#11
>>Iris
デルモンデ療養院は私が予想していた通り……いや、それ以上の所だった。
山間の小さな平地に作られた、複数の小さな建物群。おそらくあれは感染症の患者を隔離するための構造だろう。
医療の心得が無いヴェルデナの住民としては妥当な構造なのかもしれないが、問題なのはこの療養院を作ったのはトリリオンから来た第一世代の人達ということだ。
つまり療養院を作った人達は、医療について知らなかったんじゃない。
高度医療の実態を知りながら、あえて病人が死ぬ場所しか作らなかったということだ。
自然主義の考えが人の命よりも優先されている。
第一世代の人達の掲げた信条が狂信的なもののように思えて、私は薄ら寒い感情を覚えた。
療養院の庭には見慣れたアルカンシェルの白い機体があった。
トワが無理させただろうから、後でサクヤとアルカンシェルを労っておかないと。
そんな事を考えながら私達は敷地の中へビークルで乗り入れる。
ノイシュさんの案内で、ウェンディちゃんがいるという小さな隔離小屋へと向かう。
ビークルを止め、降車したところでトワの声が聞こえた。
「ウェンディ?カインズ!?」
カインズというのが何を意味するのかはわからないけど、あの子が感情的な声を出すということは何かがあったということ。
そして、現状で起こりうる「何か」とは……名前を呼んでいたことから、ウェンディちゃんに関することなのだろう。
ノイシュさんにはトワの声が聞こえなかったようで、私に向かってここにウェンディがいます、妻もいるはずですが……と暢気なことを言っている。
私が彼に状況をどう説明しようかと考えあぐねている間に、扉が開いてトワと……もう一人男が出てきた。
大柄な体格で60代前後、髭面。
そしてヤニ臭い。
不審者以外の何物でも無いが、彼がだらしなく羽織っているのは多くの星で医師がまるで制服のように身につけている白衣だ。
状況的に彼がトワの連れてきたナノマシン調整を担当する医師なのだろう。
そこまで見て取った私は彼の表情に違和感を感じた。
今にも泣き出しそうなトワとは違い、彼は平然としているように見える。
ベテラン医師として多くの患者の死に立ち会った経験が彼の心を平静に保たせているのか、それとも……。
そんな事を考えながら私に抱きつき泣き崩れたトワを慰める。
断片的に漏れるトワの言葉が意味するのはウェンディの死。だが、トワの慟哭を聞いてなお、医師の表情は変わらない。
そして、事態を悟ったノイシュさんが隔離小屋の中へ飛び込んでいく。続いて聞こえてきた声に、私は事態を理解した。
トワの背中を一度叩き、そっと引き離してから私も隔離小屋へと急ぐ。
小さな室内で私が目にしたのは……どことなくトワに似た印象のある少女が静かにベッドに横たわっている姿だった。
少女に接続されているヘルスモニターに映し出されたバイタルサインは彼女が心肺停止であることを示している。
そして、半狂乱になったノイシュさんが、少女……ウェンディちゃんにしがみつこうとするのを、医師が必死に押しとどめていた。
「ウェンディっ!ああ……どうして!」
「おい、待て、触るな、揺するな!今動かしたら治るのも治らねぇぞ!」
心停止状態なのに治ることを示唆する医師のその言葉に、私は自分が感じていた違和感が正しかったことを理解した。
そして、ノイシュさんをウェンディちゃんから引き離すために私もベッドサイドへと移動する。
「手伝います」
「……すまねぇ」
私の言葉に医師は短く礼をいい、私達は2人がかりでノイシュさんを隔離小屋の外へと連れ出した。
暴れていたノイシュさんは私達を睨み付けて言った。
「ウェンディは、私の娘だぞ!娘を見送るのを邪魔する気か!」
「いや、お前さんがしてるのは見送りじゃなくて、娘さんをあの世に送る行為だ。少し落ち着いて話を聞け」
「ノイシュさん、この人は……あんまりそう見えないけど、たぶん医師です。話を聞きましょう」
「おう、嬢ちゃんは話がわかるな。だが、医者に見えないってのは余計なお世話だ」
乱暴な物言いだが、この医師は信用できる。何故か根拠もなくそんな気がした。
ノイシュさんはウェンディちゃんの姿が見えなくなったことで脱力したようにその場に座り込んでいる。ばつの悪そうな顔をしている医師に向かって私は声を掛けた。
「カインズ医師……でよろしいですか?おおよそ事情はわかりましたが、トワとノイシュさんのために説明をお願いしても?」
「ああ。しかし……説明なしに事情を察するとは、嬢ちゃんは医療の心得があるのか?格好はヴェルデナの人間のようだが……?」
「いえ、私はこの星の人間ではありません。トワの姉……といえば判りますか?」
「なるほど、ギルドの人か。ともかく助かった。おい、トワ、そしてあんた……ウェンディの父親だな?現状を説明するからまず話を聞いてくれ」
そう言うとカインズ医師はウェンディの状況について説明をした。
ウェンディの全身の神経伝達系は広範囲にわたって深刻な損傷を受けており、その修復のためにナノマシンが投入されている。
手足の末梢神経は通常の生体活動を維持したままでも修復可能だが、問題となるのは心臓や循環器系。
これらが機能している状態では生体活動による影響でナノマシンの修復効率が低下してしまう。
そのため、ナノマシンは一時的に患者を仮死状態へと誘導し、その間に神経の修復を集中的に行うのだ、と。
カインズ医師の説明は私が予想していた通りのものだった。
一部のナノマシンは患者の生体機能を低下させた上で治療を行うことは、カルティアに話を聞いた後にギルドネットで確認していたから。
だけど医療を忌避するこの惑星ではそんな知識が伝わっているはずもないから、ノイシュさんが取り乱すのも仕方のないことだろう。
「じゃあ、ウェンディは死んでないの……?」
「ああ、仮死状態だが、まだ蘇生の望みはある。この状態で乱暴に扱うと蘇生が失敗する可能性はあるがな……」
「私は……なんてことを……」
カインズ医師の言葉にノイシュさんが顔面蒼白になる。
それはそうだろう。
自分が縋り付き、体を揺さぶったことでウェンディちゃんが助からなくなる可能性が生じたのだから。無知故に娘の命を危険に晒してしまった彼の後悔と絶望はいかほどのものだろうか。
「いや、これは俺のミスだ。トワを連れて外に出た時点で施錠しておくべきだった。こういう事態も想定して母親の方は隔離したんだが……まさか父親まで来るとは想定外だったんでな」
そう言って頭をかきながらカインズ医師はさらに説明を続けた。
ナノマシンには、心肺が停止した状態でも患者の生体機能を維持するため、酸素を全身の細胞へ運搬する機能が備わっている。
ただしこの機能は完全ではなく、仮死状態が長引くほど組織の損傷リスクが高まり蘇生の失敗率も上昇する。
しかし一方で神経系の修復には仮死状態の維持が不可欠なのだと。
つまり時間をかければ神経の修復は進むが、蘇生の成功率が下がる。
逆に仮死状態の時間を短縮すれば蘇生の成功率は上がるが、修復が不十分なままでは蘇生後に生命の危険が残ることになる。
だから神経修復と蘇生のバランスを最適化することが極めて重要なのだ、と。
「じゃあ、最適化したらウェンディは助かる?」
「トワ、お前には最初に言ってあっただろ。楽観的に見て30%だと。その数字はな、最適化した上での数字なんだ」
冷淡に告げるカインズ医師の言葉にトワもノイシュさんも黙りこくってしまった。
ウェンディちゃんが助かる確率は楽観的に見て3割。
その数字は……今の状況では絶望的なものだった。
だけど既にナノマシンは活動を開始し、賽は投げられた状態だ。私達にはただ……待つことしかできないない。
その後、念のために隔離小屋を施錠したカインズ医師がウェンディちゃんの蘇生予定時刻は翌朝……ちょうど日が昇る頃だと告げた。
ウェンディちゃんが明日の陽光を目にすることが出来る確率は30%。
絶望と一抹の希望が入り交じった、重苦しい夜が始まろうとしていた。
地の文が少し詰まっていて読みにくかったので、このセクションから少し調整を入れてみました




