#3
翌日、アリサはテレジアと共に行動を開始した。
まずはジャックのクローンを追い、証拠を掴んだ後にアステラメディカを叩く。
テレジアが情報提供者がいるといって案内したのは店頭に「謹慎処分セール ただ今謹慎中」の表示を燦然と輝かせた、ブティックの前だった。
「……この文言、誰が考えたのですか?テレジア、あなたですか?」
「いえ、ここの親会社であるクロレスのCEOですよ」
クロレス社はペレジスでも有数のアパレルメーカーで、アリサ達が今いるブティックもクロレスが展開するブランドショップの一つだ。
テレジアの指示で動いているであろうCEOが、こんな悪ノリした文言を考えたというのなら……一度殴って泣かせてやろうとアリサは心に誓った。
だがアリサの誓いは、意外なほど早く果たされた。
殴るまでもなく、クロレスCEOは泣き出したから。
「母さん……!」
「え?……もしかして、ジョルジュ……ですか?」
「そうだよ、僕だよ!もうこんなオッサンになったけど!」
クロレスのCEOはかつてアリサが孤児院で慈しみ、そして社会へと送り出した孤児の1人、ジョルジュだったのだ。
既に壮年に達したジョルジュだが、アリサとの再会を喜び、まるで子供の頃のように涙を流した。
アリサはすっかり大きくなったジョルジュに抱きしめられながら、そういえばこの子はこういう悪ふざけが好きだった、と思い出していた。
「それで、ジャックの件だよね、母さん?」
しばらくして落ち着きを取り戻したジョルジュはアリサを執務室へ案内し、再びアリサの事を「母さん」と呼ぶ。
それはアリサの孤児院における不文律として定められているルールによる呼び方だ。
ペレジスの住民達が「アリサの子供達」と呼ぶ孤児達は、孤児院にいる間はアリサの事を「ママ」と呼ぶ。
これはペレジスにおいて崇拝対象と見なされているアリサが、自身と子供達の間に垣根を作らないためにあえてそう呼ばせているためだ。
だが、15歳を迎えて成人した孤児達は……独立した個人であり、アリサの庇護下から離れることになる。だからアリサは、成人した孤児達にはママと呼ぶことを禁じていた。
しかし最初にアリサの孤児院を卒業した子供達は考えた。
自分達を育ててくれた母親はアリサだと。
だから彼らは成人後、アリサの事を「ママ」ではなく「母さん」と呼んだ。
そして、その呼称は今なお伝統として続いている。
「ええ、ジャックの情報を持っているとテレジアに聞いて……というかテレジア?ジョルジュに話を聞くならわざわざここへ足を運ぶ必要が無かったのでは?」
「いえ、保護者による子の職場見学です」
真顔でそういうテレジアがどこまで本気でそう言っているのか、付き合いの長いアリサにも量ることができなかったが、ジョルジュが持っていた情報は確かに有益なものだった。
「……つまり、34着を納品した、と?」
「そう。奇抜な服装を全く同じデザインとサイズ……それも標準体型じゃないもので34着だからね。そりゃ店員だっておかしいと思うさ」
「ではそのデザインも……」
「ああ、先生が持ってきたジャックの服、確かにうちで製造したものだった」
テレジアが30年ぶりに出没したジャックを疑いなく本人だと判断したのには理由があった。
それはジャックが身に纏っていた、無数の鋲が打たれたパンクロッカー風の衣装、それも病的なまでに痩せたジャックの体格に合わせたその衣装は、単なる模倣者では再現し得ないものだったのだ。
ーーなにせジャックの姿を直接見た者で生き残っていたのは、アリサとテレジアの2人だけだったから。
1人目のジャックを倒したテレジアは、冷凍保存されていたジャック本人がエピテーゼ手術かクローン移植で腕を取り戻したのだろうと考えた。
だが、再び現れたジャックは同じ服を纏っていた。最初のジャックは間違い無く衣装ごとテレジアが焼却したにもかかわらず。
だからテレジアはジャックがその衣装と共に量産されていると踏んだ。
どこで衣装が作られているのかは調べるのは大変だろうが、販売元を掴めばジャック……つまりクローンマフィアに繋がる手がかりが得られるだろうと。
だが、調査は一瞬のうちに終了した。
なぜならクローンマフィアが身に纏っていた衣装には、ご丁寧にクロレス製であることを示すタグが付いていたからだ。
「34着が納品され、すでに2着分のジャックは処理済み、ですね」
「はい。残りは最大で32体です。服の追加注文が無い限りは」
「余所のアパレルメーカーで作られている可能性は?私とジョルジュの関係を知ればクローンの個体数を欺瞞するために発注先を変えてもおかしくはありません」
「ああ、それは大丈夫だよ、母さん。このリベット、うちの特別製でね。それも50年ぐらい前の金型を使わないと作れないんだ。ざわざわざリベットまで指定してきたから、他じゃ無理だと思うよ」
「なるほど。ではその発注者というのが……」
「アステラメディカの関係者です。もっともペレジスで全身クローンを作る装置を持っているのはアステラメディカぐらいなので、クローンマフィアが出てきた時点でクロですが」
「発注書を持ってきたのは若い女、服を引き取りに来たのはアステラメディカの社用ビークルだったよ。ただ、うちの店員が言うにはどちらも挙動不審だったらしいけど」
リベットまで再現させる拘りがジャックのものなのか、それともアステラメディカのものなのかは判らなかったが……ともあれ発注元と個体数がおおよそ把握出来たことは収穫だった。
衣装に関わったアステラメディカの社員が挙動不審だったということは、それがジャックのものだと知っていていたからだろう。
だが、アリサにはもう一つ気がかりな点があった。
それはジャックの二つ名である「ブレード」に由来するものだ。
「テレジア、クローン体はやはり『ブレード』を?」
「はい。あの忌々しくも騒々しい武器を持っていました」
ジャックが使う武器は高周波ブレードと呼ばれる独特なもので、実体剣を高速で振動させることで破壊力を増すという物騒な代物だった。
起動時に独特の高周波音をまき散らすことから暗殺向きの武器とは言えないが、ジャックはこの武器を好んで使っていた。
そして高周波ブレードこそがアリサとテレジアがジャックに苦戦した原因でもあった。
当時2人が使っていた実体剣は、ジャックのブレードと打ち合うと数合で破砕されてしまったから。
いくらアリサでも素手で高周波ブレードに立ち向かうことはできず、結果としてアリサもテレジアも幾度も手傷を負うことになった。
最終的にアリサはギルドの備品室からC3加工用の音波カッターを持ち出し、エネルギー刃でジャックに対抗することで勝利を収めたのだった。
アリサが当時の事を思い出して憂鬱な気分に浸っていると、前触れも無く乱暴に執務室の扉が開かれた。一瞬、敵の襲撃かと身構えるアリサ。
「ジェジェ兄ぃ!お袋が帰って来てるって本当か!」
口調はがさつな男性のそれだったが、言葉を発したのは年若い女性だった。
二十歳過ぎ……いや、アリサの記憶では22歳になったばかりの、クセのある赤毛をポニーテールにまとめたアリサより少し背の高い女性。
「オリヴィエ、もう少しおしとやかになさいといつも……」
「お袋っ!なんでここにっ!」
そう言ってアリサに抱きついた女性――オリヴィエもまた、「アリサの子供達」の1人だ。
オリヴィエはアリサがペレジスを発つ前年に成人を迎え孤児院を巣立っており、ジョルジュにとっては同じ孤児院出身で少し年の離れた妹分にあたる。
彼女は小さい頃から「ママみたいになりたい」と口にしていて、ジョルジュ達はがさつな性格を直さないと母さんみたいなレディにはなれないと良くからかっていた。
もっとも犯罪被害者の遺児であるオリヴィエが言う「ママみたい」というのは、外見や性格ではなく「悪を懲らしめる正義の味方」という意味だったのだが。
そんな彼女は孤児院を巣立ってからペレジスの警察機構へ就職し、「ママみたいに」なるという夢を叶えていた。
だが今の服装が私服であるところを見ると今日は非番かもしれない……。女性にしては筋肉の発達したオリヴィエに抱きしめられながら、アリサはそんな事を考えた。




