#2
12,000名の脱出者を乗せる大型貨物船には惑星と同じ「サザーランド」と言う名が与えられた。
新造艦であり、惑星サザーランドが建造可能な最高の船は、一般国民には前線への物資輸送船として用いられるとアナウンスされていたが、積載される物資は食料や水、酸素触媒……そして戦闘には不要な冷凍睡眠ポッドだ。
如何に大型の貨物船とはいえ1万人もの人間が生活することは不可能だ。それ故に航宙船のクルーである50名と、物資を消費しない機族達を除いた大人の乗客、そして子供の全てが冷凍睡眠され、新天地バルトニアで目覚めの時を迎えることになる。
「……バルトニアは『サザーランド』を受け入れてくれるでしょうか」
「もう200年以上前の古い盟約に頼る事になるが……彼らとの友好は今でも続いていると信じる他あるまい」
放浪機が通信を傍受するという可能性が指摘されて以降、人類は恒星間通信装置を封印していた。
唯一の例外は人類軍本部との連絡網だが、これとて超光速船を使った伝令形式での情報交換しか行えない。それ故に、惑星サザーランドは直接的にバルトニアと連絡を取ることすら叶わないのだ。
ただ、30年程前により後方にあるバルトニアから前線に向かう航宙船が寄港したことで、彼らの無事だけは確認出来ていた。その事実に縋り、大統領達は避難船を仕立てて子供達バルトニアへ逃がそうと考えたのだ。
避難船の船長にはサザーランド守備隊に所属しているアーガトンと言う名の少佐が選ばれた。
彼は守備隊の中でも指揮能力や判断力に優れた人物として評されており、サザーランドの行く末を託すのに最適な人物だと、人口知性体のみならず政府首脳陣も太鼓判を押した。
だが、アガートンは当初、自身が避難船に乗ることを拒否していた。
「軍人である私が戦わずに逃げるなど……総動員された人々にどう顔向けすれば良いのですか!」
「アガートン少佐。そのように考える君だからこそ、子供達を託したいのだ。軍人の任務は国を守る事。そして君が指揮する事になる艦の名は『サザーランド』だ。その意味はわかるね?」
大統領の言葉に、アーガトンは絶句する。だが、子供を生き延びさせることこそが国を守ることと言う大統領の説得に、彼は「サザーランド」の艦長に就任することを承諾した。
そしてついに放浪機の艦隊がサザーランドが存在する恒星系の外縁に姿を現した。
軌道ステーションが観測した艦影は全部で13。
偵察機であるハンター級が9。
放浪機の主力艦であるポーン級が3。
そして小隊指揮を担うナイト級が1。
対するサザーランド守備隊が要する艦は、武装民間船が31。
旧式の駆逐艦が5。
老朽化した巡洋艦が1。
そして最新の戦艦が1。
数だけ見ればサザーランド側が優勢だ。
「この編成は……偵察目的の先遣隊ですな。これは幸運でしたね」
「ああ。少なくとも一瞬で押しつぶされる事はなさそうだ。例え少数でも相手の数を削ることが出来るかもしれんし、総攻撃を掛けている間にサザーランドを逃がせる目が出て来たというものだ」
つまりは、そういうことだ。
問題は数ではなく艦の性能差で、最新鋭とはいえ人類軍の主力戦艦はかろうじてポーン級と互角に戦うことしかできず、単艦ではナイト級に手も足も出ない。
巡洋艦は駆逐艦全てを護衛に付け、相打ち覚悟で挑めばハンター級を1隻か2隻は沈めることは出来るだろう。
武装民間船は……正直な所、貴重な戦艦や巡洋艦を守るための陽動、人が乗ったデコイでしかない。それほどまでに戦力差は圧倒的だった。
「ではアーガトン艦長。最終確認だ。明朝0500、我々惑星サザーランドは放浪機艦隊に一斉攻撃を掛ける。初手に武装民間船を敵艦隊後方へショートジャンプさせ、ジャンプアウト直後に融合弾を搭載した小型艇を発進させて攪乱を行う。君の指揮する『サザーランド』はそのタイミングに同期してジャンプを決行し、恒星系外へ待避する。民間武装船の跳躍痕跡と貴艦の空間振動波が重複すれば連中は追尾することが出来ないはずだ」
「……了解しました、大統領」
サザーランドの艦長、アーガトンはそう言うと大統領に向かって敬礼した。
だが、その顔には重大任務を託された者としての栄誉や誇りは欠片も無く、ただ苦悩と後悔に満ちた表情が浮かんでいる。
「アーガトン君。君だけが頼りだ。子供達を……サザーランドの過去と未来を守ってくれ」
「判っています、大統領。任務は確実に果たします。ですが……子供達を送り届けた後、私も戻って戦う事を許可願いたい」
「それは許可できない。子供達には指導者が必要だ。君は生涯を掛けて『サザーランド』を守るのだ。……頼んだぞ」
「……はい」
その日の夜、秘密裏に集められた子供達とスタッフが航宙船「サザーランド」へと乗り込んだ。
ただ秘密裏とは言えどうしても人数が多い。開戦目前で混乱しているとは言え、多数の子供達の移動は人目を惹いた。
そして……誰かが叫んだ。
「もしかして、あいつら……星外へ逃げるんじゃないか!?」
多くのサザーランド国民はその言葉に希望を感じた。自分達がここで死んでも、子供達が生き残ることが出来るのであれば……命を捨てる意味がある、と。
だがそう思わない者もいた。
「どうして!?どうして私の娘は選ばれていないの!?」
「うちの息子を乗せてくれ!この子は体が弱いんだ……頼む、助けてやってくれ!」
「ああ、どうして弟だけ?私は?私はダメなの!?」
「お姉ちゃん、待ってよ、お姉ちゃん!」
子を持つ親。そしてきょうだいのうちの1人だけが選ばれてしまった家族。悲哀と懇願の声が上がる。
だが、より醜い感情を抱いた者もいた。
「お願い、アタシも乗せてよ!まだ死にたくないよ!」
「どうして子供だけ?私も乗せてよ!私、教師の資格を持ってるの!」
「どけ!そのガキを降ろせば俺が乗れるだろうが!」
「子供を殺せば空きが出る!今さら他の子供を選ぶ時間は無いだろう!」
サザーランドに乗り込もうとする子供達を押しのけようとする年長者達。中には子供達を殺して無理矢理欠員を作ろうと考える者まで現れ、軌道ステーションは混乱を極めた。
だが、その混乱は……銃声によって強制的に鎮められた。
「このプロジェクトはサザーランド政府から最高プライオリティで実施することが求められている。プロジェクトを妨害する者は、警告無く射殺する」
子供を手に掛けようとした中年男性を射殺したアーガトンは、感情を押し殺した声でそう宣言した。
他にも数名、銃を手にした船員達が子供達の搭乗を護衛するが……結局サザーランドが出航するまでに、アーガトン達は16名を射殺することになった。
航宙船サザーランドが最後の乗員、アーガトン達を収容した頃、大統領は防衛艦隊の旗艦である戦艦のブリッジから惑星全土に向かって演説を行っていた。
間もなく始まる惑星サザーランドの総力を挙げた戦いの事。その戦いは絶望的ではあるが、それでも自分達にはたった一つだけ希望があるということ。
既に多くの国民達は子供達を星外に脱出させるプロジェクトについて知っていたが、それでも大統領の口から正式に説明が行われたことで理知的な国民達は、大統領の語る希望の意味を理解した。そして――。
『――惑星サザーランドへ残ることになった国民の皆さん。貴方がたを選べなかったこと、そして救えなかったことは私の罪だ。私のこの罪を、最前線で戦う事で贖わせて頂きたい。……私の娘、ドロシーと共に』
大統領はそう言うと、傍らに控えていた美しい少女に視線をやった。
国民の多くはドロシーという名の少女を知っている。
年齢は14歳になったばかり。文武両道で知られ、心優しい性格が国民達に慕われていた、美しき大統領令嬢。
本来であれば真っ先に避難船に乗る権利があったはずの彼女は、大統領の傍らで健気に微笑み、そして死地である最前線へ向かおうとしている。
大統領の背後に控えていた閣僚達も、それぞれの息子や娘と共に戦艦に乗り込んでいることが映像に映し出され、国民は指導者達が我が身かわいさの選択を行わなかったことを、その目で確認した。
そして……国民を命の選別に掛けるという非情な選択を行わざるを得なかった彼らの姿に理解と尊敬の念を抱いた。
『では諸君!我々は今日、ここで死ぬことになるだろう。だが、サザーランドの未来は子供達に託された。未来を守るため、あの放浪機共に一矢報いてやろうではないか!全艦、発進せよ!』
時計が0500を示し、大統領の号令と共に先陣を切る武装民間船がショートジャンプを敢行した。同時に、サザーランドの姿も、亜空間へと消えてゆく。
「……頼んだぞ、アーガトン君」




