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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第3部序章『行こう、物語の世界へ』ヴェルデナ-再翔の惑星
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#2

 真顔でテレジアが語った言葉に、アリサは間の抜けた返答しかできなかった。

 一瞬、テレジアが真顔で冗談を言っているのかと思ったアリサだが、テレジアはお約束の「てへぺろ」と続けない。

 つまりそれはシリアスな話ということだ。


 アリサはしばらく黙考し、クローンマフィアという言葉のイメージを脳内で構築しようとする。

 同じ顔、同じ服装をしたマフィアがずらりと並んだシュールな光景。


 何のために?

 小首をかしげながら、なんとか言葉を絞り出す。


「……マフィアを……クローンで増やして、人手不足の組織が兵隊にしている、と?」

「概ねその理解で間違いありませんが、おそらくアリサ様のイメージしているものとは違います」

「と、いうと?」

「量産されているのは……『ジャック』です」

「……!」


 ジャックという名を耳にしたアリサに緊張が走る。

 テレジアの言うジャックとは「ブレード・ジャック」の事だと気付いて。


 ブレード・ジャックはとある薬物カルテットの用心棒にして暗殺者だった男だ。

 ペレジスの警官やギルド保安部の隊員を十数名人も惨殺した恐るべき手練れで、アリサとテレジアは幾度となくジャックと対峙した。

 最終的にアリサが勝利し、両腕を失ったジャックが裏社会から姿を消したのが30年ほど前の事だろうか。


 テレジアは、そのジャックがクローニングによって量産されていると言う。


「それは事実ですか?」

「はい。両手の生えた、30年前と同じ風貌のジャックと2度交戦しました」

「交戦って、テレジアっ!?あなた、無事で……いえ、無事なのは見れば判りますが……」


 アリサが動揺するのも無理はない。

 いくら若く見えるとは言え既にテレジアは76歳の老人だ。

 現役時代はアリサと比肩しうる剣の使い手だったにも関わらず、当時ですらジャックと単独で渡り合うのは困難だった。


 なら、交戦というよりも遭遇戦を躱して逃げ延びたということだろうとアリサは理解する。


「良く逃げ切れましたね。あの男、相当にしつこい性分だったのに」

「いえ。二度とも確実に『処分』しました。それ故に、量産型であると確証を得ました」

「テレジアぁ!?」

「これでも鍛錬は続けていましたので」

「いや、加齢は鍛錬でどうにもならないでしょう!?あなた、70代後半の後期高齢者ですよね!?」

「ギルドの元同僚には良く『年齢より若く見えるね』と言われております」

「それ、若見え化粧品の胡散臭い利用者の声じゃないですか!」


 確かにアリサもテレジアが実年齢以上に若く見えること、そして6年前から全く外見が変わっていないことが気にはなっていた。


 テレジアはアリサから見れば母方の再従姪……母親の従姉妹の孫にあたる、遠い血縁者だ。

 そしてテロマー因子は遺伝によって発現する。


 ……と言うことはテレジアもテロマー?

 いや、それはない。もしテレジアがテロマーなら70歳程度の年齢ならまだ子供の外見のはずだから。

 そう、すでに140歳を超えた今の自分が10代の少女の姿であるように。


 そこまで考えたアリサはある事に思い当たった。

 確認する必要がある。

 そう考えたアリサはテレジアに言った。


「テレジア、脱いでください」

「アリサ……様?今、なんと?」

「ですから、服を脱げと。上だけで結構です」

「ちょ、いくらトワ様に振られて欲求不満だからと……」

「余計なお世話です!というか振られてません、私の中では!」

「それ、客観的に評価すれば振られ……ちょっと、アリサ様っ!」


 アリサは抵抗するテレジアを押さえつけ、上着を無理矢理脱がせた。

 もちろん、70代の女性が身につけるようには思えない、上品で華麗な下着には手を付けないが。


 アリサは露わになったテレジアの腕部や腹部に手を当て、筋肉の付き方や皮膚の張りを確かめる。

 顔面はエイジングケアでいかようにも誤魔化すことができるかもしれないが、腹部や腕部をエイジングケアする者はまずいないし、そもそも筋肉はエイジングケアできない。


 しばらくテレジアの体を検分していたアリサは呟いた。


「テレジア……あなた、40代後半ぐらいで老化がほぼ止まってますね?」

「……そうなんですか?」


 どうやらテレジアは自分が特異な状態にあることに気付いていないらしい。

 いつもは凛々しいテレジアが、きょとんとした顔をしているのがその証拠だった。


「何で気付いてないんですか!大体、70代で剣を振り回してあのジャックを撃退してる時点であり得ないでしょう!」

「いえ、日頃の鍛錬の成果だと……」


 アリサは思い出した。

 テレジアは有能な女性ではあるが、時々――特に自分自身に関する事柄には――天然な面を見せていた事を。

 おそらく、本気で今の自分が戦闘に耐えうるのは鍛錬の成果だと信じていたのだろう。


 アリサはさらに状況を深く考える。

 テレジアのこの若さの原因は何だろう、と。

 鍛錬……は、確かに多少は影響があるだろうが、鍛錬したぐらいで若さが保てるならアスリートはみな不老長寿だ。


 テロマー因子の影響?それにしては発現が遅い。

 40代ということは……テレジアが自分と共に「趣味」の活動に力を入れていた時期。


 そう、ジャックと戦ったのはその時期で、あのときテレジアはジャックの刃を受けて大怪我をして……そして、私の血を輸血……し、た。


「それですっ!」

「どれですか!?」


 少し頬を赤らめながら服を着ていたテレジアがヤケクソのように答える。

 そんなテレジアに、アリサはかつて負傷したテレジアに自分の血を輸血したことを思い出させた。


 そう、輸血だ。

 アリサはテレジアに自身の血を分け与えた。何度も。


「……確か、アリサ様の血を頂いた時は回復が早くて……その後しばらく戦闘力も上がっていましたね。ジャックに勝てたのもそのブースト効果あっての事でしたし」

「あの時は輸血の効果は一時的だと思っていましたけど、もしかしたら何度も輸血したことで貴女の体内にあるテロマー因子が発現しているのかもしれません」

「……私に、テロマー因子が?アリサ様と、同じ?」

「後天的ですから、完全なテロマーになった訳ではないと思いますが……。テレジア、そういえばギルドを辞めてからは病気にかかったこともありませんでしたよね?」

「ええ、おかげさまで。健康管理には注意していましたから」

「それ、テロマー由来の病気耐性です!」


 そうか、そういうことか。

 アリサは納得すると同時に、少し嬉しく、そして恐ろしくなった。

 自らの血が大切な「家族」を生きながらえさせることへの喜び。そしてそんな彼女を変えてしまった事への恐怖。


 むろん、この話はアリサが推測しているだけで具体的な裏付けのあるものではない。

 そもそもテロマー因子なるものもペレジスの研究者達が仮説として提唱しているだけで実際にそのようなものが発見されてはいないし、テレジアの状況についても精密検査を行ったわけでもない。


 だが、それでも……アリサは自分の行いがテレジアに与えた影響を考えると、平静を保つことができなかった。


「あの、テレジア……ごめんなさい」

「ええ、もっと謝ってください」


 テレジアのその言葉にアリサの胸の奥に痛みが走る。

 やはり、自分の行いはテレジアを傷つけ、怒らせていると思って。


「ごめんなさい、私テレジアにとんでもない事を……」

「まったくです」

「どうお詫びをすれば……」

「あなたという人は……。まったくいきなり服を脱がせるとか、破廉恥にも程があります」

「……は?」


 テレジアの言葉に、アリサは再び間の抜けた声を出してしまった。

 自分がテレジアの命を勝手に変質させてしまったことを詫びていたはずなのに、テレジアは怒っている理由が先ほど強引に服を脱がせた事に対してだと言う。


「いえ、あの、テロマーの血が……」

「ああ、それは感謝してます。正直な所、あと10年ぐらいでお暇しないといけないのかと諦めていましたので……。おかげで長生きしてアリサ様にまだまだお仕えできて嬉しいです」


 あっさりとそう言い切るテレジアに、アリサは無言のまま涙目で抱きついた。


「ねぇ、ママ……あれ?先生?ママ?何してるの?」

「ママはあなた達と同じで甘えん坊さんなんですよ、キャシー。あと、おやつなら上から3番目の棚の中に入っています」

「はーい、ありがとう先生!」

「……テレジアの意地悪」

「実年齢はともかく、外見的にはアリサ様は私の娘か孫みたいなものですからね」

「……未婚のくせに」

「それはお互い様でしょう」


 そう言ってテレジアは、優しく微笑んだ。

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