あと、こっちで手が足りない時はトワに手伝って貰うから』
「重ね重ね申し訳ありません。私が受諾したミッションなのに」
『いつかアリサが言ったしゃない。水くさいことは言いっこなし、私達は姉妹でしょ?』
「ありがとうございます、アイリスさん」
『そこは「お姉ちゃん」って言うとこじゃない?……じゃ、また後でね』
アイリスの報告を聞いていた限りだと、ヒナは単に怪我をしているだけじゃないらしい。
搬送時に測定されたヒナの体温は39.3℃って言ってたから、ただの怪我じゃないとは思っていたけど……。
どうやら今回のミッションは私とアイリスで解決することになりそうだ。マリエッタは……たぶん、ヒナに付いていたいだろうからね。
しばらくして集中治療室の扉が開き、医師が出てきた。かなり重装備に見えるけど……。
「ハズマットスーツ……」
「ハズ……何?」
「化学汚染防護スーツですぅ……またあれを見るなんて……」
どうやらマリエッタは医師が身に着けているなんとかという防護スーツに見覚えがあるらしい。
そういえばマリエッタ、違法薬物の取り締まりがどうとかって言ってたっけ。
でも医師の人は集中治療室から出て、そのまま防護スーツのマスクを外してるように見えるけど。
「……おそらくヒナの症状から感染症を疑ったのでしょう。そして、感染症ではないと診断されたのだと思います。そもそも、私達がいるこの待合室も外部から隔離されていますからね」
「そうなの?」
どうやら私達、気付かないうちに隔離されていたらしい。
私もアリサも、病気にはならないはずだけど……あ、マリエッタは病気になるのか。
私がそんなことを考えている間に、アリサが医師に話しかけていた。
「迅速な処置に感謝いたします。それで、彼女の容態は?感染症ではないようですが」
「お連れの方ですね。はい、感染症ではありません。ですが……かなり深刻な症状です。治療方針について相談したいことがありますので、詳しいことは30分後にカンファレンスルームで」
「……わかりました」
どうやら立ち話で伝えられる状況ではないらしい。
30分後か……なら、今のうちにアリサに着替えをしてもらったほうがいいかもしれないね。だってアリサ、今も血まみれのドレス着たままだし。
30分後。私達はICUの近くにあるカンファレンスルームへと案内された。
壁面に投影されているホロディスプレイにはヒナのバイタルデータが表示されているけど、素人の私が読める判る範囲でもヒナの体調が良くないことがわかる。
私達が着席したことを確認すると、2名いた医師のうちの年配のほうの人が少し言いにくそうに切り出した。
「まず始めに確認させて頂きたいことが。この患者は……薬物を常用されていますか?」
「……先生、それはどういう意味でしょうか?」
この先生、何を言ってるんだろう?
ヒナが薬物常習者?
そんなことあるはずがないじゃない。私が驚いていると、アリサが静かな声で答えていた。
だけど、その声には怒りが潜んでいるのが私にも判る。
「説明の前に、回答を頂けると話がしやすくなります」
「ヒナは……ギルドの監察官です。薬物の取り締まりを行うことはあっても、薬物に溺れることはありえません」
「そうですか。失礼しました。では少し説明が面倒になるのですが……」
そう前置きして医師が説明したヒナの病状は私が想像していた以上に深刻なものだった。
ヒナの体は極めて深刻な病気に冒されていると医師は告げた。
重症再生不良性貧血。
……名前だけ聞くと貧血が重くなったものに思えたけど、そんなレベルじゃなくて、血液をちゃんと作る機能が失われる、命に関わる病気らしい。
なんでも検査の結果ヒナの骨髄の細胞はまるで中から食い荒らされたみたいにスカスカだったそうだ。
病院へ運び込まれた際にアリサがギルドの健康診断でヒナはこれまで健康体だったと説明していたらしくて、普通はそんな症状が急に出ることは考えづらいから、薬物の影響があるのではないか疑ったのだと医師は言った。
「だから、薬物常用を……?」
「はい。失礼だとは思いましたが、発症理由の確定に必要でしたので。ですが薬物を常用してないとすれば……」
「あのっ、それ……もしかして、高濃度の薬物を一度吸引した場合でも発症しますかっ!?」
医師とアリサの会話にマリエッタが口を挟んだ。
「……ええ、可能性としてはあり得ます。何か心当たりがおありですか?」
「ヒナ、捜査の際に……パープルナイトの、違法薬物の製造に使う溶剤が充満した地下室へ入ったってっ……!」
「それはいつ頃のことですか?」
「えっと、アスクレピオスでのことだから……今から3ヶ月ぐらい前ですっ!」
マリエッタの言葉に医師は少し考えてから言った。
「……症状の進行具合から考えると、その薬物吸引が原因である可能性は高そうです。どのような物質だったかは……さすがに判りませんよね」
「いえ、薬物捜査官の人達に組成データを貰ってますっ!……えっと、これですっ!」
そう言ってマリエッタが表示したデータをしばらく見ていた医師達は互いに頷き、その物質なら患者の状態に説明が付くといった。
「じゃあ、呼吸が苦しかったり、貧血気味だったのは……」
「SAA……重症再生不良性貧血のことですが、その症状としてはよく見られる現象です」
「そんな……じゃあ、ヒナはずっとそんな病気で苦しんでたんですかっ!?それなのに、星喰みを止めるって……!」
「状況までは我々には判りかねますが、直近1ヶ月はおそらく日常生活を送ることも難しい状態だったのではないかと……」
マリエッタが悲鳴のような声を上げる。
そうだ、ヒナはこの3ヶ月間、星喰みっていう巨大な犯罪と戦っていた。
そして、その黒幕であるピアースを追い詰めたんだ。病気の体をおして。
「……では、あの出血は?」
「その件なのですが、患者の職業は監察官とのことですが……戦闘などは?」
「おそらく、あり得るかと。マリエッタ?」
「はい。星喰みの捜査で、半月前に……まさかっ!?」
「おそらく、その半月前の負傷が原因でしょう。SAAの症状として止血が難しくなりますし、感染症への抵抗力も落ちます。体温上昇は、おそらく免疫力低下による二次感染が原因ではないかと考えられます」
つまりヒナは捜査のせいで病気になって、捜査を続けたせいで苦しむことになったってこと?
皆のために頑張った結果が、この状況なの?
どうしてそんなことになるの……?
「それで……治療については?」
「はい。その件でご相談があります。実は――」
そう言って医師が説明した内容に、アリサの表情は見る見る間に険しくなっていった。
まずヒナの状況。SAAという病気が進行していて既に生命の危機にあること。
そしてその治療について……投薬治療ではおそらく間に合わず、骨髄移植を行う必要があること。
ただ、問題はこの惑星は人口が少ないこともあって骨髄バンクに登録している人が少ない……つまりヒナに適合できるドナーが見つかる可能性が低いということ。
「すでにアノインティングの登録データとの照合は行いましたが、残念ながらHLA型が十分に一致しているドナーは見つかりませんでした。もし皆さんの中に患者の血縁者の方がおられればと思ったのですが……」
「……ヒナは、天涯孤独の身です」
「そうですか……では……」
「私はドナーになれない?」
医師とアリサの言葉を聞いていた私は、たまらなくなって横から口を挟んでしまった。
ヒナとはまだ仲良くなってないけど、だからこそヒナには元気になって欲しい。もし私が力になれるなら……。
「ギルドでは血統管理のためにHLA型の検査が義務づけられています。私のデータも参照してください」
「マリエッタもっ!」
「……わかりました」
医師はそう言うけど、何千、何万と照合したあとでたった3人を追加したところで適合者が見つかる可能性は低いんだろう。
でも、それでも少しでも可能性があるなら。
私はアイリスにヒナの状況を伝えるメッセージを送った。
アイリスからも、自分のデータも参照して欲しいという連絡がすぐに戻ってきたので、医師にその旨を伝える。
私達4人の中で誰か1人でも、ヒナのドナーになることができれば……。
ヒナが病に倒れる原因となったエピソードはこちらになります
監察官ヒナ Mission #2『紫晶の毒牙』
https://ncode.syosetu.com/n0208me/10/




