#12
>>Alyssa
故郷であるペレジスへ到着した私は最低限の身の回りの物と神剣ツクヨミだけを手にアルカンシェルから下船しました。
強制的な離別による無期限の謹慎とはいえ、私の居場所は既にアルカンシェルですから、荷物を全て降ろすことなど考えもしませんでしたので。
トワ様とアイリスさんは入星ゲートまで私を見送ってくださいました。本来であればアイリスさんを私の元専属秘書官であるテレジアに紹介したいところなのですが、アイリスさんの謹慎開始時刻が迫っているためあまりゆっくりできません。
入星ゲートをくぐった私はお二人の方を振り返り、軽く手を上げて挨拶をしました。ええ、これは一時の離別ですからね。
軌道ステーションのドッキングポートから離れてゆく白い航宙船を見送ったあと、私は独り軌道エレベータへ向かいました。
「ようこそペレジスへ……って閣下!?お帰りですか!?」
「閣下はやめてくださいと、いつも」
「申し訳ありません、か……いえ、マ……マドモアゼル!」
そういえばこのやり取り、久しぶりですね。
私の体感では数ヶ月ぶりですが、ペレジスではすでに6年以上の歳月が経っているとのこと。
私がまだアルカンシェルの存在を知らなかった頃、定期航路で故郷を離れる予定を立てていましたが……もしあの船に乗っていればまだ最初の寄港地にすら辿り着けていないぐらいの時間しか経っていないのに。
でも、本当に沢山の事がありました。
私が生きてきた長い人生からすればそれはほんの一瞬とも言える期間でしたが、これまでの人生全てよりも充実して、輝いていた時間だったかもしれません。
物思いにふける私を乗せた軌道エレベータはどんどんと地表へと降下し、やがて故郷の街並みが見えてきました。
クリスタンティアの街は記憶にあるままの姿で美しい水晶の輝きに満ちあふれています。
謹慎がどれだけの期間になるかはわかりませんが……しばらくはこの輝きを守るために故郷の維持管理に尽力するのも良いかもしれませんね。ええ、もちろん一般人として……ですが。
そんな事を考えている間に、エレベータは地表に到着しました。そしてエレベータの地上ステーションから外に出た私を――
「おかえりなさい、アリサ様」
――柔らかい微笑みを浮かべた、テレジアが待っていました。
「テレジア?どうしてここへ?」
「もちろんアリサ様をお迎えするためです。ビークルを待たせていますので、こちらへ」
「ちょっと待ってください。私、戻るという連絡していませんよね?」
「ええ。ですがギルド公報にシノノメ二等管理官の処分について公示されていましたし、入星管理官にアリサ様が戻られたらすぐ連絡するよう伝えておきましたので」
そうでした。私の元専属秘書官はとても有能で……過去に何度もテレジアが予知能力を持っていない事を確認したぐらい、先回りが得意なのでした。
「お荷物を……おや、武器を換えられましたか?」
「ええ、レゾナンスブレードは壊れてしまったので。代わりに神剣を」
「女神に相応しい武器ですね?」
「……やめてください、テレジア。私、こんな腹黒じゃありません」
こういう軽口は久しぶりです。
長く連れ添ったテレジアとは変わらぬ関係性で気心のしれたやり取りを――と思いかけて、そこで私は違和感に気付きました。
「ところでテレジア?あなた、何歳になりました?」
「いきなりですね、アリサ様。女性に年齢を聞くのはタブーだとご自身でいつも……」
「いえ、冗談の類いではなく」
「……?今年で76歳になりましたが」
テレジアの言葉に私は改めて彼女の姿を観察します。
元々テレジアは年齢よりもずっと若く見える方でしたが……どう見ても今のテレジアは76歳には見えません。6年前に別れた時とほぼ同じで、50歳前後にしか……?
そういえばテレジアは私の母であるマリエルの実家、プランタジネット家の出身で、私から見ると再従姪……母親の従姉妹の孫にあたる、遠い親戚関係なのですが。
私がテロマーとして産まれたということは、シノノメ家とプランタジネット家の血筋にはテロマー因子が強く含まれている可能性が……?
テレジアの顔を見ながらそんな事を考えていた私ですが、当の本人の声で考察は中断させられました。
「どうされましたか?ほら、ビークルが待っていますよ?」
「え、ええ。では話は孤児院の方で……」
私がこの惑星で最も信頼する「戦友」であるテレジアが長命であるとすれば、それは望外の喜びなのですが。
そんな事を思いながら、私はビークルへと乗り込みました。
>>Towa
「ヴェルデナ?」
「そう、惑星ヴェルデナ。ペレジスとはちょっと離れてるけど、ジャンプ1回で跳べるよ」
「なら、アリサも安心」
ペレジスでアリサを降ろした後、アイリスが私達が向かう星について教えてくれた。私の希望通り、牛乳が美味しくて農業や畜産を主な産業にしている星らしい。
「人口は300万人に少し届かないぐらいかな?入植開始から176年になってるから、環境は悪くなさそうだよ。自然も豊かみたいだし、静養だと思えば良い場所じゃないかな」
「ティンバリスに似てる?」
「あそこは山ばっかりだったからね。でもヴェルデナは平野が多いから、ちゃんと牧場もあるし牛も沢山いるって」
牛が沢山いるならフルーツ牛乳もあるに違いない。なら、私的にはヴェルデナという星は当たりだけど……アイリスはいいんだろうか?
私はそんな事を考えたけど、アイリスは違う事を考えていたようだ。
「ティンバリスと言えば……ジョイナーギルドの人達、上手くやってるかな。あの人達ちょっと心配なところあるから……。私はしばらく動けないし、マリエッタにでも頼んで見てきてもらおうかな」
「私も行けるよ?」
「あれ?トワはお姉ちゃんを置いて旅に出るの?」
「行かない。ずっとアイリスと一緒」
一瞬、私がリーヤ達の様子を見に……と思ったけど、アイリスが行けないなら私も行かない。
だから、この件はマリエッタに任せよう。そういえばマリエッタとリーヤは良い感じだったし、いつの間にか6年経ってたらしいからきっとお似合いの年齢になってるよね。
「でね、ヴェルデナは軌道エレベーターじゃなくてHLVで降着するらしいんだけど、どれぐらいここに留まるかわからないからアルカンシェルでそのままHLV発着場の隅にでも降りようと思うんだけど」
「私は構わない。サクヤは?」
『むしろアタシだけ衛星軌道上で置いてきぼりっていうほうが無いんですけど!』
「何、私と離れるのが寂しいの?」
『違うしっ!そもそもアンタのせいで謹慎なんでしょ!?』
「むしろナミとサクヤを助けに行ったせいで謹慎なんだけど?」
『ぐぅ……その、母様を助けてくれたことは感謝してるけど……』
アイリスとサクヤは相変わらず仲が悪い。
でもまぁ、サクヤだけ留守番なのは可哀相だよね。地上にアルカンシェルが降りてれば時々会いに来ることも出来るし。
あ、そういえば私達、どこへ泊まるのかな?
「アイリス、アルカンシェルで生活するの?」
「それも考えたけど、せっかく惑星上だからね。どこかへ家でも借りようかなって。ギルド支部はないみたいだけど、出張所はあるからそこに斡旋頼んでみるつもり」
「うん、それでいい」
『げ、それじゃ結局アタシお留守番じゃん!』
「時々様子を見に来る」
そんな事を言っているうちに綺麗な緑の惑星、ヴェルデナが見えてきた。
アルカンシェルで旅を始めてからずいぶんと経ってるし、アルカンシェルの船内が私の家になって久しいけど……明日からしばらくは地上での暮らしになる。
それはつまり、宇宙の旅が一区切りになるということだ。
次にアルカンシェルが宇宙へ飛び立つのが何時になるのかはわからないけど、私達はいつかまた新しい星を目指して旅に出ることになるだろう。
私と、アイリスと、アリサと。
そしてマリエッタやナミ、ヒナも。
みんな一緒に。
……だって、大宇宙は、どこまでも広がっているから。
これにて「少女は大宇宙で虹と歌う」第2部のメインエピソードは終了となります。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
次回から前中後編でオリオン腕のとある惑星の出来事を描く幕間を掲載し、幕間完結後に今後の展開に関する重要なお知らせを行う予定です。




