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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第3部序章『行こう、物語の世界へ』ヴェルデナ-再翔の惑星
394/444

#2

>>Iris


 星都へ向かうトワを見送った私は仮住まいの自宅へ戻ろうとしてふと気が付いた。あの子、着替えずに行ったよね?脳内で先ほどのトワの姿を思い出す。

 長い艶やかな銀髪は作業の邪魔だからとヴェルデナで生活し始めてからはポニーテールにしていることが多い。あの子の基本スタイルはいつも通りの裾の長いTシャツとワークブーツだけで、それ自体は酪農を主体とするここではさほど違和感はない。ただ農作業をするとシャツが汚れるからトワは最近デニム地のカバーオールを身につけている事が多く……今日も朝から牧場へ出向いていたので先ほどもカバーオールを着たままだった。

 つまり、トワの格好はどこからどうみても農家の娘さんだ。


 いや、あの子の事だから全く気にしてないのはわかるけど、ギルド支部に出入りする格好じゃないよね、それ。支部へ向かう前にアルカンシェルへ寄って、お風呂に入るなら着替える可能性があるし、きっと野良着姿だとサクヤが何かツッコミを入れてくれるはず。そうであって欲しいと思いながら、私は自宅へと戻る。


「おや、アイリスちゃ……いえ、ブースタリアさん」

「アイリスでいいですよ、ヨーゼフさん」

「いや、申し訳ない。つい孫娘のような感覚で呼んでしもうてな……」


 そう言って頭をかくのはいかにも農夫然とした服装の好々爺、ヨーゼフさん。トワがお手伝いに行っている牧場のオーナーさんで、この集落のまとめ役をしている人だ。最初にここへしばらく住むことを挨拶しに行ったときに、トワが私をギルドの管理官だとバラしたせいでちょっと引かれてしまってるのが少し寂しい。なので、時折こうやってアイリスと呼び捨てにして欲しいと頼んでいるのだが、なかなかにヨーゼフさんは手強かった。


 私はヨーゼフさんにいつも美味しい牛乳を分けて貰っていることを感謝し、ヨーゼフさんからはトワが毎日熱心に牛の世話をしていることを感謝された。こういう近所づきあい的な人間関係は故郷の星を出て以来だから、心が安まる気がする。最初に謹慎という処分を聴いたときは少し憂鬱だったけど、実際の所骨休めとしては悪くなかったからね。


「ところでヨーゼフさん、また牛乳料理のレシピを教えて欲しいんですけど」

「そうじゃなぁ、牛乳そのものを使う料理はもうあらかた教えたし……チーズやバターに加工したものではどうじゃ?」

「あ、それいいですね。もし可能ならトワに乳製品を分けて頂ければ……」

「いや、儂も毎日牛乳だと余ると思うてな、チーズやバターを勧めておるんじゃが……トワちゃんは牛乳がいいと頑なでなぁ」


 ……どうやら我が家が牛乳づくしなのはトワのせいだったらしい。いや、概ねそうだろうと思っていたけど。私はヨーゼフさんに謝り、乳製品は別途購入する旨を伝えておいた。街へ買い出しへ向かうというヨーゼフさんと別れ、私は自宅へ帰宅した。


 今の住まいは木造の平屋で、水回り以外の部屋は居間と寝室だけ。間取りとしては、小洒落た言い方をすれば1LDKになるんだろうけど……まぁ、小屋と呼んでも差し支えない小さな住居だ。だけどこぢんまりとした感じが逆に今の私にはあっているような気がする。本来なら私やトワの年齢で自活している人が住んでいるのはこんな環境だろうからね。決して、一般人は檜風呂や豪華なラウンジが備え付けられた航行可能な自宅(アルカンシェル)には住んでないだろうし。


 自宅に帰った私は、素朴な造りの家には不似合いな恒星間通信端末へと向かう。現在の私は管理官としての役職停止中でギルドの業務には関わることができない。だけど、ボランティアならOKという許可を貰ったので、ギルドが行っている「イメージアップキャンペーン」に参加する事にしたんだ。といっても大々的な広報戦略に関与する訳ではなく「シンガーとペンパルになろう!」という、誰が考えたのかわからない緩い企画への参加だけど。


 この企画はギルドの花形職業であると同時に一般の人からは謎めいた存在である「クリスタルシンガー」について知ってもらうべく、希望する一般人とシンガー有志がメッセージをやり取りするというものだ。まぁ、平たく言うと文通ってやつだね。

 管理官としての職権は停止されているけど、幸いな事に私にはCランク――シンガーとして認められる最低限――の能力があるので、シンガーとしてなら企画に参加できる。なので私はこのキャンペーンを使って多くの人とやり取りを行っているところだ。


 現在私が公式にギルドへ届け出ているペンパルは46人。半分ぐらいは今いる惑星ヴェルデナの人だけど、残りは星外の人だ。殆どの人とはキャンペーンの趣旨に沿ったやり取り……シンガーとしての生活やC3のこと、調律の感覚なんかを話しているけど、一握りの人達とは偶然を装って違う話をしている。


「……あ、レイソール教授から返事が来てる……うん、やっぱり重力場と亜空間へのアクセスには因果関係がある、か……。こっちはブルーノ研究所から?現物がないと侵食の原理は解明できない、か……」


 私は2ヶ月前にオリオン腕から逃げ戻って以来、ずっと放浪機への対抗策を考えていた。スターゲートを破壊したことで一時的に放浪機の侵入を防ぐことには成功したけど、いつあいつらがオリオン腕からペルセウス腕(こちら)へ侵出してくるかわからない。危機が訪れてから騒いでも手遅れだから、私達が見聞きし、経験した事を元に立てられる対策を立てておきたかったんだ。


 だけど謹慎に際して私はスゥ局長から二つのことを約束させられていた。一つはオリオン腕での出来事を公言しないこと。そしてもう一つは通信内容を統括局に開示すること。つまり今の私は秘密裏に放浪機対策を講じることが出来ないってことだ。

 だからあえてオープンな方法で、雑談を装って様々な分野の有識者に「ペンパル」として接触し、事象の解釈や仮説の検証を依頼している。今日返答があったレイソール教授は近隣宙域における亜空間研究の第一人者だし、ブルーノ研究所は人工知性体の研究で先端的な知見を持っている。そんな相手と「たまたま」放浪機やスターゲートに部分的に関連する雑談をしている……と言う訳だ。


 もちろん私がこういう活動をしていることは、私を監視しているであろうスゥ局長には筒抜けになっているだろう。だけど、局長が指定したルールの中で動いているからか、今のところ警告も中止命令も出ていない。なら、この平和だけど退屈な惑星にいる間に……少しでも出来ることをしておかないと。改めてそう思った私は返信をくれた2箇所と、他の普通のペンパルへの返信に取りかかった。


「……そういえばアリサにもしばらく連絡してなかったっけ。無茶してないと良いけど」


 さしあたり返信を要する相手には全て返信し終えた私は、もう1人の義妹であるアリサの事をふと思い出した。いや、アリサの事は毎日トワと話しているから意識はしてるけど……あまり頻繁に連絡しないようにしようと2人で申し合わせていたから、直接的にコンタクトは取らないようにしてるんだ。

 私とアリサとのやり取りは間違いなく統括局に監視される通信だからね。私もアリサも迂闊なことを言うつもりはないけど、やり取りしていること自体が疑いを招く可能性があるし、疑われると謹慎期間が長引く可能性がある。だから本当に重大な用件がある時以外はアリサにも、そして私の専属秘書官であり養女、義理の娘であるマリエッタにも連絡はしないようにしているんだ。


 アリサは故郷の星で元専属秘書官だったテレジアさんと合流して孤児院の運営に戻ったと聞いている。マリエッタはアリサの今の秘書官で監察官を兼務しているヒナと一緒に宇宙を飛び回っているらしい。孤児院院長の不正をただすと言ってたけど、もうその件は解決したんだろうか。謹慎前は毎日一緒に生活して馬鹿話をしてたんだけど、今は仲間達の近況すら知ることが叶わない。……ふと、そんな事を思った。


「アイリス、私が帰還した」

「……お帰り、トワ。あれ?着替えてないの?」

「うん。お風呂、お湯張るのに時間掛かるからそのまま帰ってきた」

「まぁ、サクヤは立体映像だからお風呂入らないしね……」


 いつの間にか夕方になっていたようで、戻ってきたトワといつものようなやり取りを交わす。そうだ、仲間達はいないけど……私の傍らには一番大事な存在(トワ)がいる。


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