#12
隔離小屋の前で待機していても仕方ないので、ノイシュさんは奥さんが休んでいる休憩室へと向かった。
ウェンディちゃんの容態について説明し、2人で娘の回復を祈るのだろう。
トワは家を飛び出してから一睡もしていなかったらしいので仮眠を取らせることにした。
幸い、アルカンシェルが敷地内に駐機している。
今はヴェルデナに家を借りて生活しているとはいえ、元々私達の家はアルカンシェルだからね。トワにとって一番安らげる自室が近くにあったのは幸いだった。
私はトワに暖かいココアを飲ませ、寝かしつけてから濃いめのコーヒーを2杯入れた。マグカップを手に、アルカンシェルの外……隔離小屋へ向かう。
予想通り、隔離小屋の前でカインズ医師が壁にもたれ掛かってタバコを吸っていた。
「先生、コーヒーはいかがですか?」
「気が利くな、嬢ちゃん」
「お口に合えば良いですけど」
私はそう断ってからマグカップの一つをカインズ医師に渡す。
タバコを片手にコーヒーを一口すすったカインズ医師は、 意外そうな目で私の方を見てきた。
「どうして俺の好みが判った?それに、ここにいることも」
「なんとなく、です」
タバコと身なりの雑さを除けばカインズ医師はどことなく父に似ていた。
だから、父と好みが似ているのかと思って濃いコーヒーを入れてみたけど……正解だったようだ。
そして彼がここにいるのは、誰かが勝手に隔離小屋へ入ってウェンディの治療を邪魔しないように見張ってくれているからだ。
破天荒そうだが、責任感のある良い医師なのだろうと私は思った。
「で、俺に何か用か?」
「はい。お礼とお詫びを言っておこうと思って。妹が無理を言って連れ出したんでしょう?」
「無理というか、あれは無茶だな。航宙船で病院へ乗り付けて、夜間窓口でナノマシンを寄越せと大騒ぎだ」
「……ほんとうに、ごめんなさい」
何かやらかしているだろうとは思ったけど、トワの行動はかなり非常識だったようだ。
頭を下げる私にカインズ医師は愉快そうに笑いながら言った。
「ま、そこまでされたからこそ俺も、またこのくそったれな星まで出向いた訳だが」
「……また、ですか?」
「ああ。また、だ。」
やはりそうか。
私はカインズ医師がノイシュさんやウェンディちゃんの母親に対応する様子がこの星の人々が医療行為を忌避し、医療知識が無いことを前提としていたように感じていた。
そしてその対応は知識としてヴェルデナのことを知っているというよりも……かつて経験したことがあるように思えていた。
つまり、カインズ医師はかつてヴェルデナを訪れたことがあり、医療行為を拒否された経験があるのだろうと私は推測していたんだ。
「何年前ですか?ここを訪問されたのは」
「……俺の時間で34年前だ。ここの時間だと……67年前になるか」
良くあるつまらん話さ、と前置きしてから彼はかつての出来事を語ってくれた。
若く患者を救う熱意に溢れていた当時のカインズ医師は、医療技術が未発達な惑星ヴェルデナで多くの患者が治療を施されずにただ死を待つ状態であることを知った。
周囲の反対を押し切り、単身ヴェルデナを訪れ死にゆく患者達を救おうとしたカインズ医師だったが……自然主義を至上とする住民感情や医療への無知さが壁となり、誰1人助けることが叶わなかったそうだ。
そして失意のあまりトリリオンへ戻り、荒れた生活を続けながらも……医師であることだけは辞められなかった、と彼は言った。
「だからな、患者がヴェルデナの人間だと判った段階で無理だと思ったんだ。だが、トワは患者の母親が医療に頼ってでも娘を助けたがってると言った」
「……そして、父親も」
「ああ。一体何があった?」
「私もこの星の人間じゃないから、推測ですけど。……たぶん、何も」
不思議そうな顔をするカインズ医師。
まぁ、それもそうか。何も無いのに星の価値観が変わることなんて、普通は考えられないからね。
「この星へ入植が始まったのは176年前です。先生が訪れたのは入植から109年後」
「そうなるな」
「この星に入植した、本当の意味の自然主義……人命よりも科学技術の排除を掲げていた人達は、第1世代の人だけだと私は考えています。おそらくその子供も親を見て育つから、思想的には似通うとは思いますけど」
「……そうか、世代交代か……」
そう、世代交代だ。
現在星の指導者であるヨーゼフさん達はおそらく入植者の第3世代にあたる年齢。
そしてノイシュさん達は第4世代でウェンディちゃんは第5世代だろう。
苛烈なまでの自然主義者の子孫であっても、世代が進めば思想が薄まり新しい価値観が産まれることは十分にありうる。ヨーゼフさんやノイシュさんの反応から、私はそう見ていた。
そして、カインズ医師がヴェルデナを訪れた109年前は……おそらくまだ第2世代の人達が指導者として残っていた頃。
つまり、入植者の思想が色濃く残っていた時期だったのだろう。
もちろん世代交代すれば自然主義的な思想が完全に薄まる訳じゃない。
ヴェルデナのような閉鎖的なコミュニティなら、きっと思想の薄まりに反応する形で文化防衛的な心理が働くだろうから、先鋭化した自然主義を掲げる人達も必ず存在しているはず。
つまり、今のヴェルデナは思想がまだらに入り交じった状態にある。
それ故に星外からの価値観の押しつけには敏感になっているにちがいないと、私は見ている。
「まぁこの星の価値観がどうかは俺の預かり知らん話だ。俺がやるべきことは、あのウェンディって娘を救うことだけ。そしてやるべきことはもう全てやった」
「結果は神のみぞ知る、ですか?」
「さっきは確率の話なんてしたがな、あれは単なる過去の統計データによる数字だ。実際のところ神様はダイスなんて振らねぇ。結局、大事なのは医者と患者がどれだけ抗ったか。それだけさ」
長く紫煙を吐き出しながら言ったカインズ医師の言葉には、自身の医療技術に対する自信がみえた。
大丈夫、きっとウェンディちゃんは助かる。
この先生なら助けてくれる。
私はそう思った。
「ところで嬢ちゃん、そういえばまだ名前聞いてなかったな?」
「……アイリス。アイリス・ブースタリアです」
「ブースタリア?……ギルドの……?って、おい。嬢ちゃんまさか」
カインズ医師の反応に私は嫌な予感がした。
こういう前置きをされる場合は大抵……。
「おいおい、あの『英雄アイリス』かよ!?」
「その呼び方はやめて貰えると嬉しいんですけど」
カインズ医師を見ていた私の目が、尊敬の眼差しからジト目に変わったのは……まぁ、許されることだろう。
それにしても一体どこまで広がってるんだろう、私を巡るヨタ話。




