#9
>>Iris
ロクストン卿夫妻と私、そしてハンティングベースのガイド達は2台のバギーに分かれて密林へと分け入っていく。
そう、2台のバギーだ。
中型バギーは本来5人乗りで、私を含めた3人のハンティング客と、同行するガイドが1台に乗車できるはずだった。
だから出発前にガイド達がわざわざ2台を用意していることに、最初は少し戸惑った。
だが実際にバギーに乗り込んでみてその理由が見えてきた。なんと、ガイドは5人もいたのだ。
前を行くバギーにはロクストン卿夫妻と2名のガイド。
そして私の乗った後続のバギーには、私と3人のガイドが乗っていた。
私は自分の考えが正しいのか確認するため、隣に座っていた30代くらいの男性ガイドに声を掛けてみることにした。
「随分と大人数なんですね。ガイドさんは1人か2人だと思っていました」
「ん?ああ。なにせこれはハンティングレジャーだからな」
その言葉で私の考えは概ね正しいことが判ったけど、ガイドの人達がどう捉えているのかを知るためにも言葉を続ける。
「ハンティングではなくて、ハンティングレジャー、ですか?」
「……嬢ちゃん、鋭いな。ああ、そうだ。これはレジャーだからな。お客さんに怪我をさせるのは御法度。そして楽しく狩りをしてもらうための人員だ」
「つまり、接待ハンティングですね?」
「接待か、まあ俺らは接待にゃ縁の無い人種だがな。ああ、俺はランディだ。嬢ちゃんは……確かアイリスって言ったか?」
「はい、アイリスです」
姓を名乗らないのは念のためだ。
メナが色んな所で私の事を英雄だと吹聴してまわっているらしいからね。
今は身元を隠してるからここの人達に私が英雄アイリス、つまりギルドの管理官だとバレると話が面倒になるというのもあるし。
そして、私が予想したとおり、この布陣は楽しく狩りの気分を味わって貰うためのものだった。
ロクストン卿はお供を連れ歩くのが常識なのか、あまり気にしてないみたいだけどね。
「にしてもアイリス、お前さん随分と肝が据わってるな?子供同伴の狩りは俺も初めてだが、はしゃぐでもなく怯えるでもないってのは……」
「私、こうみえてもうすぐ17歳ですよ?それに辺境惑星出身ですから、原生生物を狩ったこともあります」
「っと、それは二重に失礼した」
そう言っておどけた様子で謝ってみせるランディ。
悪い人では無さそうだ。
「ランディさんはどうしてガイドのお仕事を?」
「俺か?俺は元々生物学者でな。ここの原生生物を研究するためにファルナス社長に雇われたんだが、なまじ銃の腕が良かったせいで今じゃ現場仕事の方が多くなっちまった」
「……あんまり学者には見えません」
「さっきの仕返しか?ま、自分でもそれは判ってるさ。フィールドワークが多いからな、自然とガラも良くなるってもんだ」
いや、見た目の話じゃなくて話し方に知性が感じられない……って言いたかったんだけど、皮肉は通用しなかったみたいだ。
それにしてもファルナスが生物学者を雇い入れている?
つまり無差別に原生生物を狩ってる訳ではなくて、ある程度狩猟対象を選別しているのか、それとも……。
そこまで考えて、私は昨日ハンティングベースの地下で見た光景を思い出した。
ファルナスは原生生物の星外輸出を示唆している。
つまり、ここの生物になにか星外で有益視されるようなものが含まれているんだろうか?
私はランディにその考えをぶつけてみた。
「生物学者が必要ということは、ここの原生生物は何か変わったものがいるんですか?」
「ああ、いるぞ。『カリオン』って言うんだがな……」
……やはりそこで名前が出てくるか、カリオン。
ファルナスが言っていた「手強い獲物」。
檻を蹴られても騒ぎも怯えもせず、じっと見つめるだけの不思議な生物。
ファルナスがカリオンに対して何か思うところがあるのは間違い無いようだ。
私はさらにカリオンについて話を聞こうとしたその時だった。前方を走るバギーが急に速度を落とした。
「どうした?」
『前方約300m、反応4。このパターンだとトライコンだな』
通信越しに前方に生体反応があったことを知らせる声が聞こえる。
トライコンというと、昨日展望レストランの悪趣味な展示にもあった、3本角の草食動物か。
臆病で逃げ足が速いけど、狩猟難易度は低いと記されていたやつだ。
「この時期の4頭連れ……親子だな。子は見逃して雄親を」
『わかった……っておい、待て!』
さすがにランディは生物学者だ。
トライコンの生体を把握しているだけでなく雄親だけを狙う……つまり、生態系の維持をある程度考慮に入れている。
だが、ランディの言葉にガイドが返答している間に、突如先行するバギーが加速した。
「どうした?」
『クライアントが前進をご所望だ。散弾銃で指示されちゃ従うほかあるまい』
散弾銃といえばマーガレットか。
銃を突きつけて発車を要求するとか、あのおばさんロクストン卿よりもヤバいじゃない。
私は肩をすくめるランディに言った。
「良くあるんですか?」
「ん?ああ、希に良くあるな」
言葉としては矛盾しているけど、たぶんランディが言いたいのは「そういう客」が来ると毎回のようにこうなるってことなんだろう。
そして先ほどの先行車両のガイドが焦った様子ではなかったところから察するに、銃を突きつけるのが「希」なだけであって、「そういう客」なのはいつものことなんだろうと私は思った。
「大変なんですね、ガイドのお仕事」
「ああ。俺は生物学者なんだけどな」
ランディの言葉に何故か私は強い共感を覚えた。
いや、そうか。
私も今はギルドの無茶振りでここへ派遣されてる身だし、そういう意味ではランディと同じ現場で苦労する側だ。
つまり似たもの同士の共感かもしれないね。
……私、一応ギルドの高位幹部なんだけど。
そんな事を思って黄昏れているうちに発砲音が聞こえた。
今のはブラスターだから……先に撃ったのはロクストン卿か。夫婦揃って頭のネジが飛んでいる。
『お客さん!撃つのはそっちじゃないですよ!』
『うるさい、貴族に指図するな!お前らは私のサポートに徹しろ!』
「……大変みたいですね」
「いつものことだ」
どうやら、通信機越しに聞こえてくるやり取りは希じゃないらしい。
だが、ランディが言っていた成獣を狙うという方針をロクストン卿は完全に無視しているようだ。おそらく幼獣の方が逃げ足が遅くて狙いやすいんだろう。
「どうする?お前さんも参加するか?」
「冗談でしょ?弱い物いじめには興味ありません」
「おい、どうやら俺たちは希なお客さんとご一緒してるようだぞ!」
ランディの言葉に同乗していたガイド達がどっと笑い声を上げた。
つまり、彼らもファルナスに雇われたガイドの立場ながら、チューリングでのハンティングレジャーに思うところがあるってことなんだろうね。
私がそんな事を思っているうちにもバギーは進み、先行車両はトライコンの群れの中に突入してロクストン卿とマーガレットが銃を乱射し始めた。
だが機敏に逃げるトライコンを動くバギーの上から射撃するという悪条件のせいか、今のところ一発も命中していないようだ。
マーガレットは散弾銃なのに遠方へ逃げ去った雄親を狙っているけど……あのおばさん、銃の特性も判ってないんだろうか。
そんなありさまを見かねたのかバギーの後部座席に乗っていたガイドの1人がライフル型のブラスターを手に、近くにいた幼獣の足を掠めるように撃った。
転倒こそしないが幼獣の移動速度が目に見えて落ちる。
『卿、あの獲物をお願いします!』
『任せたまえ!』
格好を付けてそう言った割にはロクストン卿は2発外し、3発目でようやくトライコンの幼獣は倒れた。
そして……マーガレットは倒れた幼獣に向かって散弾を撃ち込んでいる。
なにやってるんだ、あのおばさんは……。
後続の私達がロクストン卿に追いついた時点で他のトライコンは逃げ去っていた。
だが、ロクストン卿は倒した幼獣の前で勝ち誇るように宣言した。
「このロクストン卿が恐ろしい獣を倒したぞ!いや、正義のハンティングは楽しいな!」
逃げ回る草食獣の幼獣を、ガイドのアシスト付きで倒したとは到底思えない台詞。
だが、ロクストン卿のその台詞こそが、このハンティングレジャーという惑星の在り方……あるいは歪みを象徴しているように思えてならなかった。
その後、トロフィーが欲しいというロクストン卿の要望に答えてガイドは幼獣の角を切断した。
手渡された小枝のような細い角に、ロクストン卿がどんな栄誉を感じているのか……私にはまったく理解出来なかった。




