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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第3部序章『行こう、物語の世界へ』ヴェルデナ-再翔の惑星
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#8

>>Towa


 トリリオンの現地時間は深夜に近く、センターの正面玄関は固く閉ざされていた。なので私は総合医療センターの夜間窓口へ駆け込んだけど……私が通信で要請していたナノマシンは準備されていなかった。受付の女性職員につかみかからんばかりの勢いでクレームを付けたけど、返ってくる言葉は「無理です」の一点張りだ。


「どうして!ウェンディが死にかけてるのに!」


 私の声が無人の夜間待合に響く。と、奥の通路の扉が開く音がして、誰かが出てくるのが目に入った。白髪で白衣をだらしなく着崩し、無精髭をはやした初老の……医者?でもタバコくわえてるし医者っぽくない。


「おい、何の騒ぎだ?病院内で静かにしろってのは子供でも知ってる常識だろ?」

「病院内禁煙も、子供が知ってる常識」

「おお、なかなか言うな、嬢ちゃん。で、何の騒ぎだ?」


 初老の医者?が受付に声を掛ける。女性職員は微妙な表情で医者に答える。


「カインズ先生……いえ、先ほど通信のあったナノマシンの件で、無理だと言っているのですが直接受け取りに来られて……」

「ああ、セレノイド症候群の件だな。この嬢ちゃんが無茶言ってた張本人か?」

「……はい。こちらでも無理だと説明しているのですが、納得して頂けなくて」


 訳も言わずに無理だと言われて納得できる訳がない。この星で手に入らないことがわかっていたら、最初から余所の星へ取りに行ったのに。ここへ降りた以上、もうよその星へ行く時間的な余裕なんてないのに。そう思った私は受付に再びクレームを入れようとしたが、カインズという名前らしい、医者っぽくない医者が口を開いた。


「嬢ちゃん。無理な理由が3つある。まず1つ目。セレノイド症候群は昏睡状態に陥った段階で既に余命3日ってとこでな、仮にナノマシンを投与しても助かる可能性は低い。そして2つ目。嬢ちゃんが言ってるヴェルデナは医療を拒否する星だ。仮にナノマシンを届けても連中はそんなものを受け付けやしない。だが、この2つは正直どうでもいい話だ」

「どうでも良くない」

「まぁそう言わずに聞け。3つ目は……その患者、嬢ちゃんがヴェルデナを発った時点で昏睡状態だったんだろう?なら、もう30年以上前に死んでるぞ?今からナノマシンを持ってていっても帰り着くのは今からさらに30年以上先だ。だから、そもそも時間的に無理なんだよ」

「無理じゃない」

「強情だな、嬢ちゃん。航宙船に乗ってきたんだろう?はるばる10パーセク先までやって来た嬢ちゃんの熱意には敬意を表するが、熱意で光速の壁は越えられない。まぁ、ギルドが作った超光速船とやらがあれば話は別かもしれんがな」


 そう言うとカインズは話は終わりだとでも言いたげな様子で、くわえタバコの煙を吐き出した。今聞いた駄目な理由は3つともなんとかなる。そう思った私はカインズを睨み付けて言った。


「なら、大丈夫。私はギルドのシンガーだし、超光速船を持ってる。ウェンディが危篤になったのは昨日のこと。アルカンシェルなら明日の昼前には帰り着ける」

「何っ!?嬢ちゃん、ギルドの人間なのか?」


 身元を疑うカインズに、私はシャツの中から黒水晶(ギルド章)を引っ張り出して突きつけた。ヴェルデナにいる間はギルド章はいらないと思ってアルカンシェルに置いたままにしていたんだけど、アイリスが万が一の事があるかもしれないから身につけておけとアドバイスしてくれたのが役に立った。さすがお姉ちゃんだ。


「おいおい、マジかよ……黒水晶持ちなら超光速船を持ってても不思議はないか……。だが、ヴェルデナの連中はどうだ?あいつら、医療と聞いただけで門前払いだぞ?」

「ウェンディのお母さんは、助けたいと言った」

「……そうか。今のあの星にはそんな人間もいるんだな」


 カインズ呟いた言葉の意味は良くわからなかったけど、これまで終始苦虫を噛みつぶしたような表情だったカインズの表情が少し和らいだ気がした。カインズはタバコを投げすてると、受付の女性に向かって言った。


「おい、ジュリア。ナノマシン用意してやれ。俺の名前で処方する」

「えっ!?」

「さっさとしろ。ガキの命が掛かってるんだ」

「でも、セレノイド症候群に対応するタイプは医師の立ち会い操作が……」

「俺が行く。それでいいだろ?ヴェルデナ(あそこ)は医療に関しては未開の土地だ。必要機材一式まとめて準備しておく必要があるが……そうだな、メリカの複合型医療ユニットがあったな?あれを用意してくれ。おい嬢ちゃん、その超光速船とやらは十分な積載スペースはあるか?結構嵩張るぞ?」


 どうやらカインズという医師がウェンディを助けに同行してくれるらしい。急に対応が変わったのはどういう理由かはわからないけど……でも、私はカインズに向かって深く頭を下げた。


「ありがとう、ウェンディを助けてくれて」

「おいおい、気が早いな?礼なら助かってからにしてくれ」

「あとね」

「うん?」

「タバコのポイ捨ては良くない」

「嬢ちゃん、面白いな。気に入った。そのウェンディって子……助けるぞ」


 見た目はやさぐれているけど、このカインズという医師は実は熱血医師なのかもしれない。そんな事をふと思った。喫煙ルールにはルーズだけど。



 30分ぐらいでカインズがメリカと言ってた自走式カートに搭載されたナノマシン投与キットの準備が出来た。カインズは夜間往診に30分で出発できるのはここの総合医療センターぐらいのものだ、他の医療機関なら早くても45分は掛かると威張ってみせたが、受付で言い合ってた時間が30分ぐらいあることを指摘すると、黙った。うん合計すると1時間だからね。自走式カートを操作して、総合医療センターの中庭に無理矢理駐機してあるアルカンシェルへ向かう。


「……おい、まさかこれが嬢ちゃんの船か?」

「そう。アルカンシェル」

「……でっかいエアロプレーンじゃないのか?」

「ちゃんと航宙船」


 まぁ、ランディングギアを出して、後部カーゴベイを展開してるアルカンシェルを見て航宙船だと思う人はあんまりいないよね。だから惑星上の駐機場に駐めておいても騒ぎにならないんだけど。

 後部船倉にカートを収納し、念のため固定を確認した私はカインズを伴ってブリッジへ向かう。応接セットが置かれたラウンジを抜けて階段を上がる私の後を付いてきたカインズはあり得ないものを見たという顔をした。


「嬢ちゃん、なんだコレ?」

「ソファ。知らない?」

「いや、ソファの事は知ってるし、見たらわかる。なんで航宙船にソファがあるんだ?」

「ラウンジだから」

「……そうか、ラウンジだからか……」


 ……そういえばアリサもアイリスも、初めてソファを見た時に同じような事いってたっけ。ソファに驚かなかったのはマリエッタぐらいだった気がするから、ある意味正しい反応なのかもしれないけど。

 ブリッジに上がるとすでにサクヤが離陸プロセスを開始してくれていた。このあたりの手回しの良さは、指示しないと動いてくれないアルカンシェルよりも気が利くよね。いや、サクヤの場合は独断専行っていうべきかな?


『マスター、おかえりーって誰、そのオッサン?いやジジイ?』

「いや、お前の方が誰だ?映像通信じゃなさそうだが……」

「サクヤ。ペルソナ?」

「なんだよ、ペルソナって……訳のわからんことだらけだな、この船。さすがギルドの船といったところか……?」


 良くわからないけど、なんだかカインズが納得したようなので私達は出発することにした。航宙船がそのまま大気圏離脱したこと、宇宙に出ても重力があること。本当にジャンプ航法で一瞬のうちにヴェルデナの恒星系へ到達したこと。折々の場面でカインズは驚いていたけど、恒星系内のショートジャンプにはさすがに驚かなかった。


『ちょ、おかしくね?ショートジャンプの方が大変なのにっ!アタシのこの才能あっての神業だよ!?』

「そうか、よかったな」

『なにその反応!マジムカつくんですけど!』


 サクヤとカインズ、割と良いコンビなのかもしれない。そんな事を思っているうちにヴェルデナのポートコントロールから通信が入った。入港では無く着陸を許可すると言っている所を見ると……たぶんアイリスが手配してくれたんだろう。姉の手回しの良さに感謝しながら私はサクヤに着陸を指示する。


「サクヤ、アルカンシェルを地表に降ろして。療養院の庭にそのまま降りていい」

『はーい』

「そうか、大気圏にも突入するんだな。そりゃそうか、総合医療センター(うち)の敷地に駐まってたもんな、この船」


 カインズが投げやりな様子でそんな事を言っている。

 医療機器を積んでいるのでアルカンシェルは慎重に着陸を行っている。もうすぐウェンディの所へ薬を届けることが出来る。だからお願い、間に合って――。


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