#1
>>Towa
酪農家の朝は早い。まだ空が薄暗いうちに起床し、作業着に身を包んで牛舎へ向かう。まずは牛たちの健康状態をチェックし、搾乳器の準備を整える。そして1頭ずつ体を清潔にしながら搾乳を行い、異常がないかを確認。搾った牛乳はすぐに冷却保管して、器具の洗浄も欠かせない。
その後はエサやり。サイロから運んだ牧草を与え、水を補充しながら牛たちの様子を見守る。牛舎の掃除も大切な仕事で、排泄物を処理して寝床を整え、清潔な環境を保つ。さらに、子牛への哺乳や妊娠牛のケアもあって一頭一頭に目を配る必要がある。
最後に搾乳量や牛の健康状態を記録して発情や分娩の予定を確認する。すべてが終わる頃、ようやく朝食の時間。酪農家は――私、トワ・エンライトはこれだけの作業を朝食までにすませるんだ。
「いや、トワは酪農家じゃないよね?」
「アイリスにまた心を読まれた」
「今、普通に口に出してたからね?酪農家の朝は早いから始まって、朝食までに済ませるんだ、まで。妙に流暢な口調で」
「解せぬ」
私の思考――いや独り言――にツッコミを入れてきたのは、ライトブラウンの長い髪を、最近は二つ結びの三つ編みにしている女の子。紅玉のような美しい瞳はくるくると表情を変え、背は低いけど抜群のスタイルをもつ肢体を質素だけど上品な服で包んでいる。言うまでもなく、それは私の義姉であるアイリス・ブースタリアその人だ。
私達はスターゲート破壊の一件で所属する通商組織、モーリオンギルドから無期限の謹慎処分を受けている身だ。いや、実際に処分を受けたのはアイリスと、私のもう1人の義姉であるアリサ・シノノメの2人だけで私は処分対象外なんだけど。でも私はアイリスと一緒にいたいからこうやってヴェルデナという惑星でアイリスと2人で暮らしている。ただ、何もせずにぼーっとしているのは暇なので、牛乳を分けて貰うための交換条件としてこの惑星の主要産業の一つである酪農のお手伝いをさせてもらっているんだ。
「でもトワ?毎日1リットルの牛乳貰ってくるとさすがに消費が追いつかないよ?牛乳使う料理のレパートリーは増えたけど」
「牛乳は正義」
「行き過ぎた正義は時に悪になるからね?」
「善処する」
朝食の食卓を2人で囲みながらそんな話をする穏やかな日々がもう2ヶ月ぐらい続いている。放浪機によって滅ぼされたゲートの向こう側のことは未だ心の奥底にわだかまっているけど、それでもあの時に感じた恐怖と絶望は少しずつ風化しつつあった。
「そういえば今日は昼から街へ行くって言ってたよね?」
「うん。アイリスも一緒に行く?」
「んー、パスかな。出張所に顔出すとまた畏まられちゃうし」
アイリスが言っている出張所というのは、私達が所属しているモーリオンギルドの出先機関だ。ギルドが扱う資源であるC3は人類の生活を維持するために必須のものだけど、これを取り扱えるのは私達ギルドの人間だけ。だから人類が入植している殆どの惑星にはギルド支部があるし、支部を開設する程開拓が進んでいない星には出張所が設けられている。
私達が滞在しているヴェルデナは入植開始から176年が経過した比較的歴史の浅い星で、人口は300万人に少し届かないぐらい。近くの住民達は人間より家畜の方が多いと笑って言うぐらいの規模感で、ギルドが本格的に進出する段階ではないらしい。
で、私が定期的にギルドへ顔を出しているのはアルバイトをするためだ。C3を使えるようにするためには水晶の歌い手、通称「シンガー」と呼ばれる特殊人材による歌を使った「調律」が必要だけど、ここの出張所にはシンガーが2人しか在籍していない。2人で300万人が使用するC3を調律するのは大変らしく、シンガーである私が時々バイトで応援に行ってるんだ。
「内職用にC3持って帰ってくる?」
「いや、トワがいるのに私が歌うとかちょっと……。たぶん出張所の人達もトワが行く日は歌ってないんじゃない?」
「……そういえば、そうかも」
一応、私はギルドで最高位のSランクシンガーということになっている。実際にはさらにその上位の存在である『歌』のエレメントを持つ人造の存在でエトワールと呼ばれるセレスティエルなんだけど。
アイリスは一度命を落とし、私と同じセレスティエルとして再生されたけど、アイリスがもつエレメントは『絆』で、セレスティエルになった後も生来のシンガー能力は保持しているのにアイリスは私の前で水晶を歌おうとしない。私、お姉ちゃんが歌う歌、好きなんだけどな。
ギルドでのアイリスはシンガーではなく「管理官」という立場にいる。それもただの管理官ではなく、高位幹部にあたる二等管理官の資格を持っている。二等管理官は本来ギルドを管理する統括局の中でも部門の長を務めるレベルの資格だから、役職停止中とはいえそんな大物が場末の出張所に現れると気を遣わせてしまうらしい。
実際、ヴェルデナへ到着して最初に挨拶に行ったときは出張所の所長さん一家が平伏しそうな勢いで、アイリスが慌てて止めてたぐらいだったからね。
ともあれバイトだ。私もアイリスもギルドの一員だけど、支部や出張所に勤務する一般職員と違ってシンガーや管理官は固定給制度じゃない。
私はC3を調律することで。アイリスは統括局からの依頼で政治的な調整や監察ミッションを達成することで報酬を得る成果報酬型の給与制度なんだ。だから頑張って星々を飛び回っている間はいくらでもお金を稼げるんだけど、こうやって惑星の上でのんびりした生活を送っていると結構懐具合は寂しくなる。
アイリスはそれなりに貯金があるみたいだけど、謹慎がいつまで続くかわからないからバイトして生計を支えるのが今日の私のミッションってことだ。
食事を終えた私はお世話になっている集落の外れに駐機しているエアロプレーン兼脱出艇であるブリーズに乗って星都へ向かうことにした。私達が居を構えているところは星の中心地から離れた牧場地帯だから、地上をゆっくりビークルで移動するよりも飛んでいった方が早いからね。
「トワ、星都へ行ったらついでにアルカンシェルに顔出して、サクヤのご機嫌伺いしてきて?もう半月ぐらい放置してるでしょ?」
「わかった。ついでにお風呂入ってくる」
「……あー、それいいな。私も……いや、やっぱりやめとこう」
アルカンシェルというのは私が個人的に所有している航宙船で、古代文明……いや正確にはオリオン腕の技術で作られたロストテクノロジーの船だ。サクヤはアルカンシェルに宿った人工人格で、アイリスと少し仲が悪い。アイリスも本当はアルカンシェルに搭載されている檜風呂が恋しいんだと思うけど、しばらく放置していたサクヤがアイリスに八つ当たりするのが目に見えてるから今回はパスするんだろうね。
ともあれ、私はアイリスに手を振ってブリーズへ乗り込み、星都へと飛んだ。
第3部本日より連載再開します
更新は毎日06:00と18:00の2回になります
よろしくお願いします!
なおアイリスの謹慎期間中にヒナとマリエッタが遭遇した事件についてはスピンオフ作品「監察官ヒナ」
https://ncode.syosetu.com/n0208me/
にて物語が展開されています
星喰み(アバドン)を巡る第1シーズンは完結済みですので、是非あわせてご一読ください!




