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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第3部2章『サクラメント』アノインティング-恵授の惑星
441/472

#2

>>Iris


「まだ、到着していない……?」

「はい。ヒナ・カイラニという方の入星記録はありません」


 アノインティングに到着した私達は手早く入星手続きを済ませたんだけど、先行して到着し、出迎えに来ているはずのヒナの姿が見えない。

 そのことに気付いて入管に確認をしたんだけど……ヒナはまだこの星へ来ていないと係官は答えた。


 監察官は潜入捜査を行うこともあるから、もしかしたら偽名で入星手続きを行ったのだろうか?

 私がそう思っていると、軌道ステーションに設置されていた端末でポートコントロールにアクセスしていたマリエッタが私達の方へ駆けてきた。


「アリサさんっ、ヒナ……やっぱり来てませんっ!ドックにオンブルが停泊されてないですっ!」


 彼女が足として使っているオンブルが停泊していないということは、偽名で入星している訳ではないということだ。

 どういうことだろう。そう思っていると入管の職員が声を上げた。


「あ、ありました!昨日の寄港申告者リストにヒナ・カイラニさんの名前があります!」

「それはいつ頃ですか?」

「……そうですね……およそ23時間前ですから、そろそろ入港されるのではないかと思います」


 航宙船は目的地の1光日手前で軌道ステーションに対して寄港を伝える通信を入れることが慣習になっている。

 私達もジャンプアウト直後にアノインティングのポートコントロールへ連絡を入れた上で入港しているしね。


 で、寄港申告の時間を見る限りでは、どうやらヒナは私達よりも遅れて到着するようだ。


「おかしいですね……予定では昨日中には到着しているはずなのに」

「ヒナ、遅刻?」

「時間にルーズな子ではないと思っていたのですが」

「いや、一日以上遅れてるのはルーズとか遅刻とかいうレベルじゃないでしょ……」


 そんな事を言いながら、私達はヒナに出迎えられるのではなく、ヒナを出迎えるために軌道ステーションでしばらく待つことにした。


 軌道ステーションに開設されたショップにはアノインティングで生産されたセレスセラの香油が売られていた。

 アリサの解説を聞きながら私達が香油のテイスティングを楽しんでいた時だった。


 突然、軌道ステーション内に警告音が鳴り響く。


 何事かと身構える私達。

 と、遠くから小さな衝突音が聞こえ、軌道ステーションが少しだけ揺れた気がした。


「……ドッキングポートの方です!」

『アテンション。こちらはポートコントロ-ルです。先ほど航宙船の接舷中に衝突事故が発生しました。ステーション本体への重大な損傷は確認されておりませんが、安全確認のため、全てのお客様は現在の場所で待機をお願いいたします。繰り返します。航宙船の衝突事故が――』


 アリサの声に重なるようにポートコントロールのアナウンスが航宙船の事故を伝えている。

 このタイミングで入港してくる船と言えば……ヒナ!?

 私はアリサを振り返ると、アリサも気付いたのか軽く頷くとドッキングポートの方へと走り出した。


「トワ、マリエッタ、私達も行くよ!」

「どうしたの?」

「ヒナが事故ってるかもしれない」

「ヒナっ!?」


 私の言葉にマリエッタの顔面が蒼白になる。

 私達はアリサの後を追ってドッキングポートへと向かった。



 ドッキングポートは係官によって封鎖されていたが、私がギルド章を示して管理官だと名乗ると事故が起きたのは8番ポートだと教えてくれて、そのまま封鎖線を通してくれた。


 8番ポートへ向かうと……そこにはステーションの構造体に半ばめり込む形で停止しているオンブルの機影があった。

 先行していたアリサがオンブルのハッチを外部から強制開放し、軌道ステーションの保安要員と共にオンブルの艇内へ乗り込む後ろ姿が見える。


 周囲は……すでに酸素供給(エア)フィールドで覆われているらしく、構造体の破損がステーションに影響を与えていないことが判った。

 目視で確認できる範囲ではアナウンスで言っていた通りで、ステーション側には大きな問題は無さそうだ。そこまで見て取った私は、トワ達を伴ってオンブルへと向かう。


「パイロットの連れでギルド管理官のブースタリアです。状況、教えて頂けますか?」


 オンブルの周囲でステーション側の損傷を確認していた保安要員は、私の名乗りに頷いて現時点で判っていることを教えてくれた。


 なんでも、ヒナが操縦するオンブルは接舷中に突然加速してドッキングポートへ突っ込んだらしい。

 小型艇用のポートだったから幸いにもステーション側に人員はいなかったらしく、人的な被害は無し。

 ただ、突っ込んだ影響で外壁の一部が破損している、と。


「突然加速?どういうことですか?」

「なんでも、コントロールとやり取りしてる最中に応答が無くなって、その後に加速したらしいですが……」


 そんな話をしていると、オンブルの艇内から、ぐったりとしたヒナを抱き抱えたアリサが出てきた。

 ヒナはギルドの制服姿だけど、よく見ると制服の裾からかなりの血が流れ出ていて……周囲に次々と血の球が浮びあがっていく。


「アリサ!?」

「シリアスな状況です。医療班を呼びましたが……地表へ降ろさないと」


 アリサはそう言うとストレッチャーが到着するのを待たずに、ヒナを抱えたままステーション中枢部へと跳んだ。


「アイリスさんっ、ヒナ……大丈夫なんですか!?」

「わからないけど……かなり出血してるように見えたね。トワ、マリエッタ。アリサに同行してサポートしてあげてくれる?私はオンブルの方を処理しておく」

「わかった」

「は、はいっ……」


 アリサがシリアスな状況だと口にしたということは、単なる負傷だけではない可能性がある。

 となるとアリサはヒナの救護に手一杯だろうし、一方でギルド秘であるオンブルを放置しておくこともできない。


 マリエッタが友人であるヒナのことを案じるのは当然だけど、おそらくアリサはマリエッタに気を回す余裕はないだろう。

 なら、比較的冷静なトワをマリエッタのサポートにつけておけば……。


 私は自分の友人でもあるヒナがシリアスな状況だというのに、冷静に事後処理を考えている自分が冷酷な人間なように思えた。

 少し自己嫌悪をしながら2人がアリサの後を追うのを見送る。



 軌道ステーションの補修を行うためにはオンブルを一度この場から動かす必要がある。

 だが、オンブルはギルド秘である上に操縦にはDランク以上のシンガー能力が必要だとされている。


 私にはCランクのシンガー能力があるので、オンブルを動かすことができるのは不幸中の幸いか……。

 そう思いながらポートコントロールに指示を仰ぎ、オンブルを隣の9番ポートへ移動させるべく艇内に入った私は、内部の惨状に思わず眉をひそめた。


 血まみれだ。

 船体やステーション側の損傷から艇内にいたヒナの体にある程度の衝撃が加わっていることは予想していたし、実際ヒナは負傷していた。


 だがこの出血量は何だ?


 ヒナが座っていたシートやコンソールにも血が付着していて……凝固こそしていないけど、部分的に赤黒くなりかけているものもある。

 さっき見えたヒナの姿には目立った外傷や衣服の損傷は見られなかったし、衝突からの短時間でこれだけの大量出血がおきるとは考えにくい。


 つまり、ヒナは衝突によって負傷したのではなく、衝突前から既に出血していた?


 コンソールに付着した血液を拭った私は、ヒナの血が妙にさらさらしていることに気が付いた。

 出血してから時間が経過しているなら、もっと粘着質になっていてもおかしくないけど……?


 原因はわからないけど、艇内の様子を見る限りでは失血死するレベルの出血量ではないと思うが、それでも意識レベルが低下してもおかしくない程度には出血している。

 つまり、ヒナは出血の影響で意識を失いオンブルの操縦を誤ったということだろうか……?


 ともあれ、オンブルを移動させないといけない。

 私はヒナの血で汚れたシートに座り……そして違和感に気が付いた。

 シートが妙に暖かい。

 空調の行き届いた航宙船のパイロットシートにはシートヒーターのようなものは付いていないはずだ。


 となるとこれはヒナの体温がシートに残っている?

 彼女が運び出されてから少し時間が経っているのに、これだけ暖かいということは、ヒナはかなり発熱していたということだろうか。


 出血に発熱。

 それに、少し違和感のある血の状況。

 アリサがシリアスな状況だと見て取ったのも理解できる。これはおそらく単なる負傷ではないだろう。


 そんなことを考えながら、私はオンブルを微速で後退させ軌道ステーションの構造体からゆっくりと引き剥がし、隣のポートへと再接舷した。

 幸いな事に機体のダメージは軽微で船殻にも重大な損傷はない。

 航行系の内部機構もセルフチェックの結果問題なしと出ている。やはり、機体トラブルではなくパイロットであるヒナの体調に起因する事故だったようだ。


 状況的にヒナが感染症に罹患している可能性も考えられるけど……少なくともセレスティエルである私……とトワは病に倒れることはない。

 アリサも病気に対する耐性は高いはずだから、問題になるとすればマリエッタと、そしてヒナ自身か。


 アノインティングでの不可解かつ面倒なミッションに加え、ヒナの体調という問題を抱えて私達はどう動くべきか。


 ……どうやら今回も、一筋縄ではいかないようだ。


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