#5
>>Iris
緒戦は私達の勝利だ。
まぁ、別に私達はファルナスに勝つためにここへ来た訳じゃないんだけど、失礼な事をされてそのままにしていたらそれこそギルドの威信に傷が付くからね。
あれはこの面倒くさいミッションに対して感じているストレスの発散ではなく、ギルド幹部として正当な制裁行動。
私は自分自身にそう言い聞かせた。
何やら毒づいていたファルナスを放置して、私達は勝手に軌道エレベータに乗り込み、チューリングの地表を目指す。
通常、開拓初期の惑星に設置される軌道エレベータは若干乗り心地が悪い単分子ワイヤーを使った仮設型のものが主流だけど、チューリングでは利用客が殆どいないにも関わらず本格的なフォトンレールを使った軌道エレベータが設置されている。
先ほどの成金趣味の軌道ステーション同様、どうやらファルナスは随分と熱心に初期投資を行っているようだ。
軌道エレベータの降下先は密林から突き出した半島の先端部分だった。
チューリングには原生生物が多いし、外敵の侵入を防ぐ意味では陸地の真ん中に拠点を設けるのではなく、侵入経路を限定できる半島を選ぶのは妥当な判断だね。
ただ少し気になったのは、地表の拠点以外に小型の浮遊プラットフォームらしき物がいくつか宙に浮かんでいるということ。
浮遊プラットフォーム自体はそう珍しいものではないけど、あれを空中に浮かべておくには結構なエネルギーが必要だ。
普通は災害時に応急的な拠点を現地に設置する場合に用いられるものだけど……見た限りでは地表で浮遊プラットフォームが必要な異常が起きているようには見えない。
それなのに複数、プラットフォームが浮いている。
「アイリスさん、あれ……お家が載ってますよっ」
「……ほんとだ。しかも結構な豪邸?」
マリエッタが言うように各浮遊プラットフォームの上には災害対策拠点のような実用的な建造物ではなく、ラグジュアリーな豪邸が、それも各プラットフォームに一つずつ載っている。
「もしかしてあれ、移住者用の住宅?」
「ですね。馬鹿みたいですっ!」
手厳しいね、マリエッタ。
でも、いくらハンティングを楽しみたいとはいえ、自宅にまで原生生物が襲撃してくるというのは「レジャー客」にとっては不都合なんだろう。
そういう意味では浮遊プラットフォーム上の邸宅は原生生物からは襲撃されず、こちらからは攻撃可能で理想的な砦になり得る、という訳か。
浮遊させておく維持費はすごいことになりそうだけど、セレブなら何とでもなるんだろうな……。
そんな事を思いながら、私達は地表へと降り立った。
軌道エレベータの終着点は地上駅ではなかった。
いや、地上ではあるんだけど。通常のように地表への出口がある駅舎ではなく、大きな建物の屋上に降着する形になっていたんだ。
掲げられた表示にはここがハンティングベースと呼ばれる場所だと記されている。
つまりチューリングは住民が入植して生活拠点を築くための惑星ではなく、純粋にハンティングのためだけに設けられた場所ということなんだろう。
表示を頼りに私達はギルド支部……いや、4日後の式典までは一応、出張所という扱いになっている場所へと向かう。
ハンティングベースは10階建ての建物になっているようで、ギルド出張所はその最下層、1階に設置されていた。
エレベータで降りた最下層はこれまでのセレブリティな空間とは異なり、野戦基地のような雰囲気だった。
「なんとなく故郷を思い出すね……」
「うん。あのフォトンバギー、見覚えある」
そう言ってトワが指さしたのは、私達の故郷にも配備されていた荒地走行仕様の中型バギーだ。
そういえばアレに乗ってジョッシュ達と四つ脚を狩りに行ったのが旅の始まりだっけ。
そんな事を思いながら周囲を見回す。
ハンティングベースの1階は外部への出口が設けられており、複数のバギーやビークル、VTOL型とおぼしき小型のエアロプレーンが駐機していた。
奥の方にずらりと並んでいるのはガンロッカーだろうか。
うん、見るからにここから狩りへ出発しますという雰囲気を醸し出している。
たぶん、これはファルナスによる意図的な演出だろうね。
「アイリスさんっ、あっちにギルドの紋章が掲げられてますっ!」
マリエッタが指す方向はガンロッカーが並ぶ列の外れ。
そこには黒水晶を象ったギルドの紋章を掲げたカウンターがあった。
ギルド出張所の位置が判ったので私はマリエッタに小声で確認する。
「で、どう?」
「はい、ギルドからも、ファルナスからも」
「そっか、じゃあここの分だけカットで」
「?うちの分は良いんですか?」
「真面目にお仕事してるって伝えないとね。じゃ、そういうことで早速ここの分だけカットしてくれる?」
私達が話しているのは盗聴の話だ。
事前に打ち合わせしていたとおりにマリエッタはギルドの施設周辺の盗聴状況を確認してくれていた。
結果はギルド……要するに統括局が行っているいつもの監視盗聴と、ファルナスが行っている盗聴の双方が検出されたとマリエッタは報告してきた訳だ。
で、私はファルナスの側の盗聴だけをブロックするように指示を出したんだ。
だってここにいる間、ギルドに聞かれて困る話はしないからね。
だけどマリエッタは私の指示にそっと頭を振ると、悪い顔で言った。
「もっと良い方法、ありますっ」
そう言うとマリエッタは私の耳許に口を近づけ、自分の考えを提案してきた。
マリエッタの計画とは、ファルナスの盗聴を完全に防止するのではなく、盗聴システムをオーバーライドしてダミーの会話を流すというものだった。
不自然に音声が途絶えると人を送って監視してくる可能性があるので、連中には盗聴できていると思わせる偽装工作を仕掛けるらしい。
そしてそれは単なる盗聴ブロックよりも格段に難易度が高いけど、マリエッタになら出来るのだろう。
「わかった。じゃ、やって」
「はいっ」
そう言うとマリエッタは携帯端末に軽く手をやり、すぐに完了したと報告してくる。
どうやら最初からそのつもりで準備をしていたらしい。あまりの手際の良さに半ば呆れながら、ふと思い立ってマリエッタに何の話を流すのか確認してみる。
すると……。
「牛乳の神秘の話ですっ!」
斜め上の答えが返ってきた。
牛乳の神秘というのは、以前寝不足のトワがマリエッタに送った謎の言葉で、口にしたトワ本人も意味がわからないと言っていた。
それを盗聴音声に乗せて流す?
「意味ありげな言葉だから、ここの人はきっと暗号だと思って解析しますっ。けど、意味が無いから……諜報リソースを大幅に浪費させられますっ!」
そこまで考えて欺瞞音声を流すというマリエッタに、私は心底この子が自分の味方で良かったと思った。
その後、私達はフラフラとビークルを見に行っていたトワを呼び戻し、ギルドの出張所へ足を運ぶ。
ファルナスの盗聴は封じているのでここでは普通に身分を名乗っても問題無いだろう。一応、私はここへ管理官の仕事として来てるんだからね。
ギルドの制服を着た私とマリエッタが入ってきたことで、出張所のスタッフは一瞬怪訝な表情を浮かべ、そして事情を理解したいう表情を浮かべた。
だけど私達の後ろからトワが入ってきたことで、再びその表情は怪訝げなものに戻った。
うん、判るよ、その気持ち。
私もマリエッタも背が低いから、ぱっと見は未成年に見えるからね。いや、マリエッタは実際未成年だし。
けど私がギルド章を示したことで要請していた式典の来賓であるギルド幹部が到着したのだと彼らは理解した。
そのあとに後ろからどこかの女神のような格好をしたトワが入ってきたことで彼らは混乱してる。……まぁ、そんな所だろう。
とりあえず、彼らの硬直を解かないといけないので、私は少し大きめの声で名乗った。
「アイリス・ブースタリア二等管理官です。統括局からの依頼により参上しました。こちらは私の専属秘書官であるマリエッタ。後ろにいるのは私の妹、シンガーのトワです」
「ああ、お話は伺っております、ブースタリア管理官。遠路はるばるお越しいただき感謝いたします。ですが、その、トワさんのお姿は……?」
うん、トワが着ている「巫女様の服」ってギルドの関係者以外にはシンガーっぽい服装に見えるんだけど、ギルド内部の感覚だと何その格好?ってなるんだよね。
だってギルドではシンガーの行う調律って日常業務でしかないから、普通はギルドの制服か私服で行うものだから。
なのでこんな儀式的な服を着ることなんて普通に考えたらありえないからね。
どうしてギルド内部の人間である私が外部の人が巫女様の服に持つ印象を理解しているかというと……それは謹慎中にせっせと行っていたペンパルとのやり取りのおかげだ。
一般の人がギルドのシンガーに持つイメージはとにかく「謎」の一言で、神秘的、怪しい、不可解という形容詞が並ぶ、不思議生物や珍獣の類いだと思われている節があった。
だからこそ神秘的な服装でシンガーです、と名乗ると一般の人からすればまさにイメージ通り!となる訳だ。
「トワの服装は惑星ヴェリザンで用いられている礼装です。お気になさらないでください」
「……承知しました」
あんまり承知していない様子でそう答えた責任者の人に、私は宿舎を用意して欲しいと要望を伝えた。
ファルナスの宿舎は信用できないと伝えると、責任者は苦笑いする。どうやら彼も思い当たる節があるのだろう。
「それにしても要請から数日で管理官が派遣されるとは、ギルドは本当に超光速船を保有しているのですね。亜光速でしか移動できない平職員としては羨ましい限りですが」
「いえ、逆に休暇の最中に呼び出されてあの星へ行け、次はその星だとこき使われますよ」
「ははは、それは願い下げですな。それに、超光速船が一般化すればここのような歪な星が増えてしまうかもしれませんし」
アドルと名乗った責任者の人の言葉から推測するに、どうやらここの人達はファルナスと直接的に関わりのある人間ではなく、単に出張所の運営のためにチューリングへ派遣されてきた一般のギルド職員なんだろうと私は思った。
そしてアドルさん達はチューリングの状況を必ずしも好ましいとは思っていないであろうということも。
だが、それ以上踏み込むと内政干渉になりかねないから、私達はチューリングへの批評はそこまでに止めて式典までのスケジュールを確認する実務的な内容へと話題を切り替えた。




