#3
超空間を経由するジャンプ航行の時間経過はほんの一瞬だ。船窓から見える星空が暗転し、瞬きする間に宇宙の星々が窓の外へと戻ってくる。
だが、そこ広がる光景は見慣れた故郷の星空ではなく、60パーセク離れた深宇宙のものだ。
「ジャンプアウト完了。重力波推進装置を10秒だけ作動させ、以降は慣性航行へ移ります」
「……ああ」
予定通りのジャンプアウト位置。そして予定通りの航行計画。航宙船の運行としてはなんの問題もありはしない。
だが、故郷とそこに住まう15億の人々を見捨ててきたと言う罪悪感に苛まれたアーガトンの表情は暗い。
むろん、他のブリッジ要員にしても想いは同じだ。なぜなら彼らは高い能力だけでなく、倫理観をも兼ね備えた……自らが生き延びたことよりも、後に残してきた人々の事を想う、良心の持ち主だったから。
しばらくブリッジに沈黙が落ちるが、やがて周辺宙域の探索を行ってた航海士が声を上げた。
「艦長、ジャンプアウトから600秒が経過しました。本艦の跳躍痕跡を示す空間振動波の消散を確認。追尾してくる艦は無いようです」
「……そうか。大統領達が、食い止めてくれているんだろうな」
追尾してくる後続の船がジャンプアウトする形跡は無く、サザーランドの跳躍痕跡も霧散した。これで自分達は逃げ切ることが出来たと、ブリッジに安堵の空気が流れる。
「ではジャンプドライブのクールダウンが終わり次第、バルトニアへ向かって跳躍を行う」
「了解しました!」
15分後、サザーランドは目的地へ向かって再度ジャンプドライブを起動した。
銀河最辺境域の惑星、バルトニアへ向かって。
惑星バルトニアは入植適合率の低い、人類にとっては過酷な環境の惑星だった。
だがそれでも貴重な鉱物資源が取れることから、人類はドーム都市を建造してまで入植を敢行した。正直な所、温暖で過ごしやすい気温のサザーランドと比べるとバルトニアは住みづらい星に分類されるだろう。
だが、放浪機の侵攻を受けていないという一点のみで、バルトニアはサザーランドよりも快適な惑星だと断言することができる。
……はずだった。
「艦長、規則の寄港申請を行いましたが……バルトニアのポートコントロールから応答がありません」
「通信封鎖をしているのか?ここから状況は判るか?」
「……いえ、何も。……何も?」
「どうした?」
「あれ?艦長……バルトニアの、軌道ステーションが見当たりません……」
「どういうことだ?惑星の裏側に位置してるんじゃないのか?」
「いえ、光学探査だけでなく重力波でも探査しているのですが……その、衛星軌道上にはデブリしか」
観測手のあいまいな報告を耳にしたアーガトンの顔色が変わった。彼は絶望の表情を浮かべながら、それでも気丈に命令を発した。
「サザーランド、緊急停船。アクティブセンサーを使って惑星地表の様子を探索してみてくれ」
「は、はい……」
アーガトンの指示に、観測手は探索モードをパッシブセンサーからアクティブセンサーへと切り替えた。エネルギーの消費量は多くなるが、アクティブセンサーであればより多くの情報を入手することが出来る。
そしてしばらく後、観測手がホロディスプレイに投影した映像は……ブリッジ要員を絶句させるものだった。
「……ドーム都市が跡形も無く破壊されてます……」
「やはり、か。おそらく衛星軌道上のデブリは……軌道ステーションの残骸だ」
「艦長、それってもしかして……」
「ああ。どうやら戦線を抜かれ、最前線になったのは私達の所だけでは無かったようだ」
そう。彼らが避難した先、惑星バルトニアは……既に放浪機によって滅ぼされた後だったのだ。
その後、さらに探索をおこなった結果、バルトニアが滅亡した時期は十数年前程前である事が判明した。
つまり、侵攻経路的にサザーランドが先頃まで襲われなかったのは単なる偶然で、本来であれば自分たちもバルトニア襲撃の直後に背後から襲われていた可能性があったのだ。
だが、その情報を得たところで何も状況は変わらない。バルトニアの地表はドーム都市が完膚なきまでに破壊されているため再入植を行うことも不可能だ。
なにせ、この船に乗船しているのはその殆どが子供だし、あくまでも「移民船」であるサザーランドには「入植船」のような装備は搭載されていないのだから。
「どうしましょうか……故郷へ戻るという手も……」
「それは無理だな。送り出してくれた大統領達の遺志を無駄にすることになる。どこか新天地を求めて移動するしかないだろう」
「ですが、どこへ?この宙域にもいくつか人類が住んでいる惑星はありますが……」
「ここが十数年前にやられてるんだ。他も望み薄だろうな」
放浪機は人類を打ち破った後、惑星に進駐したりはしない。その理由は明白で、奴らの目的は征服では無く生命の抹殺であるからだ。
なので目標を殲滅した放浪機は壊滅させた惑星群を定期巡回するハンターだけを残し、速やかに次のターゲットを探して移動する。
十数年の時間があれば周辺宙域の惑星もあらかた殲滅されている事だろう。
「どこかの星が生き残ってる事に掛けるか、それとも条件のマシな星へ降りて再入植の真似事を試みるか……」
どちらも分の悪い賭けだが、このまま宇宙空間を漂っていても死を待つばかり。
しばらく悩んだアーガトンは、ある決断を下した。
「艦長、指示通り大人を全員冷凍睡眠から覚醒させました。子供については人工知性体に15歳の者から選抜させた118名をピックアップして覚醒させています」
「ありがとう。彼らは?」
「一所へ集まれないので、ホールや格納庫、倉庫などに分散待機して貰っていますが……双方向で通信は繋がります」
「わかった。では通信を繋いでくれ」
250名の大人と、118名の子供の代表に向かって、アーガトンは避難先である惑星バルトニアが既に放浪機によって滅亡していた事を報告した。
双方向通信越しに、子供達が動揺している様子が伝わってくるが、今は心のケアよりも先にすべきことがある。各待機場所に分散しているケア要員に具合の悪くなった子供への対応を任せ、アーガトンは話を続けた。
「――以上のような状況なので、我々が今後どう動くか方針を決める必要がある。選択肢は……おそらく2つだ。生き残りの星を探して宇宙を放浪する旅を続けるか、既に滅んだ星に腰を据えて私達だけで生活圏を作るか。正直、どちらも勝算は低い。だが、選ぶ必要はある。……何か、質問や意見はある者がいたら申し出てくれ」
双方向通信で、各待機場所の様子を確認すると……大人達は二つの選択肢のどちらが生き残れる可能性が高いか議論しているようだ。
子供も……15歳となれば既に成人年齢で、選ばれた子供達は特に知能も高く判断力にも優れているため、大人に混じって議論を行っている姿も見受けられる。
そんな中、ある小柄な少女がおずおずと手を上げた。
『あの、質問いいですか?』
「ああ、もちろん。君は?」
『メリーアン、って言います。あの……行き先なんですけど、スターゲートを目指すのはダメなんですか?』
「スターゲート?」
『はい。その、歴史の授業でかつて人類はスターゲートを通ってペルセウス腕へ向かったと習いました。あそこなら、人類がまだ生き延びてる可能性は無いですか?』
スターゲート!
メリーアンの言葉に子供達はまるで答えを見つけたかのように、どよめいた。
確かにスターゲートをくぐった先の未知なる星域にはまだ人類が生き残っている可能性が高い。だが、その選択肢は選ぶことの出来ないものだ。
「メリーアン。その選択肢はかなり分の悪い賭けになる。なぜなら、スターゲートは閉じている上に、この船にはゲートを開く『鍵』は積まれていないからだ」
『でも、一度開いたゲートは5ヶ月ぐらい開いたままだだと聞きました!もしかしたら、誰かがゲートを開いてくれてるかもしれないじゃないですか!』
メリーアンが告げた言葉に、子供達から賛同の声が上がる。
だが、大人達の表情は暗い。なぜなら、スターゲートを開く「鍵」を持つ船は……もう何千年も前にその全てがペルセウス腕へと渡って行ってしまったからだ。
……そう、ペルセウス腕を閉ざされた「聖域」とするために。
だが、そのことを話して子供達から希望を奪えば、おそらくその時点で「サザーランド」は終わってしまう。
だからアーガトンも、大人達も、あえてその事実を語ることは無かった。
最終的にアーガトンは多数決で今後の行動を決めることにした。大人達は1人1票。118名の子供達は冷凍睡眠中の残り11,632名の代表者であることから、1人あたり10票の重みを加える形で、今後の行動を投票する。
その結果、子供達の圧倒的多数が支持した、「スターゲートへ向かう」という案が採用された。
「……まぁ、どれを選んでも結果は似たようなものだ。なら、まやかしであっても希望を持って進むことが出来る道が、一番マシだということか……」
双方向通信を解除したアーガトンの呟きは、誰の耳にも届かなかった。
一度覚醒させた子供達とスタッフを再冷凍し、アーガトンはサザーランドをスターゲートに向かって出航させた。
目的地は200パーセクほど先で、一度に60パーセクまでしかジャンプ出来ないサザーランドでは4度のジャンプが必要になる。
放浪機が近隣惑星を現在進行形で攻撃している可能性を考慮し、サザーランドは恒星系から離れた深宇宙を経由してスターゲートを目指す。
1度目。2度目、そして3度目のジャンプは無事に終了した。
周囲に放浪機の反応は無い。
「やれやれ、これでスターゲートまでは辿り着けそうだな」
「問題はゲートが開いているかどうか、ですが……」
「奇跡に縋るしか無いだろうな。なにせ鍵を持った船なんて存在していないんだ。向こう側から物好きな誰かがゲートを開けてくれでもしなければ……」
「……あっちの連中が放浪機の事を覚えているなら、望み薄ですね」
「ああ、そういうことだ」
ブリッジ要員とそんな会話を交わしていた時だった。
突如ブリッジ内に警報音が鳴り響く。
「何事だ!?」
「1.3AU離れた地点に空間振動波を感知!何者かがジャンプアウトしてきます!」
「こんな深宇宙にか!?……緊急ジャンプだ!目的地、スターゲート」
「了解!180秒後に跳べます!」
そう指示を出しながら、アーガトンはこれまでのジャンプのどこかで放浪機に跳躍痕跡を嗅ぎつけられたのではないかと考えた。
なにせこんな中継ステーションも惑星も存在しない深宇宙へ、それもサザーランドの直近へわざわざ跳んでくる人類の船などいるはずも無かったからだ。
「空間振動波のパターン判定……か、艦長!」
「何が来た?」
「ハンター級放浪機、数1!」
「一番厄介なやつが……やはり追われていたのか!?」
ハンター級はその名の通り、航宙船を追跡することに長けたタイプの放浪機だ。
戦闘能力は低い――といっても非武装のサザーランドでは逆立ちしても太刀打ちすることは出来ない――放浪機だが、その分ジャンプ可能距離とセンサーのレンジが長い。 おそらくサザーランドの探知圏外にいたハンターがどこかのタイミングで食らいついて来たのだろう。
「クールダウン、終了。ジャンプします!」
これが軍艦であれば連続跳躍で痕跡を誤魔化す事も出来たかも知れない。
だが、サザーランドはあくまでも貨物航宙船だ。短時間でのクールダウンや連続ジャンプの機能は与えられていない。
つまり、このジャンプで振り切る事が出来なければ……サザーランドは沈むことになる。
「ハンター級がこちらへ出てくるまでに跳べれば……!頼むぞ……!」
だが、アーガトン達は知らなかった。
既に数千年もの長きにわたり、放浪機はこの宙域を「狩り場」にしていたことを。
放浪機は人類が宇宙空間に浮かぶ「円環」に群がる習性があることを知っていた。
理由はどうでもいい。
ただ、近隣宙域で追い込みを掛けると、獲物は必ず円環の近くに寄っていく。
なら、後は簡単だ。現地で待ち受けている狩人が罠に掛かった哀れな獲物を狩れば良い。
そう。彼らはそうやって無数の航宙船を狩ってきた。
だから、今回もそうするだけの話だ。
これは――スターゲート近傍宙域に漂う無数の航宙船の残骸の数だけ繰り返された、この宇宙ではごくありふれた物語だ。
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今後のシリーズ展開に関するお知らせ
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アイリスとアリサが無期限謹慎となり、トワ達が惑星に定住したことで旅は一応の終わりを迎えました。
そのため、本編更新はここで一旦「完結」とさせていただきますが、トワ達の旅は第3部以降もまだまだ続きます。
ですがオリオン腕での悲劇のように、トワ達が安穏と暮らす間にも宇宙は胎動を続けています。
しばらく本編の更新はお休みとなりますが、その代わりに別作品として「少女は大宇宙で虹と歌う」のスピンオフ作品を連載させていただきます。
スピンオフのタイトルは
「監察官ヒナ」
https://ncode.syosetu.com/n0208me/
マリエッタと共に旅立ったヒナが遭遇する、銀河を揺るがす一大事件が幕を開けます。
第3部以降の「トワの物語」と「ヒナの物語」は時折接点を持つ表裏一体のストーリーとなります。
リアルタイムで更新を追って頂ける場合、公開順に時系列で最新のものを読んで頂ければ物語がシームレスに繋がります。
後追いで読んで頂いている方のために、「後書き」パートで次回更新が本編/スピンオフのどちらに続くのかを記しておきます。
可能でしたら公開順に読んで頂ければ幸いです。
※「少女は大宇宙で虹と歌う 第3部」および「監察官ヒナ」は毎日6:00/18:00の1日2回更新となります
※本編第3部は6/8頃から連載を再開する予定です




