#16
>>Iris
村へ戻った私はその足でヨーゼフさんにウェンディの件を報告に行った。
ウェンディの容態が安定し、昏睡から覚めたことを聞いてヨーゼフさんはとても喜んでくれた。
ウェンディ個人の話は、リハビリという問題こそあれ峠を越えたと言えるけど、次の問題はトワの行為がこの星の文化と軋轢を起こさないか、ということだ。
少なくともウェンディの所属するコミュニティであるこの村の中ではヨーゼフさんの判断としてウェンディの治療は是ということになっている。
だが、ヨーゼフさんはあくまでも村の代表者で、ヴェルデナ全体から見れば16名いるという評議員の1人でしかない。
問題は他のメンバーが今回の一件をどう評価するか、だが……。
「アイリスちゃん、すまなんだな。難しい舵取りをさせてしもうた」
「いえ、私はなすべき事をしたまでです。ですが今回の件でヨーゼフさんにご迷惑を掛ける事になるのではないかと心配しています」
「……ああ、評議会の件じゃな。どうもトワちゃんが派手に航宙船を飛ばしたせいで星都の方で問題になっておるようでな……明後日に臨時の評議会が開かれる事になっておる」
「ご迷惑をおかけして……」
「なに、アイリスちゃんが謝る必要なぞ欠片も無いし、こちらが感謝する側じゃよ」
ヨーゼフさんはそう言ってくれるが、星全体としての判断がどうなるのかは不透明だ。
私はトワの行いがギルドによるヴェルデナへの内政干渉にならないように立ち回ってきたつもりだけど、惑星の統治機関である評議会から正式に内政干渉の告発を受けると少々難しい立場になる可能性がある。
普段なら何とでも抗弁できる自信はあるけど、今は謹慎中の身だからね……あまり迂闊なことは言えないし、派手に動くこともできない。
「それで、提案なんじゃが……。アイリスちゃんに参考人として評議会へ出席してもろうてはどうかと考えておるんじゃが」
「私を、ですか?」
「うむ。アイリスちゃんがギルドの管理官としてではなく、個人で動いたと言うことをはっきりと証言した方が良いかと思うての」
私はヨーゼフさんの提案を慎重に検討した。
確かに評議会に参加して発言機会を与えてもらえれば、医療に対する忌避感が薄い評議員の支持を得られる自信はある。
だが、私がロビー活動を行うこと自体がヴェルデナへの内政干渉と見なされるリスクが高いし、私が出向くことで保守的な考え方を持つ評議員は態度を硬化させる可能性も高い。
仮に評議会の評決が問題なしとなった場合でもギルドとヴェルデナの間にしこりが残ってしまっては本末転倒だ。
つまり……リスクとリターンを考えるとこの提案、受けない方が有利だと私は判断した。
「ヨーゼフさん、弁明の機会を与えて頂ける事、感謝します。ですが私が出向いて弁解をすること自体が烏滸がましいのではないかと思いますので……」
「そうか、アイリスちゃんがそういうのであれば無理強いはせん。もし何か評議員に伝えることがあれば儂が代わりに発言するが、どうじゃ?」
「では……皆様の裁定に従います、とだけお伝えください」
確固たる自信があったわけではないけど、それがベストの選択であると、私は思った。
その後、私はこれまで通りの生活を続けた。
朝起きて、村の仕事を少し手伝い、食事の用意をしてペンパル達と連絡を取る。
トワがウェンディの所に残ったままなので、牛乳が調達できない事を除けば概ね以前通りの生活だ。
そして4日後……星都から戻ってきたヨーゼフさんから呼び出しがあった。
どうやら評議会での審議結果を教えて貰えるようだ。
少し緊張しながら私はヨーゼフさんのお宅を訪問する。
「わざわざ来てもろうてすまんの、本来なら儂が出向くべきなんじゃが」
「いえ、ご迷惑をおかけしているのはこちらですから」
ヨーゼフさんの表情からは評決の結果がどうなのかを判別することはできない。
結果を早く知りたい気持ちを抑えて、私は冷静な対応を心がける。
しばらく世間話をした後で、ようやくヨーゼフさんが本題を切り出した。
やはりトワが医療技術を持ち込んだことがヴェルデナの評議会で問題視されたらしい。
原理主義的な保守派――不思議な事に、星都の若手評議員らしい――がトワの行いは星の理念である「自然であること」を妨げる、惑星に対するギルドの内政干渉だと訴えたそうだ。
それは私が想定していた議事進行シミュレーションの中で最もリスクが大きいシナリオだった。
先鋭化した自然主義を掲げるその評議員の訴えに対し、無条件で賛同する声は出なかったらしい。
ただ、伝統的な価値観を守るべきではないかという、穏やかだが批判的な声は上がったそうだ。
一方で幾人かの評議員からは伝統的な価値観は大事だが絶対的ではないのではないかと言う疑念が表明されたらしい。
当事者の1人として意見を求められたヨーゼフさんは、ノイシュさんの娘を助けたいという切実な思いを語り「生きたいと願うものの望みを絶つことは『自然』なことか?」と問いかけたそうだ。
ヴェルデナが尊重すべき価値観とは「科学や医療を拒否すること」ではなく「自然との調和を重視し、自然のままであること」ではないのか、と。
その言葉は多くの評議員の賛同を得て、医療に否定的な価値観を持っていた評議員が発言した「生きたいと思うことも、生きて欲しいと思う事も、どちらも人として自然なこと」という言葉ーー奇しくもそれは私がノイシュさんに語ったものと同じだったーーで大勢は決したそうだ。
「……保守派の人も、ですか?」
「あの若造は自分が評議会の主導権を握りたいと思うておっただけじゃよ。ギルドをへこませてやったという実績が欲しいだけの青二才が、表面上の文化を語っても誰にも響きはせん。それにの……」
ヨーゼフさんは続けた。
なんでもその若手評議員は参考人としてカインズ医師を召喚していたらしい。
医療行為の実施はトリリオンによるヴェルデナへの文化的侵攻かと問い詰める評議員に、カインズ医師はタバコを吸いながらこう答えたらしい。
「俺はお前さん達の同胞に頼まれたことをしただけだ。それは俺やトリリオンの責任になるのか?」
いかにもあの人が言いそうなことだけど……ってタバコ吸いながら答弁してたの?
やさぐれにも程があるでしょうに。
だけど彼のその発言はヴェルデナの人が、かつて縁を切ったトリリオンに縋ってでも医療を求めている根拠になり、結果としてカインズ医師を召喚した若手評議員の思惑とは全く逆の効果になったそうだ。
若手評議員は苦し紛れに治療が終わったのにどうして去らない、と聞いたそうだけど。
「おいおい、トリリオンまで歩いて帰れってのか?帰りの船が出るのを待ってるんだよ」
と皮肉たっぷりに答えたらしい。
確かに帰りの船が出なければ帰る手段はないいし、そんなことすら把握せずに場当たり的に質問を行った若手評議員は赤っ恥だったそうだけど。
いや、そこまで心を折らなくても良かったんじゃないかな。




