#5
>>Towa
なんとかという療養院があるところまで、ブリーズで飛んで1時間半掛かった。本当はもっと早く飛べるんだけど、あまり高速で飛ぶと地表の家畜たちを驚かせるかもしれないから我慢したんだ。
だから到着したのは夕日が水平線に沈む直前だった。目的の療養院は湖畔にひっそりと佇んでいて、この星の住居と同じく灯りも控えめにしか付いていない。療養院といっても大きな建物がある訳じゃなくて、2階建ての木造建築が数棟と、あとは小さなロッジのようなものがいくつか並んでいるだけだったから、もっと暗くなっているとここに目的の療養院があることを見落としていたかもしれないな……。そんな事を考えながら、私はブリーズを着陸させた。
夕暮れ時に航行灯を点灯させたエアロプレーンが予告も無しに降りてきたことで、療養院の人達が何事かと建物の外に出てきている。私は制服らしきものを着ている人が職員だと考えた。けど、ここの人達の着ている制服は私が知ってる医療従事者の服装とは違い、どちらかというと給仕服のようにも見えた。そんな違和感を抱えながらも私は手近な職員を捕まえてウェンディがどこにいるかを聞いた。
その人は療養院の外れにある小さな建物の一つを指さし、面会するつもりなら早く行った方がいいと付け加えた。私はその人に礼を言うと、建物に向かって走り出した。
「ウェンディっ!」
いきなり扉を開いて叫んだ私に、中にいた女の人がびっくりした表情で振り返った。ノックするのを忘れてたけど……今は非常事態だから許して欲しい。あとでちゃんと謝るから。さほど広くない室内にはタンスやテーブル、椅子などが置かれていて、誰かがここで生活していることが一目で見て取れた。そして木製のついたての奥に……ベッドが見えた。
「あの、どちらさまですか?」
「トワ。ウェンディのペンパル」
私の言葉に女性――たぶん、ウェンディのお母さん――の表情が不審げな様子から驚きと変わった。どうしてここが、とかシンガーの方がどうして、と言う母親の言葉を無視して私は言った。
「ウェンディに、会いに来た」
病床のウェンディはまるでそのまま空気に溶けて消えてしまいそうなぐらい儚げな女の子だった。薄いグレーの髪と細い……細身だと言われている私よりももっと細い……触ると折れてしまいそうな四肢。顔色は蒼白といより真っ白で、呼吸も浅い。医療の心得なんてまるで無い私が見ても一目で危険な状態だとわかる。なのに、この部屋には医者もいないし、医療器具のようなものも見当たらない。ウェンディはただ、そこに寝かされているだけだ。
「どうして?医者は?治療は?」
私の問いにウェンディの母親は黙って頭を振る。全てを諦めたような表情に、私は出発する前にアイリスが言っていたことを思い出した。
『ここには治療のための「病院」が存在していない。あるのは自然治癒を待つ「療養所」だけなんだ』
そうだ、ここは病院じゃないんだ。アイリスは自然治癒を待つと言ってたけど……それすらお姉ちゃんが私を気遣ってくれていた表現だったんだ。このサナトリウムは、患者が死ぬまでの一時を過ごすための場所、なんだ。
「何の病気?薬は?治るの?」
私の問いに母親が答えたのは全て「わからない」と言う言葉だけ。つまり、ここの人達はウェンディがどんな病気で苦しんでいるのかもわかっていないし、治療の方法すら考えられていないと言うことだ。その答えを聞いた私は頭にきた。
「ウェンディを助けたくないの!?」
「助けたいに……決まってるじゃないですか!」
頭に血が上っていた私の言葉に、押し殺したように応える母親の様子をみて……私は自分がとんでもない事を言ってしまったことに気が付いた。母親が、ただ目の前で死にゆく娘を見ていて平気なはずがないのに。私はそんな事すらわからなくなっていた。
「……ごめん、言い過ぎた」
「いえ……ウェンディの、娘のことをそこまで思って頂いて……ありがとう」
私の謝罪に応える母親の言葉には、諦めの感情しか感じられなかった。だけど、私にもウェンディを助ける術がない。どうしたらいい?アルカンシェルで薬を取りに行く?でも、どこへ、何の薬を?この世界には飲めば全ての病が治る万能薬なんて存在しない。病気に合った薬が必要だけど、医師の診察を受けていないウェンディは病名すら明らかじゃない。
ウェンディをアルカンシェルに乗せて病院のある星へ運ぶ?いや、今のウェンディはとても動かせる状態には見えない。どうしたら……?
私が絶望の中でウェンディを救う術を考えていた時だった。左手にはめたフォトンタブがコールサインを告げたのは。見るとアイリスからの通信だった。
「アイリスっ、あのねっ」
『トワ、時間が無いからまず聞いて。ウェンディの病名がわかった。治療薬の目星も付いた。私は星を出られないけど……独りで行ける?』
「行く」
ああ、私のお姉ちゃんは本当に頼りになる!でも、どうしてこの場にいないアイリスがウェンディの病気のことを知っているんだろう。そんな事を考えていると、ウェンディの母親が声を掛けてきた。
「トワさん?今のお話……」
「私はウェンディを助けたい。でも、この星だとそれは良くないことだと聞いた。それでも助けたい。いい?」
「……お願いします」
いつも以上に私の口が発する言葉は混乱していたけど、それでも気持ちは伝わったらしい。ウェンディの母親の言葉を聞いた私は部屋を飛び出し、ブリーズへ向かう。心の中でウェンディに必ず助けるからと誓いながら。




