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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第3部序章『行こう、物語の世界へ』ヴェルデナ-再翔の惑星
396/443

#4

>>Iris


 日が少し落ち始めた空へ飛び立つブリーズを見送った私は、ヨーゼフさんの家へ向かった。ヨーゼフさんの自宅はこの牧場エリアの中央にある一番大きな家で、ヨーゼフさんは周辺の酪農家達を束ねる地域の代表にあたる人……有り体に言うと、村長や長老といった立ち位置にある人だ。

 ヨーゼフさんの牧場で世話になっているトワは頻繁に出入りしているらしいけど、私が彼の家を訪れるのはこの地に住むことを決めて挨拶に行った時以来だろうか。この地域に住むには基本的に酪農を生業とする人達ばかりで、朝が早い分夜も早い。訪問するなら日が沈む前が良いだろう。


 突然訪問した私に、ヨーゼフさんは一瞬だけ怪訝げな顔をしたけど、快く迎え入れてくれた。良い匂いがするところを見ると、奥で家族が夕食の準備でもしているのだろう。私は夕食前の時間に約束もなしに訪れた事を詫びた上で、話を切り出した。


「実は……トワが先ほどデルモンデ療養院へ向かいました」

「トワちゃんが?はて、今朝も元気そうじゃったが……」

「あの子は健康ですが、あの子のペンパルがサナトリウムで危篤状態になったらしくて」


 私の言葉にヨーゼフさんは沈痛そうな表情を浮かべる。そう、この星ではサナトリウムで危篤になったと言うことは死と同義だから。だからこそ、私はヨーゼフさんに話をする必要があったんだ。私は慎重に言葉を選んで続けた。


「まだ何もわからないので、仮定の話として聞いて頂きたいのですが。もし、トワが……星外から治療法を取り寄せると言い出したら、どう思われますか?」

「治療法?じゃが、もう危篤状態なのじゃろう?」

「ええ。ですから、仮定のお話です」


 ヨーゼフさんは私の目をじっと見つめ、しばらく考えた後に口を開いた。


「儂の答えを話す前に一つ教えてくれんかね」

「はい、私にわかることであれば」

「……今、儂が話しておるのは……アイリスちゃんかな?それともブースタリア管理官かな?」


 ……そう来たか。私はヨーゼフさんが有能な人物であることは疑っていなかった。この地域が穏やかで豊かなコミュニティであるということは、彼が円滑に地域を運営している証拠だったから。だが、彼は私が思っていた以上に聡い人だったようだ。おそらくだが、彼はこの星の統治形態から察するに……評議員と呼ばれる立場の人物でもあるのだろう。

 そして彼は私がこれから話す内容がどういう立場による発言なのかと問うている。ヨーゼフさんの知る一個人である「アイリスちゃん」か。それともコミュニティの代表者に要請を持ちかけるギルド幹部「ブースタリア管理官」なのか、と。私は軽く息を吐いてから応えた。


「私は、トワの姉としてお話しさせて頂きたいと考えています」

「そうか、トワちゃんの姉上か……」


 ヨーゼフさんはそう言うと目を細めた。好々爺に見える彼がそういう表情をすると、おそらく多くの人は心を許すだろう。それが彼の交渉術なのかもしれない……そんな穿ったことを思いながらも、私は彼の答えを待つ。


「儂にまず話を持って来るということは、アイリスちゃんは儂らの事を理解してくれておる。そう思って良いか?」


 ヨーゼフさんは私の事を「アイリスちゃん」と呼んだ。ということは、これがギルド管理官としての公的な要請ではなく、あくまでも個人としての意見表明であることを理解してくれたということだろう。なら、私はトワが思うところを彼に伝えるだけだ。


「ええ。この星の最初の入植者(オリジネーター)が自然志向の考えを持つ方々であることは承知しています。それ故に、科学的な医療を好まれないことも」

「好まれない、とは穏当な表現じゃな?星外から来たアイリスちゃんの目線じゃと……拒絶しているように見えるじゃろうて」

「……私はこれまでにもいくつもの星を巡りました。星の価値観はそれぞれですから、この件についてお話しする際に私の価値観は重要ではないと承知しています」

「そうか。では儂の考えを話そうかの」


 そう言ってヨーゼフさんが語ったことは。私がヴェルデナの情報から推測したものとほぼ一致していた。

 この星に入植したオリジネーター……すなわち、星の舵取りを行う権利を持つ者達は、この惑星をナチュラリストの楽園とした。科学技術を全て否定する訳ではないが、可能な限りそれを排除する。

 結果として建築物は木造が主流だし、畜産もオートメーション化が施されていない自然農法だ。トワは毎日何の疑問も持たずに牛の世話を行っているが、本来畜産を主要産業とする惑星なら酪農もフルオートメーション化されているのが普通で、牛たちがのんびりと草を食む様子なんて観光牧場ぐらいでしか見られないはず。だが、この惑星では牛たちは気楽に草を食み、人々は人力で搾乳を行っている。


 それは自然を重視する人達にとっては理想の生き方で、私もよそ者としてその自然な生活は好ましいと感じている。だが一方でこの星の自然主義的な考えは医療にも及んでいる。この星の価値観では化学的な薬品による治療は自然な状態を損なうとされ、医療はハーブや食事療法などの――星外の基準で言えば原始的とも言えるものしか行われていない。

 それ故にこの星には病院というものがなく、病人を集めて自然治癒するか、もしくは死ぬに任せて放置することしかできない療養院(サナトリウム)しか存在しない。

 それは星外の価値観からみれば、救える人間を見殺しにしている不合理なものでしかないが、この星ではそれが「自然」なんだ。


「……じゃがな、その価値観をもたらした第一世代の人々はとうに鬼籍に入っておる。それ故に、儂らは医療を頑なに拒む理由は無いが……」

「……でも、価値観としては受け入れがたい」


 言いよどんだヨーゼフさんの言葉を引き取り、私が発した言葉に彼は頷いた。


「これがギルドの管理官から、星の在り方を改めよと要請される話なら、儂は拒絶する返事しかできん。しかし、アイリスちゃんは『トワちゃんの姉』じゃからな」

「……?」

「トワちゃんはな、儂らの価値観を最大限に尊重してくれておる。毎朝牧場へ来て、不合理で、非効率的なやり方を受け入れ、心から楽しんでくれておる。儂個人としては……トワちゃんが望むことはかなえてやりたいとは思うておる」


 ヨーゼフさんの言葉はおそらく本心からのものだろう。それ故に、彼の言葉に含まれる小さな拒絶……ヨーゼフさん個人ものではなく、星の伝統やしがらみといったものが示す、拒否感が大きな障害になりうると告げている。だが、少なくとも彼は私の……いや、トワの味方になってくれる。そう感じられた。


「今はまだ、仮定の話ですから。ウェンディという少女がどのような状態かも確認していませんし」

「……ウェンディじゃと?デルモンデの療養院じゃったな?」

「……?はい、そうです」

「……そうか、なら……儂の方からトワちゃんにお願いする立場じゃな。ウェンディは……この村の娘なんじゃよ」


 猛烈に反発されたり、ギルドは出て行けと言われたり。あるいは救世主のように縋り付かれたりと、色々なケースを想定してヨーゼフさんに会いに来ていた私だけど……ウェンディちゃんがこの村の出身だったというケースはさすがに想定できなかった。


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