#15
>>Iris
隔離部屋……いや、ウェンディの病室を出た私は、壁にもたれ掛かって朝日の昇る湖を眺めた。
空気の澄んだこの星の朝日はいつも綺麗だと思っていたけど、今日の朝日はいつもより輝いて見える。
そんな事を考えていると、病室の扉が開いてカインズ医師が出てきた。
「お疲れ様、名医さん」
「おう。だが、今回の手柄はトワのもんだ。俺じゃあの方法は思いつかなかった」
「すごいでしょ、うちの妹は」
「まったくだ」
そう言って私達は笑い合った。
無精髭をはやした厳つい顔つきだけど、カインズは笑うと意外にチャーミングなんだな、と思った。
「それで、この後はどうするの?」
「まずは経過観察だな。意識は戻ったし、あのステージまで進行していたならおそらくセレノイド症候群も根治しているはずだが、念のために予後は見ておきたい」
「根治?ナノマシンって対処療法じゃないの?」
「あの病気は異常たんぱく質が神経細胞を破壊するんだがな、発病因子は神経細胞を巻き込んで自己崩壊するんだ。ウェンディの場合は神経系の殆どがやられてた。ということは発病因子もほぼ自己崩壊済みってことだ」
「昏睡状態まで行ったからこそ、根治したってことか……皮肉なものだね」
「まぁな。だが、あそこまでステージが進むと予後は心配だ。おそらく自由に歩けるようになるまでには長いリハビリが必要だろうよ」
そう言うとカインズはタバコを取り出してくわえた。
正直ヤニ臭いのは勘弁して欲しいけど……まぁ、今は一服させてあげるべきだろう。
「エリーシャに強心剤の打ち方を教えてたのはどういう心境の変化?」
「はて、何の事だ?俺は最適な投与位置を口に出して確認していただけだ」
「なるほど、そういうことにするのね?」
「何のことか判らんな」
これも一種のツンデレってヤツなんだろうか。
いや、でも老齢に達した男のツンデレとかはちょっと遠慮して欲しい。そんな事を思いながら、私は一番聞きたかった疑問を口にする。
「そう。で、帰りは送るけど……いつ頃船を出したらいい?」
「何度も飛んで貰うのは大変だろうからな。お前さん達がここを発つときに送ってくれりゃいいぜ。どうせヴェルデナとトリリオンの間にゃ定期便なんて出てないしな」
言われてみればこの惑星、あえてトリリオンには直行便を定期便として出してないんだよね。
たぶん意地になってるんだと思うけど。
10パーセクの距離は迂回して帰るには遠いし、おそらくそんな事をしたら彼の友人知人も皆鬼籍に入ってしまっているだろう。
トワが無理矢理連れ出したせいで、彼の人間関係が全部断たれるのは正直申し訳なさすぎるからね。
「それはいいけど……私、今無期限謹慎中だよ?明日解けるかもしれないし、100年経っても解けないかもしれないし」
「おいおい、何やらかしたんだよ、英雄サマは」
「んー、全宇宙の人類存亡に関わるようなこと?」
「スケールでけぇなぁ」
そう言ってカインズは笑う。
たぶん彼は冗談だと思ってるんだろうけど……放浪機をペルセウス腕に招き入れかけたことは、実際にこの宙域の人類を滅亡させかねない行為だったのは事実だ。
だが、箝口令を敷かれている私はその事実を話せないし、もとよりこの件は……抗えない滅びの未来の話は人類社会に恐怖と混乱をもたらすだけでしかないから、誰にも話すつもりはないけど。
「まぁ、ウェンディの予後を見て問題無いと判断できるころに謹慎が解除されてたら乗せていってくれ。謹慎が解けてなかったら、トワに送って貰うことにするさ。どうせ今、総合医療センターは次期所長選挙で騒々しい時期だ。一月ほど旅に出てぇと思ってたところだしな」
医療センターの所長選挙と聞いて、私は以前トワに見せられたホロムービー「ホワイトタワー」を思い出した。
さすがにアレはフィクションだとは思うけど、ドロドロしてそうなことは私にも判ったし、カインズ医師はああいうのは嫌いそうだと納得した。ともあれ彼が言うようなタイミングが妥当な落としどころだろう。
その後、拝むような勢いで礼を言うウェンディのご両親にカインズが勘弁してくれ、俺はただの医者でこれは業務だとぶっきらぼうに言ったり、エリーシャが尊敬の眼差しでカインズを見つめたり、トワとウェンディが何故か同じベッドで寝ていたりと色んな事があったが……ウェンディの治療はどうにか一段落付いた。
さて、医療の時間はここまで。
ここから先は……政治の時間だ。
>>Towa
目を覚ましたウェンディと私の関係はペンパルからお友達に変化した。
ウェンディは小さい頃から病弱で外に出て遊ぶことができなかったらしく、友達らしい友達もこれまではいなかったらしい。
だから、文通だけでなくこうやって直接話ができる相手ができたのが嬉しいんだそうだ。
そんな事もあって私とウェンディはすぐに仲良くなった。
もともとペンパルとしても仲が良かったからね。
アイリスは私とウェンディがどことなく似てると言ってたけど……確かに髪の色、私は銀髪でウェンディは薄いグレーだから似てるかな?
と思ったんだけど、ウェンディは無言で私の胸とアイリスの胸を見比べてた。
「そっちか」
「……いや、雰囲気の話だよ?」
その後、アイリスは一旦村へ戻ると言った。
なんでも牧場長、ヨーゼフさんは村の偉い人だったらしく、ウェンディの件を報告しに行くらしい。
私はもう少しウェンディの様子を見ておきたかったから、アイリスに頼んでしばらく牧場の手伝いはお休みさせてもらうことにした。
牛達にとっては人間の都合なんて関係ないから、私の勝手で世話をお休みするのは申し訳ないけど……。
アイリスがブリーズで村へ戻った後、カインズがウェンディに今後のリハビリについて話をすると言うので、私とエリーシャも同席して聞くことにした。
もちろん、本来の同席者はウェンディのご両親で、私達はあくまでも後学のために聞かせて貰うだけだけどね。
ウェンディは神経が損傷する病気だったけど、病気そのものはカインズの治療で治ったからこれ以上悪化することはないこと。
でも、手足の神経にはダメージが残っているからリハビリをしないと自由に歩いたり、手を使ったりできないこと。
リハビリはナノマシンみたいな便利な道具でどうになかる話ではなくて、ウェンディ本人ががんばらないといけないこと。
カインズはウェンディが理解出来るようにかみ砕いてそんな話をした。
「……うん、がんばります」
「おう、がんばれよ。ここからはお前さん次第だからな」
ひとしきり説明が終わり、ウェンディが両親と今後の事を話す事になり、私達は病室の外へ出た。
カインズは早速タバコをくわえて火を付けている。
さすがにウェンディの前では我慢してたみたいだけど……。
私がカインズにタバコのことで文句を言おうかと考えていると、エリーシャが先にカインズに声を掛けた。
「あの、カインズ先生……リハビリもして頂けるんですか?」
「あ?俺は医師で理学療法士じゃねぇ。リハビリはお前さんたちがやるんだよ」
「えっ!?でも、私達は……その、医学とかは判らなくて……」
医学が判らないというより、この星には医学が無いとアイリスが言ってたっけ。
なら、ウェンディのリハビリもカインズがした方がいいんじゃないかと私も思ったけど、カインズの考えは違うらしい。
「運動療法も、マッサージも、温熱療法も、全部お前さん達が既にやってることだろ?何も先端医療の知識が無くても患者の機能回復を手助けすることはできるさ。ああ、ただな。なんでも温めれば良いわけじゃないし、マッサージだって長時間続ければ良いってもんでもねぇ。その辺は……まぁ、俺の知ってることなら教えてやるよ」
「……私達のしていること、無駄じゃないんですか?」
「先端医療は何の基礎も無くいきなり生まれてきた訳じゃねぇ。非効率的に見える療養を行う中から効率的な方法を研究した先人がいて、それを伝え、発達させた結果が俺たちの医療だ。それにな、ヴェルデナにはトリリオンには無いものだってある」
「なんですか?」
「旨い飯だよ!古い医療の考えに『医食同源』ってのがある。病を治療するのも日頃の飯も、どっちも生命を養い健康を保つためには必要なもんって考え方だ」
そこでカインズは言葉を切り、エリーシャを見つめて言った。
「だからまぁ……無い物ねだりじゃなくて、お前さんはお前さんのやり方で星を救う方法を考えてみればいいんだよ。まぁそれでも医学を学びたいって言うなら止めはしねぇがな」
「では……私達にできることを、教えて頂けませんか?」
「俺は教師なんてガラじゃねぇから教えるのは苦手だ。ま、見て学ぶのば好きにすればいいさ」
なんだ、エリーシャに医療は教えないとか言ってたくせに、結局教えるんじゃない。
でも、カインズのそういうところは嫌いじゃないかな。




