#10
>>Towa
カインズの指示に従い、自走式カートをウェンディが寝かされている小屋へと搬入する。療養院の人は突然着陸した航宙船に驚き、そして明らかに星外のテクノロジーである医療機器に不審げな視線を向けている。だけど、今はウェンディの命を救うことが最優先だから、私は無言のまま非難の目で私達を見る療養院の人達を無視した。カートの搬入が終わったところでアイリスからのコールがあった。
「アイリス。ナノマシンは手に入った。医者っぽい人も連れてきた」
「おい、医者っぽいとは失礼だな。俺は医師免許を持ったれっきとした医者だぞ?」
カインズが何か言っているが気にしないことにした。
『トワ、ウェンディちゃんのお父さんとヨーゼフさんから治療について同意が得られたよ』
「牧場長?なんで?」
ヨーゼフさんというのは私が毎日通っている牧場のオーナーさんの名前で、従業員の人と同じように私もヨーゼフさんの事は牧場長と呼んでいる。でも、ウェンディに治療することと牧場長になんの関係があるんだろうか?
『……ん、詳しい話は直接したほうがいいかな。今からそっちに向かう。日暮れ頃には付くと思うけど』
「わかった」
どうやらアイリスも療養院まで来てくれるらしい。でも、私達が暮らしていた村にはエアロプレーンは無いから、ビークルで来ることになるだろう。今昼前だし、日暮れ頃ということは結構時間が掛かる。……それぐらい時間があれば、きっとアイリスは元気になったウェンディと会えるよね。私はそう思う事にした。
私がアイリスと通信している間にカインズは手際よく検査機器をウェンディの細い体に装着していった。シーツから覗くウェンディの手足の先がまるで透けているように見える。こんなに酷い状態なのに、何もせずにただ寝かせていただけなんて……。憤りを感じたけど、この星ではそれが自然なことだと考えられている。私にはどうみても不自然にしか見えなかったけど。
カインズはナノマシンの調整と投与には少し時間が掛かると言った。そして少し言いよどんでから、付け加えた。
「俺は患者にありもしない希望を抱かせる趣味はない。だからはっきり言っておく。……この娘、助かる確率は30%以下だ。ステージが進みすぎていて、いつ心臓が止まってもおかしくない状態だ」
「そんな……ウェンディ……」
ウェンディのお母さんが泣き崩れる。これは、私のせいだ。私が中途半端に治療できるという期待を抱かせてしまったから。私はカインズに文句を言おうとしたけど……でも、たぶん彼の言葉のほうが正しいんだろう。助からない可能性が高いのに、大丈夫だと安請け合いするのはただの無責任でしかないから。
「だがな、確率ってのはただの目安だ。1%の確率で助かるときもあれば、99%の確率でダメな時だってある。まぁ、そう悲観せずに俺に任せておけ」
……カインズ、やっぱり無責任かもしれない。そんなことを思っている間にもカインズはナノマシンの調整を行っている。パラメータを入力しながら彼がウェンディの容態を説明してくれた。
「末梢神経の損傷が激しいな。手足が透けてるように見えるのはその影響だ。心肺機能は……まだ若いからなんとか持ちこたえてるってところだ」
「治る?」
「治らないならとっくに諦めてラウンジで一服してるさ。それより嬢ちゃん、ナノマシンの投与をスムーズにするために部屋の湿度を少し上げておきたい。加湿器……が無理でも、何か湿度を上げられるものがないか探してきてくれ」
「わかった」
カインズにそう指示された私は療養院のスタッフを捕まえて加湿器を貸してくれと頼んだ。怪訝げな顔をしながらも貸してくれた加湿器は、療養院でアロマ療法に使われているものらしい。けど、ウェンディの病室に持ち帰ってカインズにみせるとそれはダメだと言われた。
「そいつは気化式だろ?フィルタに雑菌が溜まってる可能性がある……っておい、まさかそれ、ここの備品か?ここの連中、そんなもの使ってるのか?」
「アロマ療法って言ってた」
「おいおいマジかよ……見たところ消毒液の類いもなかったが……病室で雑菌ばらまいてりゃ世話ねぇな。嬢ちゃん、湯を沸かす加熱式のやつを探してきてくれ。それが無きゃ……最悪は湯沸かしポットでもいい」
「ポットならアルカンシェルに積んでる。取ってくる」
探してまわるよりもあることがわかってるものを取ってきた方が早い。そう思った私はアルカンシェルへ走った。
しばらくしてパラメータの設定は完了し、室内の湿度も保たれた事でカインズはナノマシン投与の準備が整ったと宣言し、ウェンディの母親に向かって声を掛けた。
「これから行う術式の説明を行う。投与するナノマシンはLC-03型、セレノイド症候群によって損傷した神経組織の修復機能があるものだ。バイオ由来の素材で作られているものだが、このバイオ素材は修復後は失われた神経組織と同化する形で体内に吸収される。LC-03型のナノマシンは神経性の疾患で広く使われているが、人体への悪影響はこれまでに報告されていない。問題があるとすれば患者のバイタルが極めて極めて深刻だって事だ。さっきも言ったが、正直成功率は楽観的に見て30%ってところだろう。だが、施術をしないと100%の確率でこの娘は明日の朝を迎えられない」
カインズはそこまで一気に説明した。ナノマシンって言う名前からもっと機械的なものだと思ってたんだけど、バイオ素材で吸収されるんだね。科学技術の素晴らしさに感心していると、カインズが頭をかきながら付け加えた。
「ま、本来ならそういうことを書面にして施術同意書にサインをもらうんだがな。ここの流儀なら……親御さんが同意してくれりゃ問題ないだろう。で、どうする?このスイッチを押せばナノマシンの投与が始まる」
「お願いします!」
「……わかった」
カインズはそう言うと、ウェンディのお母さんに星のしきたりがあるだろうから治療そのものには立ち会わない方が良い、少し休んでいろと声を掛けた。たしかにお母さん、しばらく寝ていないようで見るからにやつれてるからね。
彼女が療養院の休憩室へ向かった事を確認すると、さして気負った様子も無くカインズは装置のスイッチを押した。細い点滴のような管を介して液体がウェンディの体内に注入されているのが見える。あの中にナノマシンが入っているんだろうか。
「細かいパラメータの数字を睨んでたら疲れちまった……ちょっと一服してくるぜ。嬢ちゃん……おお、そういえばまだ嬢ちゃんの名前、聞いてなかったな?」
「トワ。トワ・エンライト。見ての通りシンガー」
「そうか。そういえば俺もまだ自己紹介してなかったな。俺の名前はネイサン・カインズ。見ての通り、医者だ。ま、総合医療センターでは窓際族だがな」
「カインズは医者に見えない」
「おいおい、どうみても医者だろ?なにせ白衣着てるぜ?まぁ、それはいい。ちょっとニコチン補給してくるから、代わりにしばらく様子を見ててくれ。ここのランプが赤になったら不味いことが起きた合図。緑になったら投入終了だ」
「わかった」
コスプレすれば医者になれるのか、と言おうと思ったけどカインズはさっさと外へ出て行ってしまった。さすがに室内でタバコを吸わないだけの配慮はできるらしい。……トリリオンで最初に出会った時は普通に院内で吸ってたけど。
結局、ナノマシンの投与が終わるまでに3時間近く掛かった。投与が始まってからもウェンディのバイタルサインを示すモニタの数字は相変わらず低いままで、ナノマシンが体に入ればすぐにでも治療効果が出るんだと思っていた私はヤキモキした。どうしてこんなに時間が掛かるのか、いつになったら効果が出るのかと戻ってきたヤニ臭いカインズに聞くと、彼は軽く肩をすくめて言った。
「全身にナノマシンが浸透するのに時間が掛かるんだよ。浸透後も状況確認と修復箇所の最終確認を行う必要があるからな。まだ投与しただけで治療は始まってないぞ」
「早くして」
「巧遅は拙速に勝るって言葉、知らんのか?」
「知らん」
あまり人のことを言えた立場じゃないけど、カインズは国語の勉強をした方がいい気がした。私達がそんなことを言っている間にナノマシンの浸透と最終確認が完了したというサインがモニタに表示された。そのサインを見てカインズの表情が引き締まる。
「じゃ、はじめるぜ」
「うん。お願い」
私の言葉に、カインズは黙って頷くと治療開始の指示をナノマシンに送った。私が緊張しながらウェンディの様子を見ていると……一瞬、細い四肢がぴくりと跳ねた気がした。ナノマシン、効いてる!?そう思った次の瞬間だった。
バイタルサインのモニタに表示されている心電図の波形が―ー平坦になった。
「ウェンディ?カインズ!?」
「……騒ぐな。ここで騒いでも出来ることはない。……外へ出るぞ」
私は、静かにそういうカインズの後に付いていくことしか出来なかった。
ウェンディのお母さんになんて説明したらいいんだろうか。もしかしたらナノマシンを投与したことで、ウェンディに残っていた命が縮まったんだろうか。そんな考えが頭の中をぐるぐるとまわっている。
私が絶望に飲み込まれかけていると、いつの間にか建物の外に停まっていたビークルから男の人が降りてきた。確か……チーズを作ってる酪農家のノイシュさん。どうしてここに?うまく働かない頭でそんな事を考えていると、一番聞きたかった声が聞こえてきた。
「トワっ!大丈夫!?」
「アイリス……アイリス……ウェンディ、ウェンディが……ナノマシン……お母さんになんて言ったら……」
私は思わずアイリスに抱きついて……泣いてしまった。自分でも何を言ってるのか判らなかったけど、アイリスは私を抱きしめて優しく頭を撫でてくれた。ノイシュさんが私の様子にはっとした様子で建物の中に駆け込む姿と、慌ててその後を追うカインズが見えた。そして……建物の中から、声が聞こえた。
「ウェンディっ!ああ……どうして!」
「おい、待て、触るな、揺するな!今動かしたら治るのも治らねぇぞ!」
……治る?カインズ、何を言ってるの?だってウェンディはもう、心停止してるのに。
「おい、トワっ!この男を引っ張り出すの手伝え!」
カインズの言葉が私には理解できない。けどアイリスは違ったようで、私の背中をぽんと叩くと建物の中に入っていった。そして……カインズとアイリスはノイシュさんを連れ出してきた。
「ウェンディは、私の娘だぞ!娘を見送るのを邪魔する気か!」
「いや、お前さんがしてるのは見送りじゃなくて、娘さんをあの世に送る行為だ。少し落ち着いて話を聞け」
「ノイシュさん、この人は……あんまりそう見えないけど、たぶん医師です。話を聞きましょう」
「おう、嬢ちゃんは話がわかるな。だが、医者に見えないってのは余計なお世話だ」




