#1
>>Alyssa
「すみませんでしたっ!ほんっとうにすみませんでしたっ!」
土下座せんばかりの勢いで頭を下げているのはこの私、アリサ・シノノメです。
そして私が全身全霊で謝罪をしているのは私の愛する人、トワ様。
そして義姉であるアイリスさん。
さらには彼女の専属秘書官であるマリエッタです。
「いや、そこまで謝られることじゃないから……」
「そ、そうですよっ!ミッションは無事に終わりましたし、カリオンさん達も助けられましたからっ!」
……カリオン。
マリエッタの言葉に私はまた自責の念を刺激されました。
私がオリヴィエの義肢装着を見届けるために拒否した惑星チューリングでのミッション。
そこでトワ様達は知性を持つ可能性が高い原生生物「カリオン」と出会い、その対処に苦慮されたという話を聞いたのは、次のミッションのために私がアルカンシェルへ合流してすぐのことでした。
チューリングでのミッションは「ギルド支部開設を祝う式典への代理参加」と銘打たれたものだったので、その程度のミッションならば娘であるオリヴィエを優先しようと考えたのですが……。
まさか、それが人類の存亡に関わりかねない案件だったとは。
「アリサがいなくても問題なかった」
「うう、それって私はもう用済みってことですよね……よよよ」
「トワ?アリサに変なスイッチ入っちゃったよ!?」
「ごめん、アリサ。好き」
「……わかりました。では私、アリサ・シノノメはトワ様の妻となって終生お仕えします」
「いや、だからどうしてそうなるの?」
「でも、いつものアリサさんに戻りましたっ!」
内心は慚愧の念でいっぱいですが、せめて次のミッションでは少しぐらいお役に立って見せないと。
……いえ、次のミッションは私が受領したものなので、むしろトワ様達にお手伝いして頂く形なのですが。
「それで、アリサが受領したミッションっていうのは?」
「はい、それなのですが……」
約3ヶ月ぶりとなるアルカンシェルのラウンジで私は受領したミッションの説明を行いました。
目的地は香油の生産で知られている惑星アノインティング。その惑星で執り行われている伝統的な祭典に関わる「祭器」にトラブルが発生しているというものでした。
しかも、そのトラブルにはギルド支部が大きく関わっていて、統括局に対してクレームが寄せられている……。
つまり、私に与えられたミッションはトラブルの解決とアノインティングの統治機関でもある精油企業「セレスセラ」への謝罪対応ということになります。
やっかいなのは祭典が3日後に迫っているため、トラブル解決にあまり時間を掛けられないということなのですが……。
「アノインティング……アロマオイルの輸出で有名な星だよね?」
「はい。実は私も孤児院でセレスセラの香油を時々使っていまして……。リラクゼーション効果が高いので、子供達が落ち着かないときに炊くアロマとして最適なんです」
「……セレスセラのアロマオイルって無茶苦茶高かった気がするけど……まぁ、いいか」
確かにアノインティングから取り寄せた香油はそれなりに値の張るものですが、天然素材で作られた安全性が保証されているものです。
それに子供達の心を落ち着かせるためのものなので……まぁ、今はミッション説明なのでくどくどと述べることではありませんが。
「祭器って何?」
「アノインティングでは年に一度、香油の材料となる植物の収穫を祝う祭りが行われるそうなのですが、その祭典で使われる精油器だと聞いています。その精油器に組みこまれたC3を、ギルド支部が紛失してしまったと」
私の説明にトワ様は判ったっような、判らないような微妙な表情をされています。
いえ、トワ様の表情はいつも通りですが、瞳の色が揺れ動いているので、おそらく色々とお考えなのだろうと私が思っているだけですが。
私が七色に揺らめくトワ様の瞳を見つめてうっとりとしていると、アイリスさんが口を挟んできました。
「それ、なんか不自然じゃない?仮に支部が不手際でC3を無くしたとしても、在庫から代替品を供出すれば済みそうに思うけど」
「ええ、ギルド支部もそのように対応したそうです。ですが……」
私はミッションデータに添付されていた情報を思い出しながら説明を行いました。
精油器は毎年儀式に使われた後、分解清掃されて保管されるそうですが、「女神のC3」と呼ばれる中核部品に関してはギルド支部の預かり保管になるのだとか。
その預かり品が行方不明になっている事に気付いたギルド支部は慌てて代替品を――代替品とは知らせずに――セレスセラへと返却、代替品を用いた試験精油が行われたそうです。
しかし結果は燦々たるもので、これまで祭典に使われていた香油とは似ても似つかない低品質なものが精製されたらしく……。
不審に思ったセレスセラがギルド支部に問い合わせを行ったことで紛失が発覚。
黙って代替品を送りつけたことに憤慨したセレスセラが統括局へクレームを入れた、というのが今回のミッション背景です。
「黙って代替品を渡したのはまずい対応だね。でも、代替品だと精油に失敗するっていうのは?毎年管理してたなら色を間違うことはないと思うけど」
「ええ。預かり品は精油行程の中で加熱を行う部分に使われるものなのですが、品としてはCランクの朱だそうです。支部もCランクの朱なら問題無いと判断して代替品を用意したそうなのですが……」
「祭器は代替品を受け付けない、か。不思議だね?」
そう、普通に考えればC3には「個性」のようなものはありません。
確かにシンガーがC3のキャパシティいっぱいまで調律を施すことで多少の性能差を与えることは可能です。
しかしそれは機器の性能に大きな影響を与えるレベルの差異ではありえません。
ですから基本的には同じランクの、同じ色のC3であればほぼ同じ働きをすると考えて問題はなく、C3を代替すること自体は可能なはず。
ですが、それが代替物ではうまく機能していない。
これはおそらく私には……いえ、ギルドの誰にも判らない謎だと私は思いました。
……ただし、歌の化身たるエトワールであられるトワ様を除けば。
「トワ、どう思う?」
「見てみないとわからない」
「まぁ、それはそうか。でも現物がないとなると、見れるのは精油器の方か……」
「祭器、面白そう」
もしトワ様が見て判らなければお手上げです。
もちろん祭器はアノインティングで生産される香油そのものとは直接的な関係はありませんから、祭器の不具合がセレスセラの業務に直接影響を与える訳ではありません。
ですが、ギルドの不手際で式典が執り行えなくなるとすれば……土下座程度ではすまない問題になるのは間違いないでしょう。
それにもう一つ気がかりなことがありました。
この一件、私達とは別に監察部も動いているということです。
「監察部?それって、もしかして……」
「はい。統括局はこの一件をギルド内部の人間によるサボタージュだと考えているようですね」
ギルドが保管している物品にアクセスできるのは基本的にギルド関係者のみ。
そして紛失した物品は高価なものではなくともギルドの信用を傷つけるには十分なものです。
となると監察部がこれを内部の不満分子によるサボタージュだと考えるのはある意味当然でしょう。
「アリサさんっ、監察部が動いてるってことは……監察官が来るんですかっ!?」
「ええ。この件は……マリエッタ、あなたも知っている特命監察官が担当です」
「わっ、ヒナですねっ!こんなに早く再会できるなんて思ってなかったですっ!」
私の専属秘書官であるヒナと、アイリスさんの専属秘書官であるマリエッタはつい先日まで行動を共にしていて、かなり仲良くなったとヒナから報告を受けていました。
マリエッタの喜びようからすると「仲良くなった」というのは随分と控えめな表現だったのだと私は思いました。
「ヒナか……。この前会った時は挨拶ぐらいしか出来なかったけど、今回はゆっくり話ができそうだね」
「私もヒナと仲良くなりたい」
「そういえばトワはヒナとあんまり話したことなかったっけ?」
「うん」
「ヒナ、すっごく良い子ですっ!」
ヒナ、大人気ですね。
私はあの子がトワ様達に歓迎されていることを嬉しく思いました。
ですが少し気がかりなこともあります。私はヒナに対して監察部がこの件をどう見ているか探りを入れて報告して欲しいと頼んでいたのですが、2日たってもまだ報告がありません。
今回は祭典までの日取り的な余裕がありませんから、オンブルで現地へ向かっている最中だとしても、報告が遅くなるという連絡ぐらいはあってしかるべきだと思うのですが。
私がそう漏らすと、マリエッタが不思議そうな顔をしました。
「え?ヒナが?ヒナ、そういう所は几帳面だと思うんですけどぉ……」
「ええ、私もそう思うのですが。マリエッタ、ヒナに何か変わった様子はありませんでしたか?」
「んー、任務続きで随分疲れてたかもしれませんっ!ちょっと貧血気味でしたしっ!」
通信で話したときは多少疲れた様子ではありましたが……体調でも悪いのでしょうか?
ともあれ、事前の連絡によるとヒナはアノインティングへ先行しているようなので、現地で合流すればあの子の様子や報告が遅れている理由もわかることでしょう。




