インターミッション『娘と息子』ペレジス-神威の惑星 #1
この物語は無期限の謹慎処分という不名誉な扱いを受け、女神が故郷へと帰還したところから始まる。
アリサ・シノノメは惑星ペレジスで産まれ育ったギルドの管理官であるが、同時に彼女は長命種族「テロマー」の一員でもある。
自身が銀河でも希有な存在であるテロマーだということを公表している彼女の事を知らぬ者などこの星にはおらず、本人がどれだけ否定し、拒絶しようとも星の住民はアリサの血統とその永遠性、さらにはかつて星の指導者であった経歴からアリサを「永遠の女帝」と呼び敬愛していた。
だがその永遠は6年前に突然終わりを告げた。
アリサが訳も告げずに星を去ったからだ。
多くの者が彼女が星を離去したことを嘆き悲しんだ。
そして長年アリサに連れ添った専属秘書であるテレジアに、アリサが星を去った理由やいつ戻ってくるのかを口々に問いただした。
その問いに対するテレジアの回答は
「休暇です」
「最低でも600年はお戻りになられません」
と言うもので、アリサを敬愛してやまない星の大多数の住民達を絶望のどん底へと落とし入れ、同時に裏社会の住人達を歓喜させた。
だが、アリサは帰ってきた。
テレジアが告げていた期間の、わずか百分の一という短い期間で。
ペレジスの星都クリスタンティアの住民がアリサの帰還を知ったのは、大通りに面したいくつかの大型店舗が開催した帰還セールの告知を介してだった。
華やかな星都でも特に人気の百貨店やブティック、そして大衆向けの量販店といった様々な店が一斉にセールの告知を行う。
「女神降臨セール 本日より開催」
「アリサ様お帰りなさいセール、始まりました!」
「女帝帰還セール ただいま開催中」
「謹慎処分セール ただ今謹慎中」
当然、それらの告知はテレジアが手配したビークルで孤児院への帰途に就いたアリサの目にも留まった。
華やかなセールの告知をジト目で見ながらアリサは、隣に座ったテレジアに感情を押し殺した声で問う。
「テレジア。あれはどういう事ですか?」
「はて、何の事でしょうか。星の民がアリサ様の帰還を歓迎されているのでは?」
「スリーズ百貨店!クロレス系のブティック!プランマート!全部プランタジネット家が筆頭株主のお店じゃないですか!そもそも私が帰ってくる事を察知してたのはテレジアだけでしょう!」
「……てへぺろ」
「70を過ぎた女性のごまかし方ですか、それ!」
「まぁ良いじゃないですか、民も喜んでくれるでしょうし」
「大体なんですか、あの告知!名前を出したり女神呼ばわりはまだしも、女帝帰還セール!?いえ、それは百歩譲ってよしとしても……なんですか謹慎処分セールって!まるで在庫処分じゃないですか!ただ今謹慎中って、私公開処分されてるんですか!?」
「てへぺろ」
真顔で対応するテレジアに対して、徐々に声が大きくなり最後にはつかみかからんばかりの勢いで憤慨するアリサ。
ビークルの運転手はいつもは冷静で楚々とした印象があるアリサの意外な一面を見たと目を丸くしながら、運転を続けた。
「「「ママ、お帰りなさいっ!」」」
ペレジスにおける自宅である、孤児院へ帰り着いたアリサを出迎えたのは綺麗に揃った3つの声だった。
10歳を少し過ぎたぐらいの女の子が2人、同年代の男の子が1人。
アリサが孤児院で世話をしていた子供達だ。
「ただいま。キャシー、美人になりましたね。マチルダも素敵なお姉さんになっていて嬉しいわ。ジョーイ、ちゃんと2人のこと守ってくれていましたか?」
「「「ママー!」」」
アリサの言葉に3人の子供達は一斉にアリサに抱きついた。
宇宙を旅していたアリサの体感では数ヶ月ぶりだが、惑星上に留まっていた子供達にとっては6年ぶりの再会。
それももう二度と会えないと思っていた「ママ」の帰還だ。感極まって泣き出してしまうのは仕方のないことだろう。
記憶の中にある姿よりもずいぶんと大きくなった3人の子供達を優しく抱きしめたアリサは、玄関の影からこちらを見つめている2つの小さな人影に気が付いた。
小柄な男の子と、少し背の高い女の子。
『ルーミ、7歳。ポール、5歳。姉弟。4ヶ月前に両親が事故死』
アリサが掛けている眼鏡型情報端末に2人の情報が表示される。
アリサの視線を察知したテレジアが送って寄越した、子供達の情報を見て取ったアリサは優しく微笑むと2人に声を掛けた。
「ルーミ、ポール、初めまして。私はアリサ。よろしくね?」
「アリサ……さま?」
「ルーミ?私の事は『ママ』と呼んでくれると嬉しいです。この家の子供達は皆私の子供ですから」
「……ママ?」
「ええ、ポールも」
「ママ」
「はい、よくできました」
アリサはそう言うと年長組をそっとテレジアの方へ押しだし、年少組の2人を抱きしめるために玄関口へと足を運んだ。
ひとしきり子供達とコミュニケーションを取ったアリサは年少組をマチルダ達年長組に任せると自室へ戻り、帯同していたテレジアへと向き直った。
「……それで、状況は?」
「あまり思わしくありません。一部の組織が力を取り戻しつつあります」
「なるほど。それで派手に宣戦布告した訳ですね?」
「はい」
そう言うとテレジアはいくつかのデータをアリサに示して見せた。
グラフに示されたペレジスにおける犯罪発生率は106年前、「ギルド伯」が討たれた年をピークに減少の一途を辿っていたが、アリサがペレジスを発った2年後から徐々に犯罪発生率は再上昇をはじめ、半年前からは急増していることが窺えた。
かつてアリサは公の立場から身を引いた後、個人的な趣味の活動として犯罪組織の撲滅活動に力を入れていた。
薬物カルテットやマフィア、ストリートギャング。
華やかに見えるペレジスの裏社会には様々な悪が蠢いていたから。
長年に渡る趣味活動の結果、多くの組織は壊滅したり力を失ったりした。
その事は犯罪発生率のグラフが示す通りだ。だが、犯罪組織はアリサの不在を良いことに再び力を取り戻しつつある。
そしてテレジアが行った「帰還セール」の告知は犯罪組織に対する宣戦布告……すなわち裏社会の天敵たるアリサの帰還を知らしめるためのものだったのだ。
お前達の「処分」が始まるというテレジアの意図は……間違いなく裏社会の人間達に伝わり、動揺させていることだろう。
「原因は?連中の力は十二分に削いだと思っていましたが」
「どうやら、星外からの『助力』があったようです」
「星外?どこの連中ですか?」
「おそらく、アステラメディカ」
アステラメディカはこの宙域で一二を争う大手製薬メーカーだ。
本拠地はペレジスからずいぶんと離れた星だが、小さな支社がクリスタンティアの市中に、そして郊外には製薬工場と医療用クローンを製造するバイオプラントを構えている。
アリサが知る限りそれらは法的にクリーンなものだったし、アステラメディカ自体も悪い噂のない優良企業のはずだ。
だが、テレジアは根拠も無く誰かを糾弾するような人間ではないことはアリサも良く知っている。
「どのような助力を?ドラッグですか?」
「いえ、クローンマフィアです」
「……は?」




