インターミッション『絶望への逃避行』サザーランド-望滅の惑星 #1
それはこの宇宙ではごくありふれた物語だ。
人類軍と放浪機の戦いは膠着状態に陥っていたが、それでも戦線が劇的に動くこともある。
例えば敵放浪機の主力艦の撃破に成功した時。
あるいは前線を支える拠点である惑星が陥落した時。
人類が放浪機と戦争を始めてどれだけの年月が経過したのかもはや誰も覚えていなかったが、長い記録を遡っても前者のケースは極希で、後者のケースは無数に記録されていた。
つまるところ、人類は放浪機を相手に敗走……いや、壊走を続けていたのだ。
惑星サザーランドはそんな最前線から45パーセクほど離れた「内地」とも言える場所に位置する惑星だ。
人口は約15億人。
風光明媚で自然環境豊か。
農作物も豊富に実り、鉱物資源もそれなりに産出する。
本来であればサザーランドに暮らす人類には豊かで幸福な生活が約束され、人生を謳歌しているはずだった。
だが、前線崩壊の知らせと共に、サザーランドの運命は一変することになる。
「何故だ!何故こんな内地に放浪機が……」
「前方の拠点が複数、放浪機の高速艦隊によって撃破されたとの報告が!前線の人類軍が追撃艦隊を出していますが、間に合わないと!」
「そうか……。なら、『順番』が回ってきたと言う事か……」
補佐官から放浪機の艦隊がサザーランドへ向けて侵攻してくることを告げられた大統領は深く息を吐く。
しばらく黙考したあと、大統領は覚悟を決めた表情を浮かべて補佐官に告げた。
「全国民に総動員令を発令。これよりサザーランドは人類軍の最前線として放浪機との戦闘に入る」
「はっ!」
オリオン腕の人類が義務教育機関たるスクールで学習する内容は多岐にわたる。
星によって文化や産業が異なるため、教育内容はまちまちだが……それでも、全ての惑星で必ず子供達に教えることがある。
それは放浪機と対峙した際の、人類としての義務だ。
放浪機と対峙することあれば、最後の一人となるまで戦い、抵抗を続けよ。
敵の戦力を削ぎ、次に襲撃される惑星が備えるための時間を稼げ。
それがオリオン腕の遍く人類としての義務である、と。
全ての生命を抹殺する放浪機を相手にした惑星が取り得る選択肢は2つしかない。
最後の1人まで戦い続けて滅亡するか、他の惑星へ逃げ出すか、だ。放浪機は人類が入植している惑星を全て把握している訳ではないが、それでも敗走する航宙船や通信傍受によって人類の拠点を発見していると人類軍は考えている。
つまり、逃走とは自分が逃げ込んだ先の惑星に放浪機を招き入れる利敵行為にあたるものであり、実質的に人類が取り得る選択肢は1つ。戦って、滅亡することだ。
そして次に侵攻を受ける惑星のために、抵抗を続けて少しでも時間を稼ぎ、僅かでも放浪機の戦力を削ぐこと。
それが放浪機と対峙した人類に与えられた唯一の選択肢だった。
無論、大統領とて総動員令が自分達の滅亡に繋がっていることは承知している。
だが、これまで自分達が仮初めとは言え平穏な内地でいられたのは、前線の星に住む人々が自らの命を犠牲に時間を稼いでくれたおかげでしかない。
なら、今度は自分達が、後方の星々を守るための盾になる順番なのだ、と。
他の惑星同様、サザーランドでも対放浪機用の軍艦が建造されている。だが建造された艦は基本的に全て最前線の人類軍へと送り届けられ、後方の惑星に残るのは退役した僅かな旧式艦のみだ。
艦種も殆どが小型の駆逐艦で、かろうじて守備隊の旗艦として巡洋艦――艦齢が既に300年を越える老朽艦だ――が配備されている程度。
放浪機の艦隊を相手取るにはあまりにも貧弱すぎる陣容だった。
だがサザーランドにとって1つだけ幸運だった事がある。たまた完成直後で人類軍への引き渡される前の戦艦が1隻だけ残っていたのだ。
守備隊の旗艦を新造戦艦に変更し、戦闘準備を進めるサザーランドの国民達。
本来、最前線で軍艦に乗って戦うのは主に機族達の役目だが、後方の惑星に機族が大勢存在する筈もない。それ故にサザーランド艦隊は全て人間によって運用されることになった。
もちろん総動員が掛かっているため、戦うのは軍艦だけではない。民間の貨物船や作業艇にも応急的な武装が施され、武装を施すだけのペイロードが無い小型艇は船外に融合弾を括り付けて亜光速弾頭とした。
軌道ステーションにも多数の銃座が配置され、簡単なレクチャーを受けただけの民間人が戦力として配置されてゆく。
そう、民間人だ。
男も女も、老人も、若者も。
だが総動員令を拒む者達も現れた。
何故自分達が戦わなければならないのかと不満を口にする者が現れ、絶望的な放浪機との戦いに厭世観を抱いていた者達がそれに同調し大規模な反戦デモを展開したのだ。
さらに混乱に拍車を掛けたのは、世をはかなんだ者達が混乱に乗じて掠奪や破壊を行い始めたことで、このままではサザーランドは放浪機と戦うまでも無く内部から崩壊してしまう。
そう考えた大統領は戦時下特例を発動し、治安部隊にデモ参加者を全て逮捕させた。
首謀者は裁判無しに公開処刑とし、その他の参加者にはその場で死ぬか、前線で戦って死ぬかの二択を突きつけたのだ。
そのやり口は恐怖政治そのものでしかなかったが、劇薬とも言える効果がありサザーランドは一定の秩序を回復した。
厳しい表情の大統領に対して、補佐官はその心境を案じる。
「どうせ死は避けられないのだ。同じ死ぬのであれば、誇り高く死にたいと思う事は、間違っているのだろうか」
「いえ……心中お察しします」
「それで、例の計画はどうなっている?」
「……水面下で対象者の選定を行いました。冷凍睡眠ポッドを最大限まで積載して12000名。そのうち航宙船のクルーとして50名は必要ですし、世話係のスタッフは機族を含め200名といったところでしょうか」
「なら……残りは11,750名か。思ったよりも少ないが……これ以上は無理か」
「はい。さすがに2隻となると放浪機に気付かれる可能性があります。総力戦を挑み、その隙を突いて逃がせる可能性が僅かでもあるとすれば……この1隻のみです」
「わかった。では大統領権限でその計画を承認しよう。我々はここで死ぬ。だが、11,750名の子供達を後方の惑星へ無事に逃がすことが出来れば……私達の勝利だ」
大統領が暴動の首謀者達を粛清したのには2つの理由があった。
1つは厭戦気分を払う綱紀粛正のため。しかしそれはあくまでも表向きの理由だ。
そしてもう1つの理由は……政府が極秘に計画していた、子供達を後方の惑星へ避難させる計画を実施するための障害要素となり得る者達の排除だ。
現在、サザーランドは全国民が死を覚悟して戦いに挑むことで一致団結し、薄氷を踏むような状況とは言え……かろうじて士気を保っている。
だが、もし15億人の住民のうち12,000名が生きてサザーランドを脱出できるとすれば?
避難船の搭乗チケットは1/1,250,000のプラチナチケットだ。それを巡り全国民が血みどろの争奪戦を繰り広げることは自明の理であり、もしそうなれば反戦暴動どころの騒ぎではなくなる。
おそらくサザーランドは一瞬のうちに瓦解してしまうだろう。
それ故に大統領達政府首脳は極秘裏に子供達の脱出計画を立案した。
脱出対象となる子供の年齢は5歳から15歳まで。避難先として選んだ友好国、惑星バルトニアでサザーランドの遺志を継いで生き延びることが出来るだけの健康な肉体を持ち、状況を理解出来るだけの知能と親元を離れて生きていける強い精神力を持つ子供達が人工知性体によって選出された。
子供達に付き添い星を脱出する、ごく少数の大人達は高い知性と能力、そして何よりも倫理観に優れた者達が選ばれた。
むろん、大統領達政府首脳はその候補者リストに最初から自分達やその親族を加えることはしなかった。
もしこの事が国民に露見したとしても、胸を張って自分達の行いが正しいと証明するために。そして命の選別を行う人間が果たすべき責務として。




