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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第3部1章『密林の歌い手』チューリング-虚猟の惑星
431/451

#14

 私の言葉に、ランディとリシュアは顔を見合わせて、同時に頷いた。

 なんだ、痴話喧嘩してる割には仲いいじゃない、この2人。


 まず最初にリシュアが話したのはカリオンが持つ知性の可能性についてだった。

 私が密林の中で考えたのと同じように、リシュアもまたカリオンが原生生物の群れに対して学習と情報共有をもたらす司令塔として機能している事実を指摘した。

 そして、私が気付いていなかった事実……カリオンは遠吠えによって原生生物の指示を出しているという話も。


「あれは『歌』だった」

「歌?トワにはそう聞こえたの?」

「うん。悲しそうで、切ない歌」


 リシュアの言葉にトワがぼそっと口を挟んだ。

 なんでもハンティングベースの地下でカリオンが「歌う」のを聞いたらしい。

 単なる遠吠えとは違って抑揚のある旋律に、トワは感情のようなものを感じたという。


 歌についてこの子が感じる事は間違いようのない真実だと私は直感した。

 だって私の妹は『歌』の概念から産み出されたセレスティエル、エトワールだからね。


 トワ以上に歌に詳しい存在はいないし、この子が歌だと判断するならカリオンは間違いなく「歌って」いるんだろう。


 一方でランディの主張は……。


「知的生命体っていうのは『自分』という概念を持ち、他者とのコミュニケーションにより社会を形成する能力を持つものだ。単に本能に従って行動するだけじゃなくて、論理的、創造的思考を持ち、文明を築き上げている存在。それが学術上の定義だ」

「うん、それは私も聞いたことがある。それで、カリオンは?」

「カリオンは確かに学習能力はあるかもしれん。だが、コミュニケーションについては仮説の域を出ない上に、文明だって築いていない。なら、知的生命体のカテゴリーに含まれないと判断するのが妥当だろ?」


 ランディが言うことにも一理ある。

 学術上の定義からすれば、カリオンは全ての条件を完全に満たす訳ではないから、「賢い原生生物」の域を出ていないという主張なんだろう。

 そして、おそらくファルナスはその定義からの逸脱を根拠とした理論武装を行い、カリオンを狩ることを正当化している。


「でもっ、おかしいです!カリオンさんは賢くて知性があるなら……それは、ヒトと同じじゃないですかっ!殺したらダメですっ!」


 マリエッタがそう叫ぶ。

 この子の気持ちは痛いほど良くわかる。

 原生生物に対する狩りですら否定的なマリエッタにとって、知性を持つ可能性が高い存在を狩るということは殺人と同義に見えるのだろう。


 ランディとリシュアの話はその後も平行線を辿った。

 やり取りの様子から2人がこれまでにも同じように主張をぶつけ合い、未だ見解の一致を見ていないことは容易に見て取れた。


 学術的な議論がどんどんと痴話喧嘩的なやり取りにシフトしてきた時点で私は2人にストップをかけ、貴重な意見を聞かせ貰ったことに礼を述べた。

 幸いにもランディもリシュアもそれが退去を促す婉曲な表現であることは察してくれたようで、口々に謝罪すると2人は帰っていった。


「マリエッタ、アイリスのお土産凄い」

「……うう、生肉ですぅ……」

「焼こう。今日は焼き肉」

「わたし、ちょっとだけ焼き肉が苦手になりましたぁ……」


 そう言ってキッチンへ向かう2人を見送りながら、私は今日の出来事について思索にふける。



 人類が銀河に版図を広げて幾千年。

 だがこの広大な銀河で、人類の知る、人類以外の知性体は機族とテロマーというヒトの中から生まれた種族のみで、未だ人類は自らと起源を異にする知性体とは遭遇していない。


 スターゲートという超文明の痕跡こそ発見されてはいるけど、これまでに人類が入植した幾千幾万もの惑星には文明の痕跡は発見されていない。


 だから人類にとって異星文明とのファーストコンタクトはすでに絵空事、単なるケーススタディでしかなかった。

 故に知的生命体の定義についても真剣に議論されることはなく、遠い昔に定められた定義が根拠もなく通説となっている。

 だけどカリオンの存在が、人類に再びファーストコンタクトについて再考することを求めているのではないか……?



 ……いや、そうじゃない。

 人類はすでにファーストコンタクトを行っている。


 そして……その結果としてオリオン腕の人類は滅亡した。

 放浪機(・・・)

 生命を殺す存在である奴らも、間違いなく知性を持つ存在だった。


 放浪機と人類が開戦した理由はわからないけど、戦争になっている以上、人類は奴らとのファーストコンタクトに失敗しているはずだ。

 つまり異星文明との接触方法を誤ることは、人類の存亡に関わる事態。

 そのことを私は身を持って知っている。


 私はこの場にアリサがいないことを嘆いた。

 この件は……人類の存亡に関わりかねない事態は、私一人の手にはあまる案件だ。

 アリサの冷静な意見が欲しい。


 それに統括局は……スゥ局長はこのことを知っていた?

 いや、知っていたに決まっている。

 なぜならマリエッタはここが統括局によって盗聴されていると言っていたから。


 なら、スゥ局長は事態を把握した上で私に決断を求めている?

 何のために?


 私の思考は激しく乱れる。


「アイリス」


 出口のない思考の迷路に陥った私を救い出してくれたのは、聞き慣れた妹の声だった。


「お肉、焼けた。食べるよね?」

「ありがとう、トワ」

「うん?」


 トワは私の礼に不思議そうな目でこちらを見ている。

 そうだ、私は基本に立ち返ろう。


 私がすべきことはトワを……トワの心を守る事だ。

 なら、この件もトワが悲しまないような結末へと導く。


「アイリスさんっ!このお肉おいしいですよっ!」

「マリエッタ、つまみ食いは良くない」

「……私達が待たせてるからでしょ?行こっか、トワ」

「うん」


 ……そう、それが全てだ。



 翌朝。前夜遅くまでカリオンのことを考えていた私は久しぶりに朝寝坊してしまった。


 寝室にはトワの姿も、マリエッタの姿もなく、慌ててリビングへ向かうとテーブルの上に軽食が置いてあった。

 たぶんマリエッタが朝食を作り置きしてくれていたんだろう。

 心の中で感謝しながら、私は朝食に手を伸ばす。


 と、食事の横に果物がいくつか入った籠があることに気が付いた。食後のデザートを置いて行ってくれたんだろうか。

 そう思って私は果物にも手を伸ばす。


 見た目は小ぶりなリンゴのような形で色は鮮やかな黄色。

 この星独自の果物だろうか?

 もしかしたらトワがフルーツ牛乳を作ろうとして用意したものかもしれない……そんな事を考えながら、私は果実にかぶりついた。


「ングッ!?」


 なに、これ!?

 酸っぱっ!


 かぶりついた果実からしたたる芳醇な果汁がもたらす猛烈な酸味の刺激が口の中で暴れ回る。

 吐き出すべきか、飲み込むべきか。


 迷う私に横合いから声が掛かった。


「アイリス、おはよう。あ」

「とわぁ……これ、なに?」

「食べたの?それ、カリオンの果物」


 カリオンの……果物?

 私、原生生物用の餌を食べたの!?

 飲み込んじゃったよ!?


「人間が食べても害はない。けど超酸っぱいってリシュアが言ってた」

「……なんで食卓に?」

「朝から穫りに行って、沼に落ちた。体、洗ってた」


 どうやらこの黄色い果実はトワがカリオンの為に穫りに行ったもので、私がそれをデザートと間違えて勝手に食べたということらしい。

 何それ、私まるで食いしん坊の自爆キャラみたいじゃない。


「沼に落ちて大丈夫だった?ヒルとかいなかった?」

「いた。いっぱい吸い付いてた。キモかった」

「ちゃんと全部取った!?」

「うん、たぶん」


 そう言ってトワはTシャツをめくり上げてくるくると回って見せた。

 白い足や腹部にヒルが吸い付いた痕がいくつも残ってる。


 何やってるんだ、この子は……。


「うん、ヒルは付いてないね。でも下着はちゃんと着けなさい」

「えー」


 いつものやり取りをしていると、昨夜眠れないぐらいに悩んでいた重苦しい思考が少し晴れた気がした。


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