#9
>>Iris
ヨーゼフさん宅で話し合いを行った翌日、ポートコントロールからアルカンシェルが戻ってきたという連絡があった。予想していたよりも随分と早い……ということはあの子、ショートジャンプを使ったんだな。
ショートジャンプはセンサーによる観測データによって行われる緊急用の移動手段だ。恒星系内のような、他の航宙船やデブリが多い宙域ではセンサーが感知した古い情報を元にしたショートジャンプにはリスクが伴う。故に私達はショートジャンプが可能であると知ってからも基本的に恒星系内の航行は通常の亜光速航行に止めていたんだけど……。
戻ってくるまでに掛かった時間が短い上に、アルカンシェルが直接地表へ降りているところを見ると治療用ナノマシンの確保には成功したんだろう。けど、オペレーターになる医師の確保はナノマシンそのものの入手よりも難しいはず。トワがどうしたのか確認したいところではあるが、状況確認は落ち着いてからでも良いだろう。それよりも先に片付けておかないと行けない大事な事があるから。
私は再びヨーゼフさんのお宅を訪問し、呼んで貰ったウェンディの父――ノイシュさんと言うらしい――とヨーゼフさんにトワが戻ってきたことを告げた。
「戻ってきた……ということは、ウェンディはもう既に……」
「あ、誤解を招く言い方でしたね。この村へ戻ってきたのではなく、トリリオンからヴェルデナへ戻ってきたという意味です」
「え……?」
ノイシュさんもヨーゼフさんも、私が何を言っているのかわからないという顔をしている。まぁそれもそうか。彼らはトリリオンが10.1パーセク先にあり、今から薬を取りに行ったとしても到底間に合わないと確信し、絶望していたのだから。私は2人にどう説明したものか少し思案してから言った。
「私達は……いえ私の妹は、超光速船を保有しています」
「……なんと!?」
「聞いたことがある、何年か前にギルドが超光速船を開発したと……もしや?」
「……まぁ、そういう感じのものです」
実際には違う。ギルドが開発したオンブルはロストテクノロジーの船を解析して作られた粗悪な模造品に過ぎない。しかしトワのアルカンシェルは正真正銘のロストテクノロジー船であり、ギルドとは無関係だから。ただ、詳細を話すと色々と問題があるのであえて明言はせずに、私は言葉を濁した。今、大事なのはアルカンシェルの出所ではなく、ウェンディちゃんの治療についての話だから。
「まだトワから連絡はありませんが、状況的に治療方法を入手できた可能性があります」
「治療方法ですと?そういえば昨日もそのような話をされておられましたが……どのような?」
そうノイシュさんは問う。ここが正念場だ。トワが持ち帰ってきたであろうセレノイド症候群の治療法とはナノマシン……すなわち、ヴェルデナの人々が忌避する科学技術の結晶のようなものだ。ヨーゼフさんとの対話を通じ、私は治療法が化学的な薬品ならまだ受け入れられる余地はあると感じていたが、ナノマシンを受け入れて貰えるかどうかはかなり微妙だ。
ウェンディちゃんの親権者であるノイシュさんと、村の長老……そして、おそらくこの惑星を統治する評議会のメンバーであろうヨーゼフさんの2人、そのどちらかがナノマシンを使った治療を拒絶すればトワの努力は水泡に帰す。だから私は言葉を選んで慎重に続けた。
「トワが持ち帰ったであろう治療法は薬ではありません。セレノイド症候群は全身の神経細胞が傷つき、神経伝達が阻害されることで死に至る病です。これは薬品では治療できません」
「では、どのような方法を……?」
「私は治療の可否についてはお二人に決めて頂きたいと考えていますので、嘘偽りの無い事実をお伝えします。治療法とは、あなた方の価値観とは相容れない……ナノマシンです」
「ナノ……マシン……」
私の言葉にノイシュさんは息をのみ、ヨーゼフさんが目を細めた。しばらく沈黙していた二人だが、ヨーゼフさんが先に口を開いた。
「ナノマシンによる治療をウェンディに施す許可を求めておられる……という理解でよろしいか?」
「いえ、違います。私は選択肢を提示させて頂いているだけです。ウェンディちゃんの命を救うための選択肢を。先ほどお話ししたように、私には治療の可否を判断する資格はありませんし、その意図もありません」
今、私は一介のアイリスと言う名の個人として話をしている。だが、それでも私は……モーリオンギルドの幹部であるアイリス・ブースタリア二等管理官だから。例え冷淡だと思われたとしても……内政干渉を禁じるギルドの掟がある以上、私はこの件に口出しすることが許されない。
「では、アイリスちゃんは……いや、ブースタリア管理官はこの件について何らかの要請を行うこともなく、儂らの判断に影響を与える示唆を行うこともない、と?」
「はい。私はただ事実をお伝えするだけです」
「………そうか」
「ヨーゼフ翁……私は、娘を……ウェンディを助けてもらいたい」
黙り込んだヨーゼフさんにノイシュさんが声を絞り出すように言った。私はあえて口を挟まずに二人の会話の成り行きを見守ることにした。
「私は、ウェンディが助からないものだと諦めていた。娘の命が消えゆくのは自然の摂理なのだと。だがアイリスさん達は娘を助けられる可能性を示してくれた。私はこの可能性に縋りたい。……ダメだろうか?」
「ヴェルデナの法に科学技術を使こうてはならぬという文言は存在せぬ。故に、ナノマシンを使うことは犯罪ではない。じゃが……」
明文化されたルールではないとヨーゼフさんは言うが、それ故にこの問題は根が深いのだろう。判断基準が明記されておらず、それでいて不文律として禁じられている。おまけにその判断基準が好悪の情でしかないため、線引きが極めて曖昧。結果として自らの判断を誰かが支持してくれたとしても、他の誰かには支持されない可能性が高く……結局保身を考えるのであれば誰もが「ノー」と言うしかなくなる。
正直、私が当事者だったら相当に頭を悩ませると思う。ただ、それがトワに関わることなら悩む余地は皆無だけど。そんなことを思っているとノイシュさんが口を開いた。
「わかってます。もし星の皆が咎めるのなら、私達家族はヴェルデナを去る。娘の命が救われるのなら、私は今の生活を捨てても構わない」
「儂はそこまでせよと言うておらん。ただ皆の賛同を得るのは難しいと言うことを覚えておいて欲しいだけじゃ」
「では……」
「もとより儂はウェンディを救うて欲しいと思うておる。頼めるかな、アイリスちゃん」
「……承知しました」
私は彼らの決断を尊重し、ただそう答えた。
その後、私はトワに連絡を取り、ウェンディちゃんの治療について父親と村の責任者から承諾を得たと伝えた。すでに療養院に治療用の機材を搬入し、ナノマシンの投与を始めようとしていたトワは、私の言葉がどういう意味を持っているのかわかっていなかったようだけど。
当初思っていたよりもヴェルデナにおける医療忌避の問題は根深い気がする。ウェンディちゃんの出身地であるコミュニティでは治療に対する合意が得られたとはいえ、惑星の統治機関である評議会でも同じようにナノマシンによる治療を容認して貰えるかは不透明だ。動き方を誤るとギルドによる内政干渉だと受け止められる可能性がある以上、トワにこの問題について直接話をしておいた方が良いだろう。
私はウェンディちゃんの元へ向かうというノイシュさんに同行することを決めた。移動はノイシュさんのビークルだが運転は私がすると申し出た。今のノイシュさんの心境を思えば……少々運転に不安を感じないでもなかったから。
でも、その予想は当たっていた。療養院への道のりの間、ノイシュさんはずっと何かを考えていたから。そして療養院まであと少しというところで彼は口を開いた。
「……娘を助けたいと思う事は……間違っているんでしょうか」
そんな事がある筈は無い。親が子を助けたいと思うことが悪だとされるのなら、それはあきらかに掟のほうが間違っている。だけど、よそ者である私にはその言葉を口に出す権利がない。だから……。
「生きたいと思うことも、生きて欲しいと思うことも。どちらも自然なことだと思いますよ」
私にはそう言うことしか出来なかった。




