#13
>>Towa
目が覚めたのはアルカンシェルの中にある私の部屋だった。
一瞬、今どういう状況なのか判らなくなったけど……ベッドサイドに置いた机の上に、分解したまま放置してある「インターなんとかター」の横に飲みかけのココアが入ったマグカップがあるのを見て、自分がウェンディを助けるために惑星を飛び出していたことを思い出した。
ココア……そういえば眠りに落ちる前、アイリスが横にいてくれたんだけど。
「アイリス?」
呼んでみるけど、返事は無い。
まぁ、部屋の中に姿が見えないから当然だけど。
時計を見ると夜半を少し過ぎたあたり。起きるにはまだまだ早いけど、ウェンディのことも気になるし、私はベッドを抜け出すことにした。
アイリスを探してラウンジや隣の部屋を覗いてみたけど姿が見えない。
ブリッジに上がってサクヤに聞くと、外でカインズと話をしていると教えてくれた。
アルカンシェルを降りてアイリス達のところへ向かおうとしていると、療養院の本棟らしきところから職員らしき人が出てくるのが見えた。
二十歳ぐらいの女の人かな?手に何か持った職員の人はウェンディがいる建物の方へ向かって行くようだ。
私も同じ方向に用があるので少し離れて後ろからついて行く形になる。
と、先にたどり着いた職員の人がカインズに話しかけているのが聞こえた。
「あの、よろしかったらお夜食……」
「ん?ああ、すまないな。おい、英雄さんも食べるか?」
「だから、英雄はやめてって言ったでしょ?」
いつの間にかアイリスとカインズが仲良くなってる。
さすがアイリス、コミュ力の化身だ。
そして夜食……いいな。
でも遠目で見てもあれ、2人分だよね。
私の分、無いよね。
ちょっとしょんぼりしながら見ていると、職員さんがカインズにおずおずと話しかけていた。
「あの……お医者様……ですよね?」
「一日に何度も医者かどうか確認されるのは初めてだが……まぁ、見ての通り、医者だ」
「見て判らないから聞かれてるんじゃないの?」
「うるせえぞ、英雄。で?」
「あのっ、私……エリーシャって言います。ここの療養院で働いていて……」
「まぁ、ここで働いてるのは見れば判るが……で、その療養院のスタッフが何の用だ?飯代ならそこの英雄サマに請求してくれ」
「いえ、そうじゃなくて。……私、病気の人を助けたくて療養院で働いているんですけど、ここでは病気の治療ができなくて」
なんとなく出て行き辛くて物陰に隠れて様子を見ていた私だけど、それまで軽口を叩いていたカインズが目を細めてエリーシャという職員を値踏みするように見たように感じた。
カインズは何も言わずにエリーシャを見ている。
「あの、私に医療技術を……教えて貰えませんか?」
「……断る」
「カインズ先生?」
「エリーシャと言ったな?あんたの志は立派だと思う。だが、この星では無理だ。俺の知っている医療は科学に裏付けられたものだが、この星には検査機器も薬品も無い。俺が教えることのできる知識はここでは役に立たない」
「……そう、ですか……」
「もしあんたが本気で医療を学ぶ気があるならトリリオンへ来い。医学部への推薦状ぐらいなら書いてやる」
そう言うとカインズは話は終わりだとでも言うように手を振り、エリーシャは何も言わずに療養院の本棟へと戻っていった。
アイリスが黙ってカインズを見ているけど……視線が気まずいのかカインズはその場を離れて歩き始めた。
私の隠れている物陰の方へ向かって。
「……おいトワ、立ち聞きか?」
「出るに出れなかった」
「そうか」
カインズはそう言うと懐からタバコを取り出し、火を付けた。
ひとしきりタバコを吸ったカインズは呟くように言った。
「俺のことを酷いヤツだと思うか?」
「別に。間違ったこと言ってない」
「そうか」
「まぁ、言い様はあると思うけどね。トワ?もう眠気は取れた?」
いつの間にかアイリスがカインズの後ろに立っていた。
距離的に当然私達の会話も聞こえてたんだろう。
「まだ眠い。あとお腹空いた」
「うん、そう言うだろうと思ってたよ。遠くから物欲しそうに見てたよね?」
私と同じように夜目の利くアイリスには、立ち聞きしていたことも、それ以前に遠くから夜食を物欲しげに見ていたこともバレバレだったようだ。
アイリスはそう言うとエリーシャが持ってきた籠を私に差し出してきた。
「半分残しといたよ。食べるでしょ?」
「アイリス、好き。カインズも残してくれてる?」
「残してねぇよ」
「カインズは悪徳医師」
「なんでだよ!」
その後、仮眠するというカインズにアルカンシェルのラウンジを提供することになった。
アイリスは船内喫煙厳禁だと言ってたけど……うん、私もアイリスもアリサも、匂いには敏感だからね。
カインズは文句を言っていたけど、タバコは置いていった。案外物わかりは良いのかもしれない。
私がそうカインズを評するとアイリスが言った。
「ホントだね。ナミなんて無断でキセル吸いまくってたけど」
「そうなの?」
「ナミがアルカンシェルに乗ってたとき、ブリッジがタバコ臭かったでしょ?」
言われてみれば少しそんな気もしたけど、ナミがタバコを吸うことを知らなかった私はちょっと意外だった。
未成年喫煙?いや、ナミは2000歳ぐらいって言ってたっけ?
「ああ、それ私もナミに言ったよ。本人は淑女の嗜みとか言ってたけど」
星空を見上げながら夜更かしして、アイリスととりとめの無い話をこんな風にするのは久しぶりな気がする。
なにせ酪農家は朝が早いからね。
最近は夜も自然と早寝だったし。
「いや、だからトワは酪農家じゃないでしょ?」
「また心を読まれた」
そんなことを言ってじゃれ合っているうちに、東の空が少しずつ白みはじめた。
そう広くないウェンディの病室に6人の人が集まっている。
私、アイリス、カインズ、ウェンディの両親。そして何故かエリーシャ。時刻はもうすぐカインズが言っていた夜明けの時間……つまり、ウェンディが蘇生する予定時間だ。
「――という事だ。まぁ細かい理屈はともかくとして、いきなり大勢で声を掛けると患者が混乱する。最初は俺が意識レベルを確認するから、それが終わったら順に声を掛けてやってくれ」
カインズがウェンディ蘇生時の注意事項を説明し、全員がそれに頷いた。
皆が見守る中、昨夜ナノマシンがウェンディを仮死状態にした時のように、細い体がビクンと跳ねる。
私はヘルスモニターのバイタルデータを注視したけど……心電図の描くラインは一瞬だけ小さな山を描いただけですぐに平坦に戻った。
その後も何度かウェンディの体は跳ねたけど、バイタルデータに大きな変化はなく、フラットラインが続いている。
……ダメ、だったの?




