#18
>>Towa
次の日も私は朝から酢リンゴを取りに行った。
さすがに今日は沼には落ちなかったけど、茂みの中にいた蛇みたいな原生生物を踏んづけてかなり威嚇された。
ごめんって。
酢リンゴをもって今日も地下を訪れた私に、見張りの人は何も言わずに通してくれた。
……話しかけられたら名前を聞こうと思ったんだけど、まぁいいか。
カリオン達は私が差し出した酢リンゴを今日はすぐに食べてくれたのでちょっと安心した。
今日も私が毒味して見せないといけないのかとちょっとドキドキしてたから。
いや、超酸っぱいんだよ、酢リンゴ。
どうしてカリオンがこんなのを好むのか判らないぐらいに。
で、カリオンが食べ終わったのを見計らって、私はコミュニケーションを取ることにした。
昨日、アイリスが説明してくれたことを思い出しながら。
『言語コミュニケーションとは違って、感情はナラティブに依存しないものだから、それが人でも動物でも、異星生命体でも共有できるはず。つまり、歌に込めた感情はカリオンにも伝わるってこと』
正直、前半は何を言ってるのかわからなかったけど、歌詞じゃなくて感情を歌に込めれば伝わるらしいというのは理解出来た。
だから、私はあえて歌詞を使わない鼻歌でカリオンに感情を伝える。
――私はあなたたちのことを助けたい
――私はあなたたちの力になりたい
カリオンは私の鼻歌を不思議そうに聴いていたけど、互いに顔を見合わせると体の大きい方が歌を歌ってくれた。
伝わってくる感情は……「感謝」と「疑問」。
「感謝」が入っているということは私が歌に乗せた感情はカリオンに伝わっているとみていいよね?
そしてこの答えは……きっとカリオンは申し出には感謝するけど、どうしてヒトである私がカリオンを助けようとするのか、と聞いているんだと私は思った。
だから、私はその問いに答える。
――あなたたちと仲良くしたい
――あなたたちを傷つけたくない
カリオンは何度か瞬きをしたあと、短く「理解」という感情を伝えてきた。
詳しい脱出方法をカリオンに伝えることは出来ないけど、何か変化が起きればそれは私達がカリオンを助けようとして起こした事態だと理解してくれるはず。
そして賢いカリオンなら、そのチャンスを使って逃げることが出来るはず。
私はそう信じて、地下を後にした。
>>Iris
私はマリエッタに2つの情報を入手して貰った。
1つ目はハンティングベースの設計図。
建築物としての構造だけでなく内部のエネルギー伝達経路がどうなっているかという情報も含めたデータだ。
そしてもう1つは式典の流れと具体的な演出。
幸いな事にどちらも衛星軌道上にあるファルナスのオフィス内のサーバにデータが保存されていた。
入手手段は非合法だけど、どちらも今回の作戦には必要不可欠なものなので、私の責任でマリエッタにハッキングをしてもらったんだ。
私はまずハンティングベースの構造についての検討から始めることにした。
カリオン達が囚われているのは地下室の最奥部。
地上の施設がそのまま基礎として地中に沈んだような構造になっているため、脱出経路を確保するのは極めて難しそうだ。
仮に外壁を破壊して脱出経路を作るとしても、その壁は巨大施設を支えるために厚さ約2メートルもの堅牢な建材で形成されていてら突破には相当な火力が必要となる。
それはすなわち、確実に大規模な騒動を引き起こすということで、あくまでも表敬訪問でここを訪れている私達には取りづらい選択肢だ。
なので着目したのは地下へ降りた際に使用したエレベーターだ。
……エレベータ脇には運搬車両が出入りするためのゲートと地上に通じるスロープが設けられていたけど、そこには当然のように警備が施されていた。
ゲートは原生生物の侵入を想定して設計されたのか極めて厚いシャッターで封鎖されているし、図面を見る限りでは無人防衛機構も配置されているようだ。
また構造図には明記されていないけど実際には常に2名の見張りが配置されていることも確認済み。
つまり――正面からの突破、あるいは通常の手段によってカリオンを救出するのはほぼ不可能。戦争を仕掛ける覚悟でもない限り、この防備を突破する手立ては見当たらない。
図面をひとしきり確認した私は通常手段ではカリオンを脱出させることが出来ないという事を改めて確認した。
「ふむ……なかなか手強いね」
「どうして悪の砦って強固なんですかっ!?」
「いや、普通の戸建てや集合住宅に悪の組織がいる方が不自然だし、ここも別に悪の組織って訳じゃないからね?」
マリエッタとそんな会話を交わしながら、次に確認するのはエネルギー伝達経路だ。
ハンティングベースで消費されるフォトンエネルギーは軌道エレベータのガイドレールを兼ねたフォトンレールを介して衛星軌道上から直接供給が行われている。
従って、このベースに限って言えば、エネルギー切れという事態になる可能性は極めて低い。
ただ内包している施設がいずれもエネルギー消費の大きいものなので、施設の各所へ効率的にエネルギーを分配するための機構が必要になる。
ハンティングベースの中枢部分に設置されているフォトンリアクターがその役割を果たしているようで、施設内で消費されるフォトンは全てここを経由して各所へ分配される形になっているようだ。
ファルナスが式典で私達に調律させようとしているC3はリアクター用のものと見て間違いないだろう。
だが未調律の今はどうしているのか確認してみると、今はハンティングベース内の多くの施設や店舗が開業前なので低ランクのC3を使って暫定的にリアクターを作動させているらしいことが判った。
つまり、今回私達が調律に失敗したらハンティングベースの運営に支障を来すが、いざという時の保険は用意されている。
そして私達の失敗をネタにギルドへ自分達が有利になるような取引でも持ちかけてくるつもりなんだろう。
で、肝心の式典の演出は……。
「式典はリアクターが設置されている大ホールで行う、か。この流れだと予めリアクターにC3を取り付けた上で調律する感じかな?」
「はいっ、そうですっ!仮設C3は外しておいて、リアクターが停まってる間のエネルギーは分散配置しているフォトンキャパシタで行うみたいですっ!」
つまり、ファルナスの狙いはこういうことだ。
あらかじめフォトンリアクターに未調律のAランクC3を装着しておいた状態でセレモニーと称して、私たちにその調律作業を行わせる。
当然、未調律のC3ではリアクターは正常に起動しないから、調律作業中のつなぎという名目で施設全体のエネルギー供給はあらかじめフォトンキャパシタに切り替えられている。
このことによってリアクターの動作状況に関わらず施設は動作を停止することなく稼働し続けると同時に、私達の調律が仮に失敗してもファルナスは損害を被らない。
つまりわざわざ予備動力を用意してまでリアクターに装着したC3を調律させるという状況自体が、ファルナスが私達の失敗を前提とした悪巧みを準備しているという証拠になるんだ。
そして私たちの調律が「失敗」したことを確認したあと、ファルナスはそれを大げさに騒ぎ立てるつもりだろう。
まるで重大な事故で、自分が大きな損害を被ったとでもアピールするつもりなんだと思う。
その後に用意しておいた仮設のC3を用いて暫定的に復旧させた……という構図へ持って行くつもりなんだろうね。
「なるほどね。で、そのフォトンキャパシタはハンティングベースが建築された15年前から一度も交換されてないんだね?」
「はいっ、さすがに動くとは思いますけど、充填出来るフォトン容量は予想よりも減ってるかもですっ!」
そう言ってマリエッタは悪い顔で微笑んだ。
その後、ハンティングベースに関連する準備はマリエッタに任せ、私はリシュアとランディを宿舎に呼び出した。
用件はもちろんカリオンのことだ。
トワが限定的ながらカリオンと意思疎通を行えたと報告すると、ランディは渋い顔をし、リシュアは大喜びした。
「やっぱり!カリオンは知的生命体なのよ!」
「……意思疎通というのは確実なことか?偶然や気のせいってことはないか?」
「これまでただじっと見つめるだけだったカリオンが歌に反応してコミュニケーションを取ってきてる時点で、気のせいや偶然ってことは無いと思うけど」
私の言葉にランディは眉間に深いしわが刻まれる。
まぁ、彼の言いたいことはわかる。
なので、私は例え話をすることにした。
「じゃあランディ。あなたは機族は知的生命体……というか知性体だと思う?」
「当たり前だ。生物ではないが、彼らはヒトとしての要件を満たしている」
「なら、もし機族のボディが破損して頭部だけになったら?」
「……頭部だけであっても機族は知性体だ」
「じゃあ、もしその頭部の発声モジュールが破損して、声を出せなくなったら?」
「……オーケー、判った。降参だ」
さすが学者だけあって理解が早くて助かる。
私が言いたかったことはこうだ。
例えばボディを失った機族は道具を造ることも使うこともできない……つまり文明を持つことができない状態だ。
だが、ランディはそれでもその状態にある機族を知性体だと断言した。
おそらくそれは、頭部のみであってもその機族が他者とコミュニケーションを取れるから。
ならそのコミュニケーション手段である音声が失われれば?
声が出なくなったと言う理由だけで、知性体が単なる機械に格下げになることはありえない。
それに……声が出なくなった機族でも、データリンクという、人間には感知できない方法で同族とコミュニケーションを取ることができる。
つまりそれは、カリオンの状況と同じで、声の出ない頭部だけの機族が知性体であることを認めるのなら、カリオンもまた知的生命体であると認めることになる訳だ。
「だがな、アイリス。俺を説得できたとしても知的生命体の定義は書き換えられないし、定義が変わらなければ社長……ファルナスはカリオンを知的生命体とは認めないぞ?」
「そうだね。それは判ってるよ」
私の提示した例え話は、ある意味感情論的な極論に過ぎない。
こんな主張をしたところでカリオンの学術的評価が変わると思うほど私は子供じゃないけど、それでも……だ。
ランディを説得できるのであれば、勝ち目はある。
私は自分のプランが有効であることを確認し、2人に依頼を持ちかけた。
「カリオンの生態についてまとめろ、だと?」
「それば別に構わない……というより、定期的にギルドに提出しているレポートにも時々記載してるけど」
「なら、リシュアのレポートをベースに、カリオンが持っている能力について事実だけを簡単にまとめて欲しいの。素人でも要点が判るような体裁だと助かるかな」
「……1人でまとめるの、大変なんだけど」
「わかったよ、手伝えばいいんだろ」
2人に対して明朝までにまとめた資料が欲しいとリクエストすると少し呆れられたけど、なんとかすると約束してくれた。
これで準備は概ね済んだ。
あとは明日の式典を待つだけだ。
その日の夕刻、ハンティングベースのネットワークを監視をしていたマリエッタが3隻の航宙船がチューリングに到着したことを教えてくれた。
式典の招待リストに載っていた5組の招待客……要するに大口スポンサー様が到着したってことだね。
個人だけでなくどこぞの恒星間企業の幹部も混じっているらしい。
ロクストン卿はマーガレットと一緒に未だチューリングに留め置かれているらしいし、もう1組の下見客を合わせた彼ら7組が明日の式典の見届け人ということになるんだろう。




