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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第3部序章『行こう、物語の世界へ』ヴェルデナ-再翔の惑星
395/443

#3

>>Towa


 バイトへ行った翌々日、私は牛乳の神秘を見た。いや、自分でも何を言ってるか良くわからないけど。その日の朝、出産を控えた乳牛が夜中に子を産みそうだという話を聞いた私は、アイリスに断ったうえで出産に立ち会うことにしたんだ。

 恋愛事には興味は無いけど、一応私も知識としては妊娠や出産の事は知っている。だけど、実際に目にする機会なんて殆ど無かったし、乳牛の生の営みを見てみたかったんだ。

 そして、私は生命の神秘を見た。


 結局出産は夜を徹して行われ、朝方に無事子牛は生まれた。寝不足で疲れたけど、それ以上に私は感動した。そして、この子牛を育てるために牛乳が生み出されるのだと知って、牛乳へのリスペクトがこれまで以上に高まった。生命の神秘は牛乳と共に訪れる。そんな良くわからないフレーズが脳裏に浮かんだ。


 帰宅するとアイリスは留守で、星都へ……アルカンシェルへ荷物を取りに行くという書き置きがあった。そして、自宅に置かれた通信機がコールサインを点灯させている。普通ならアイリスがコールを受けるんだろうけど、不在だし、リアルタイムの通信だし。放っておくことが出来なかったので私が出ることにした。


「誰?」

『わっ、トワさん!?マリエッタですっ!』


 通信相手は私の友人、そしてアイリスの秘書官で、お姉ちゃんの義理の娘……つまり、私の義理の姪でもあるマリエッタだった。マリエッタの顔を見るのは2ヶ月ぶりかな?急に連絡してきたということは何かあったんだろうか?


『マリエッタもヒナも元気にしてますっ!トワさん達は元気ですか!?』

「うん。マリエッタ、私……牛乳の神秘を見た」

『牛乳の神秘って何で――』


 どうやら安否確認だったみたいだけど、あっという間に通信が切れてしまった。マリエッタが乗っていったリュミエールには恒星間通信の機能は付いてないから、ギルド支部からの通信だったのかな?

 通信ログを見ると発信先は惑星サニーサイドと表示されていた。調べるとそこは60パーセクぐらい離れた所で、この距離だとたぶん通信費は馬鹿高い。ギルドの業務に関連する通信なら経費はギルド持ちだけど、今のは私的な通信だから当然マリエッタの自前だ。つまり、前払いしていたGC(ギルドクレジット)が尽きて自動切断されたんだろう。


 それにしても私、さっきマリエッタになんて言ったっけ。牛乳の神秘とか口走らなかった?徹夜でぼーっとしていたせいでおかしな事を口走ったような気がしたけど……まぁ、マリエッタは賢いし、暗号解読も得意だ。きっと私達がヴェルデナで楽しく暮らしていると理解してくれるだろう。私はマリエッタの事を信じる事にして、寝室で一眠りした。


 昼過ぎに戻ってきたアイリスはお土産に星都で流行っているという焼き菓子を買ってきてくれた。こういう気が利くところはさすがお姉ちゃんだ。そういえば私、バイト帰りにお土産とか買ってきたことなかったっけ。今度は何か買って帰ろう。

 少し気温が低いこの星ではお茶というと暖かい紅茶が主流らしいけど、アイリスはお湯ではなくミルクで煮出した紅茶をよく淹れてくれる。普通のミルクティーよりも濃厚で美味しいけど、ちょっと贅沢じゃないかな?私がそう言うと、少しジト目でアイリスは言う。


「少しでも多く牛乳を消費する為の苦肉の策だからね?まぁ、ロイヤルミルクティーの方が濃厚で美味しいっていうのもあるけど」

「ほほう」


 毎日沢山牛乳を持って帰るとロイヤルミルクティーが飲めるということを知った私は、明日からもう少し多めに牛乳を貰ってこようと考えた。


「……トワ、止めてね?」

「なんで?なにを?」

「これ以上消費できないから。牛乳貰う量を増やすのを」


 律儀に聞いた順番に応えてくれるお姉ちゃんの笑顔はちょっと怖かった。牛乳の話題になったことで、私はふと牛乳の神秘のことを思い出した。いや、思い出すべきなのは牛乳じゃなくてマリエッタの事だけど。


「そういえば、マリエッタか連絡あった」

「えっ!?メッセージ入ってなかったけど……まさかリアルタイム通信?あの子に何かあったの?」

「ううん。安否確認。ヒナもマリエッタも元気だって」

「そっか、良かったよ。で、こっちの現状もちゃんと伝えてくれた?」


 アイリスの言葉に私はどう答えたものか少し思案した。徹夜明けのテンションでおかしな事を口走ったというと「姉の説教1時間コース」になりそうな気もする。でも、私はアイリスと互いに隠し事をしないという約束をしているし、だから、正直に話すことにした。


「牛乳の神秘を見たと伝えた」

「……言いよどんだから、何か変なことを言ったんだろうとは思ったけど……予想以上だね、それ。立ち会い出産の事だとは思うけど、マリエッタ混乱してなかった?」

「言った直後に通信切れた」

「はぁ……まぁ、マリエッタならこちらも問題無いって理解してくれるかな」

「私もそう思う」


 どうやら説教コースは回避出来たようだ。そういえば連絡と言えば、私宛のメッセージも届いていた気がする。眠かったのでそのままにしていたけど。


「アイリス、メッセージ見ていい?」

「ん、いいよ。……あ、これウェンディちゃんからだね」


 そう言ってアイリスが開いてくれたメッセージは私のペンパルであるウェンディからだった。アイリスが参加している「シンガーとペンパルになろう!」っていうキャンペーンが面白そうだったから、私も参加してみたんだよね。最初、2人とやり取りしてたけど1人とは話が続かなくて自然にペンパル解消しちゃったけど、もう1人のウェンディとはもう1ヶ月半ぐらいやり取りが続いてる。

 キャンペーンの決まりで個人情報をあまり公開できないことになっているから、ウェンディの事はこの星に住んでて、たぶん13歳ぐらいの女の子だっていうことしか知らないけど、それでも不思議と話は合った。


 ウェンディは星の外に出たことが無いらしくて、色んな星の事を聴きたがった。私が旅した星の事を教えると、ウェンディはその星だとこんな事があるかも……と物語を考えてくれた。物語の中には実際に私が出会ったような事もあったし、おとぎ話みたいなものもあって、とても面白かった。だから私はこれまでに訪れた星の話をウェンディに次々伝えて……そしてやり取りが今も続いている。


「ウェンディちゃん、何だって?」

「……少し返事が遅れるかもって」

「何かあったの?」

「体調崩してるって」


 これまでのやり取りでも、端々にウェンディが健康な少女ではないことを示す内容が含まれていた。星外どころか家の外にもあまり出た事がないような様子や、ウェンディの現状を伝える身の回りの話がベッドから見える光景に偏っている気がしていたから。だけどあえてこれまでは私もウェンディもそれには触れなかったんだけど……ウェンディの側から体調が悪いと伝えてくるということは、余程具合が悪いんだろうか。

 私はウェンディの事を心配していること、早く良くなってまたやり取りしたい事を綴った返信を送った。だけど、いつもならすぐに戻ってくるはずの返事は……戻ってこなかった。



 そして10日ほど経って、ようやくウェンディのアカウントからのメッセージが届いた。だけど、それはウェンディの書いたメッセージではなく、ウェンディの母親という人からのメッセージだった。

 なんでもウェンディは末期の難病患者だったらしく、前回のメッセージを送ってくれた数日前から体調がかなり悪化していたらしい。そして今日、ウェンディが昏睡状態になったこと、そして余命幾ばく無いと宣告されたことが綴られていた。

 ウェンディがペンパルとやり取りしていた事は母親も知っていたらしく、ウェンディがこれ以上やり取りを出来ないことを詫びると共に、病床にいた娘が最後まで私とのやり取りを楽しんでいたこと、そしてそれがウェンディにとって生きる支えになっていた事への感謝でメッセージは締めくくられていた。


「……アイリス」

「辛いね。でも……どうしようもないよ」

「私、ウェンディに会いに行く」


 私の言葉にアイリスは一瞬目を細めたけど、何も言わずに最近は使っていなかった、ブレスレット型の情報端末、フォトンタブを起動した。アイリスのフォトンタブは管理官権限が付与されているから、超光速通信網が敷かれている惑星上からなら、ほぼ無制限で恒星間通信ができる。そしてアイリスが連絡を取った先は……マリエッタだった。聞き慣れたマリエッタの声が通信機から聞こえる。


「久しぶり、マリエッタ。元気にしてる?」

『はいっ!今、メナ・クロウリーさんの所にいますっ!』

「メナの?……ごめん、その話はあとで聞く。急ぎで頼みたい事があるの」


 そう言ってアイリスはマリエッタにウェンディのメッセージの発信元特定を依頼した。つまり……ハッキングによってウェンディの居所を突き止めようとしてくれているんだ。


「ここで間違い無い?」

『はいっ、間違いなくそのデルモンデ療養院から発信されてますっ!特に偽装もされてませんでしたけど、犯罪拠点か何かですかっ!?』

「いいえ、トワのペンパルがいるところ。ごめんね、無理言って」

『お役に立てて何よりですっ!あっ、今ヒナとちょっと作戦中なので……終わったら直接報告に行きますねっ!』

「ええ、待ってるね」


 アイリスは続けてフォトンタブを操作し、デルモンデ療養院というところについて調べてくれた。ヴェルデナの星都や私達がいる牧場地帯から随分と離れた山間、湖の畔にある小さな平地にぽつんと建ったその施設を、アイリスはサナトリウムと呼んだ。


「サナトリウム?」

「……末期患者のための、療養施設だよ。治療じゃなくて緩和ケアを目的としたところだね」

「じゃあ、さっきのメッセージは……」

「悪戯やアカウントの乗っ取りじゃなくて……事実、だね」

「ウェンディ、助からないの?」


 ウェンディに会って、何か力になりたい。助けたいと思っていたけど……現状は絶望的だと突きつけられた。アイリスに問うても仕方の無い事だとわかってはいた。でも、私は……お姉ちゃんに縋るしか無かった。私の問いにアイリスは少し思案してから口を開いた。


「トワ、今から言うことは希望に見せかけた絶望になるかもしれない。それでも聞く?」

「聞く。聞かせて」

「即答だね。わかった。実はこの星の医療の仕組みには少し問題があるんだ。謹慎先として選んだ時点で気付いてはいたんだけど……私達はセレスティエルで病気にならないから無視したファクターなんだけどね」


 そう前置きしてアイリスが説明してくれたこの星の問題。それはヴェルデナという星を開拓した第一世代の人達の信念についてだった。

 アイリスが言うにはこの惑星は自然主義者(ナチュラリスト)の有志が入植した星らしく、科学的なものや工業的なものをあまり好まない風潮があるらしい。言われてみれば私達が暮らしている牧場エリアも、星都も、高層ビルや近代的な機械産業の類いは存在していなかった。そしてその思想や価値観は医療にも及んでいるとアイリスは言った。


「ここの価値観としては、化学薬品を用いる医療は自然の摂理に人間が介入する、あまり好ましくない行いだと思われてるらしいんだよ。だから、ここには治療のための『病院』が存在していない。あるのは自然治癒を待つ『療養所』だけなんだ」

「つまり、ウェンディは治療を受けてない?」

「……たぶんね。難病というのが銀河的な評価基準なのか、それともこの星の基準なのかがわからないから、なんとも言えないけど」


 つまりアイリスが言いたいのは、ウェンディの症状は既にどうやっても救うことが出来ない可能性があると同時に、薬一つで治る可能性もあるということだ。それなら……私がすることは一つだ。


「……お姉ちゃん。私、行ってくる」

「一つだけ約束して。ギルドの掟……内政干渉にだけは気を付けて」

「善処する」

「……する気、無いよね?」

「ごめん。でも、ありがとう」

「はぁ。無茶だけはしないでね?」


 そう言ってアイリスは私を送り出してくれた。たぶんお姉ちゃんは私がこう動くことを予想した上で、それでも今の話をしてくれたんだと思う。私が勝手なことをするとアイリスの謹慎が長引く可能性はあるけど……それでもウェンディの助けになりたいと私が考えることを知って、送り出してくれたんだ。


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