#7
>>Iris
ハンティングベースの地下は予想していた通り酷い場所だった。
地上階とは違ってかなり天井の高い空間にはいくつもの檻が設置されおり、中には様々な原生生物が生け捕りにされている。
その多くは私達の姿を見ると威嚇したり、騒いだり、あるいは怯えたりしている。
ファルナスはそれらの騒ぎを無視して地下の奥へと進んでゆく。気は進まないが、私とトワもその後を続く。
トワに視線を送ると、マリエッタは帰らせたと一言だけ言った。展望レストランでの出来事を考えると、私もそれが正解だと思った。
やがてたどり着いた地下の最奥には、小さな檻が2つ置かれていた。
中にはどちらも先ほど見たカリオンが閉じ込められている。
先ほど見た頭部から受ける印象そのままの小型原生生物。他の巨大な原生生物とは異なり体長は50cm程度と小さく、小型で丸みを帯びた体型。
柔らかい皮膚と大型の耳をもつ生物はとても強敵には見えなかった。
「これがカリオンですか?」
「ええ、そうです。どうですか?実に強敵でしょう」
「そうは見えませんが」
「なに、実際に狩りに出ればわかりますよ」
そう言うとファルナスはカリオンの檻を蹴った。
無意味な暴力に私もトワも眉をしかめるが、ファルナスはそれに気付かない。
ファルナスが檻を蹴った音に反応して周囲にいた他の原生生物たちが騒ぎ出した。
檻に体当たりするもの。
鳴き声を上げるもの。
立ち上がって威嚇するもの。
だが……私は違和感を感じた。
なぜなら、目前の檻に囚われているカリオン達は、檻を蹴られた当事者であるにも関わらず、怒りもせず、怯えもせず、ただ大きな目でじっとファルナスを見つめるだけだったから。
その後、地上へ引き返す道すがら、私はファルナスに何故原生生物を生け捕りにしているのかと問うた。
その答えは、生態研究と、面白い生物がいれば輸出するためというものだった。
「生体の輸出は、持ち込み先の生態系保護を理由に禁止されているのでは?」
「お題目ですよ、それは」
多くの惑星では他の星からの生体……特に「原生生物」の持ち込みが厳しく禁じられている。
というのも外来の原生生物は持ち込んだ先の惑星固有の生態系を破壊する危険性が高いからで、恒星間取引を主たる業務とする私達のギルドも当然この原則に従っている。
だが一方でファルナスが言うように、それは建前に過ぎない。
言い換えれば、人類の都合で作られた欺瞞だ。
そもそも「原生生物」とは、人類が入植時に持ち込んだ「家畜」とは異なる、その惑星固有の生態系全般を指す分類だ。
しかし人類が運んできた牛や豚、鶏といった家畜もまた、その惑星にとっては他の惑星から来た「外来原生生物」にすぎない。
つまり原生生物持ち込みのルールは、そもそも矛盾をはらむ形骸化したルールなんだ。
いや、それ以前の問題がある。
たとえ一切の家畜を持ち込まずとも……生態系を自らの都合でねじ曲げる、最悪の原生生物が存在する。
そう。それは、「人間」だ。
人間がその星に入植しているのだから、「原生生物の持ち込み禁止」などという規則自体、結局は人間のエゴに他ならない、全く無意味なルールなんだ。
だが、それでも……積極的に他惑星の原生生物を持ち込むことは好ましい事ではないし、ファルナスのように公然と持ち込みを行うというのは許される事ではない。
私はファルナスに警告を発しようかと思ったが……思いとどまった。
なぜなら今の私はギルドの管理官としてファルナスに接しているのではないから。
そう、あくまでも私の立場はトワの付き人という設定だから、切り札はまだ温存しておくべきだと考えて。
その後、私達はファルナスに一応礼を言った上で、長旅で疲れたので今日は休むこと、そしてスパリゾートを利用させて貰いたいことを伝え、了承を得た。
正直、体の疲れはたいしたことがないけど、精神的に疲れた。
直近の3ヶ月間を牧歌的なヴェルデナで過ごしていたせいか、久しぶりに感じるドロドロとした欲望の渦中に身を置く感覚は……それがギルドの管理官としては日常的なものだとは判っていたけど、それでもどうも不快でたまらなかったんだ。
展望スパへ向かうとマリエッタがタオルと着替えを用意してくれていた。
私達の表情を見て少し心配そうに眉を下げるマリエッタに大丈夫だと一言声を掛け、私達は未開の密林と大洋を望む展望スパへと足を踏み入れた。
しばらく後。スパから出た私達はタオルを巻いただけのあられも無い姿で脱衣場に集まり、脱力していた。
確かに展望スパからの眺めは良かったし、設備も清潔で充実していた。大浴場はもちろんのこと、ジャグジーにサウナ、打たせ湯というものもあった。
だけど……。
「なんか違う」
「マリエッタもそう思いますぅ……」
「じゃ、せーので感想言ってみよっか?」
「うん」
「せーの」
「「「落ち着かない」」」
そう、落ち着かないんだよ、ここのスパ!
入る前からある程度予想はしていたけど、予想以上にスパの中がゴージャスでラグジュアリーなんだよね。
クリスタルやゴールドを使ったバスタブとか、見てる分には物珍しいけど入ってると傷でも付けないかと気が気じゃないし。
ここを利用するセレブはあんなのを好むんだろうか?
私達が庶民感覚すぎるだけなんだろうか?
ついそんなことを考えてしまう。
「うう、これならアルカンシェルさんの檜風呂の方が100倍マシですぅ……」
「檜風呂は落ち着く」
「まぁ、アルカンシェルは私達の家だからね……」
「でも、でもですっ!」
へんにょりしていたマリエッタが急に元気になって声を上げた。
自分の荷物の方へ駆けていったマリエッタは小ぶりな箱を持って戻ってくる。
手に持っているのは……保冷箱?
私が何事かと思ってみていると、マリエッタは中からよく冷えた瓶入りのフルーツ牛乳を3本取り出した。
「風呂上がりはやっぱりこれですっ!」
「マリエッタ、天使か」
「いや、これこそ牛乳の神秘じゃない?」
そんなことを言いながら、私達はフルーツ牛乳を飲み干す。
冷たくて優しい味がする庶民的な飲み物は、軌道ステーションで口にしたお高いフェイアリンよりもずっと美味しかった。
翌日。ファルナスからハンティングのお誘いがあった。
なんでも下見に来ているどこぞのセレブが体験狩猟に行くらしく、ギルドの方々もご一緒にどうぞ……とのことらしい。
どうやら昨日、ハンティングトロフィーを熱心に見ていたせいで狩猟に興味があると思われたようだ。
「わたしは、絶対行きませんっ!狩猟とか野蛮ですっ!」
「私、銃苦手」
マリエッタが拒否するのは判ってたし、トワも興味が無さそうだとは思っていた。
私も正直あんまり気乗りしないけど、今回は表敬訪問で来てるからなぁ。相手のお誘いを無碍に断るのも問題があるかもしれない。
なので、私は参加するとファルナスの使いに答えておいた。
念のためと思って持ち込んでいた愛用のブラスター、Xthキャリバーを腰のホルスターに装着して集合場所であるハンティングベースの1Fへ向かう。
まさか狩猟に出るとは思ってなかったからさすがにハンティング用の服装は持ってきてなかったけど、ありあわせでなんとかした。
速乾性のあるオリーブグリーンのパンツとそれに合わせた暗色のタイツはいずれも厚手だけど通気性もあって動きやすいやつ。
トップスは手持ちの中で一番地味な長袖シャツ。
靴はトワとお揃いのワークブーツにした。
帽子があったのは幸いだった。ヒルよけにもなるしね。
うん、年頃の女の子が身につける服装としてはかなり見栄えが悪いけど、仕方ない。
「おや、ギルドの方が同席されると伺っていましたが、まさかこんなお嬢さんとは」
「まぁ……みすぼらしい……いえ、庶民的な装いですのね」
私の姿を見て声を掛けてきたのは、いかにもブランド品だと言うことがわかる派手な色味のアウトドアウェアを身につけた壮年の男女だ。
男性は筋肉を見せつけるためか上はタンクトップだし、女性はボトムスがスカートでこれからピクニックにでも行くのかという装いだ。
よく見ると女性は何故か宝飾品をいくつも身につけていて、ハンティングベース内にジュエリーショップを開設しようと考えているファルナスのビジネス的判断が正しかったことを私は理解した。
「モーリオンギルド所属、アイリスです。ファルナス氏のお招きにて参加させて頂きました」
「ああ、よろしく。私はショーン・ロクストン。ロクストン卿と呼んでくれたまえ。こちらは妻のマーガレットだ」
「ロクストン卿、ご紹介ありがとうございます。マーガレット様、よろしくお願いいたします」
……自分で卿と呼べということは、どこぞの星のお貴族様なんだろう。
星外の……それもギルドの人間を相手に田舎惑星のローカル貴族の威光が通じると思っているあたり、ずいぶん頭が弱そうだ。
普段なら鼻で笑い飛ばす所だけど、今回は表敬だからね。一応相手に合わせておくことにする。
ロクストン卿以外のメンバーが名乗らない所を見ると、残りはハンティング客ではなく、ハンティングベースに所属している「ガイド」なんだろう。
デザインこそまちまちだけど全員野戦迷彩柄で耐候性の高い衣服を身につけている。うん、彼らはベテラン……それも彼らは単なるツアーガイドじゃなさそうだね。
ガイドの説明によると今回は惑星チューリングの環境を確認すること、そして狩りの獲物となる代表的な原生生物の生態確認を行うことが主目的なんだそうだ。
状況が許せば実際に狩りも体験して頂きます、とガイドは言うが……長物のブラスターを構えてはしゃいでいるロクストン卿はまるで話を聞いていない。
この分だと獲物を見かけた瞬間に発砲しそうだね。
意外な事にマーガレットも銃を手にしている。
見たところショットガンのようだけど……あれは実弾銃?
射撃の腕に自信が無いのか、それとも実弾で獲物を殺傷することを楽しんでいるのか。
どちらにせよ、戦闘中隣にいて欲しくないタイプだ。
ロクストン卿達の振る舞いを見て軽い頭痛を感じていると、ガイドの1人が声を掛けてきた。
「ギルドのお嬢さん、武器はどうする?」
「自前のブラスターがあります」
私はそういって後ろを向き、ウエストホルスターに挿してあるXthを見せた。
さすがに銃を抜いて見せる訳にもいかないからね。
「……それ、子供用のブラスターだよな?そんな武器で大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です。私は見学で、狩りには参加しませんから」
「なるほど、了解した」
ガイドは納得してくれたようだけど、マーガレットは私のXthを見て冷ややかな笑みを浮かべている。
おそらく「そんな豆鉄砲で……」とか思っているんだろうな。
「そんな豆鉄砲では身を守ることもできませんよ?」
「そう言ってやるな、マーガレット。庶民を守るのも貴族の務めだ」
本当に口に出して言ったよ、このおばさん。
いや、まぁいいけどね。




