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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第3部序章『行こう、物語の世界へ』ヴェルデナ-再翔の惑星
398/438

#6

>>Iris


 ウェンディちゃんの父親というのは、私も面識がある乳製品の加工を生業としている人だった。雑談の中で病気の娘がいるという話は聞いた覚えがあったけど、まさかそれがウェンディちゃんのことだったとは。

 彼は叶うことならウェンディのことを助けたいと言った。だが、その手段が無いとも。この星の文化は科学的な医療を忌避しているけど、それは決して人の命を軽視しているということと同義ではない。現に療養院でもハーブを使った治療や食事療法、温熱療法やマッサージなどによる手当ては行われているらしいし。


 ただ文明圏で行われる一般的な医療(メディカル)と、この星で行われている療養(セラピー)の垣根は曖昧だ。

 例えばこの星でも傷の治療に外科的な処理は行われている。そこに天然由来の麻酔を使うとすれば?ある種の植物が持つ麻酔成分を抽出することは科学的な医療なのか、それとも自然的な療養なのか。自然主義を掲げるこの星の人達が医療と療養の線引きをどう考えているのはわからない。外部の人間である私には口を出す権利も、そのつもりもないけど……ただ、それは好悪の情でしかないように思えた。



 父親の話によるとウェンディちゃんは幼少期から病弱だったらしく、10歳の頃に大きく体調を崩してからの3年間はずっと療養院で暮らしているとのことだった。仕事の都合で父親は娘に殆ど会いに行けず、母親が療養院に住み込んでウェンディちゃんの世話をしていたのだとか。


 ウェンディちゃんの病気は遅効性の病らしく、最初は疲労感や風邪のような症状が、大きく体調を崩してからは四肢に力が入らなくなり、ほぼ寝たきりの生活だったらしい。そんな状況にも関わらずこの星にはまともな医師がいないから確定診断もできずに「謎の衰弱」と扱われているらしい。

 確かに聞いた話だけでは何の病気なのか私にも全く見当が付かなかったから、この星の医療従事者を責めるのは酷だとは思う。いくつか候補になりそうな病気に心あたりがないでもないけど……それぞれの病気は原因も、対処法も違うから、むやみに投薬するとかえって毒にしかならないだろう。


「他に何か症状はありませんか?些細なことでもいいんです」

「あとは……ウェンディの瞳の色が薄くなってきてるんです。小さい頃の写真(ホロ)と見比べるとびっくりするぐらい薄い色になってて……。あと、手足が透けてるように見えて……いや、それはたぶん気のせいだと思うんですが」


 瞳の色が薄くなり、手足が透けているように見える?そんな症状は聞いたことがないし、私が想定していたどの病気にもそんな症状が出ると聞いたこともない。これはさすがにお手上げだ。

 私がやり取りしているペンパルの中には医師も2名含まれていたけど、これまでのやり取りから推し量れる範囲では町医者レベルに思えて、難病の知識があるかどうかは疑わしかった。今から専門医を探すのは難しいが、どこかに病に詳しい人がいれば……。そんな事を考えていた私は、自分の頭の悪さに情けなくなった。いるじゃないか、専門医よりも詳しいエキスパートが!

 私はヨーゼフさん達に断りを入れて中座し、ヨーゼフさん宅の外でフォトンタブを起動した。通信先は……惑星クレリス、大図書館。通信相手はもちろん――。


『あら、アイリス。6年と3ヶ月ぶりですね』

「ごめん、カルティア。ちょっと遠くへ出かけてて」

『存じております。話せないことも含めて。それで、御用向きは?』


 私の友人、機姫カルティア。英知の守り手である彼女ほど頼りになる相談先はない。しかし……カルティア、今の口ぶりだと私がスターゲートを超えてきたことや謹慎処分になったことだけじゃなくて、この件について箝口令を敷かれていることまで承知してるのか。いや、今はそれよりもウェンディちゃんのことだ。私が告げた病状を聞いていたカルティアは即答した。


『アイリス、あなたの言う症状全てに合致する病名は1件のみです。検索結果「セレノイド症候群」』

「セレノイド……聞いたことがない病気だけど、どんな病気?」

『進行性神経変性症の一種です。報告にあった症状、昏睡状態は神経伝達が停止しつつある状況で、最終ステージに相当します』

「治す方法、ある?」

『多くの星で難病指定されていますが、私のデータにはナノマシンを使った神経修復が可能であると記されています』


 治る、と言わないところがカルティアらしいけど、それでも希望の光は見えた。あとはそのナノマシンがどこで手に入るか、だが……。


『アイリスが今いるのはヴェルデナですね?そこから10.1パーセク離れた惑星トリリオンで医療用ナノマシンが生産されています』

「神経修復のできるナノマシン?そんなものがあるの?』


 記憶のどこかに残るトリリオンと言う名も気になるが、神経を修復するナノマシンと聞いて私は少し驚いた。神経修復というとどうしてもアリサと初めて出会った時のことを思い出すから。あの子、当時は足を酷く傷つけられていて歩くのもままならなかったんだよね……。医師からも神経再生は無理だと匙を投げられてたし。トワが碧のイグナイトで神経修復の足がかりを作ったことで結果的には完治したけど……。

 あんまり実感無いけどあの出来事はもう100年以上前のことだから、技術が進歩してる可能性はある、か。


『はい、60年ほど前に開発されています。ただし微細なコントロールが必要なためセレノイド症候群に対応したナノマシンは自律型ではなく、症状に合わせた調整を行うための医師が必要です』

「なるほど、薬だけじゃなくて医者も連れてこないといけないわけか……。カルティア。ありがとう。どうお礼したらいい?」

『友人の助けになるのは当然です。ですがお礼を頂けるなら、また会いに来て頂けると嬉しいです。大図書館は防諜装備が完璧ですので』

「わかった。謹慎解けたら顔出すよ」

『お待ちしております。できれば23901日以内に』


 妙に具体的な数字に一瞬戸惑ったが、私はカルティアが冗談を言っているのだと気が付いた。最後にカルティアに会った時、私は「トワが待たせた26183日より早く戻る」と言った。そしてあれから6年3ヶ月ぐらい経っている。つまりカルティアは前に言った約束を守ってくれと遠回しに言ってるんだ。

 もしかしたらこれは機族ジョークなのかもしれないね。そして防諜装備に言及したのは……きっと私がオリオン腕で見聞きしたこと口止めされていると承知した上で、その話を聞かせろということにちがいない。意外とちゃっかりしてるよね、カルティア。


 ともあれ私は重ねてカルティアに礼をいい、通信を切った。おそらくトワはもうデルモンデ療養院に到着していてもおかしくない頃だ。カルティアやウェンディちゃんの父親から聞いたセレノイド症候群の症状から推測できる彼女の容態は、おそらくかなり凄惨なものだろう。

 そんな光景を目にしたトワは、きっとウェンディちゃんを助けるために無茶をしようとするはずだ。なら、打てる手があることをトワに早く教えてあげないと。謹慎中の私が直接動けないのはもどかしいけど、妹の心を守るためにできることはしておこうと私は決心した。


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